紀伊 京城 🏯岩盤を断ち切った見事な堀切は必見

紀伊 京城 (三重県南牟婁郡紀宝町大里羽山・要害山)

新宮城から北上して京城へと向かいます。
この県道はオレンジロードと呼ばれる快適なドライブコースでもあります。
気ままにサイクリングにも気持ちよさそうです、まさに「気まぐれオレンジロード」です。

miyakonojyou (12) 南面の日当たりのよい地域です。

京城は「みやこのじょう」という雅な呼び名で読みます。
大里城、とも呼ばれるようですが、名前の由来を知りたいものです。
・・間違っても「ソウル」ではありません。

miyakonojyou (4)麓の相野谷川からの京城のある要害山を望みます。一見して城っぽい。

miyakonojyou (6) miyakonojyou (5)
県道沿いの案内標示と案内版が目印です。

miyakonojyou (9)城山の南の入口脇には説明版がたちます。

miyakonojyou (14)中腹には東泉寺址があり、石仏や石塔があります。

東泉寺址には若干の駐車スペースがありましたので徒歩でも良し、車でも良し、です。
墓地の手前に左側から登る山道があります。
わかりにくいのですが、イセ愛山会様お手製のプレートが目印になります。

miyakonojyou (17)登山道には黄色のプレートが目立ちます。(それでもわかりにくい)

miyakonojyou (21)草から見え隠れする石垣がいい感じです。

miyakonojyou (24) 主郭部には周辺に石積みが見られます。

草木やブッシュで確認しずらいですが、結構な石垣使用が認められます。

miyakonojyou (22) miyakonojyou (23)
主郭南面に備えられた虎口に続く堀切です。

miyakonojyou (25)北尾根を大きく断ち切る二重堀切、最大の切込。

壁面は岩盤にも関わらず、一直線に貫かれた大堀切に大感動!
しかも高さ(深さ)が6メートルほどもあるの絶壁状です。
これにはさすがに興奮。電流火花が身体(からだ)を走りました。

他にも石垣でできた竪石垣など魅力的な遺構がみられます。
草木ががさがさで写真掲載は諦めますが・・。

京城は天正16年(1588年)、堀内氏善によって築かれたと云われます。
氏善は北山攻略の為、街道沿いにこの城を築いたと考えられています。
羽柴秀長の紀州攻めに呼応した行動ともいわれています。

関ヶ原合戦で西軍に属して改易となった堀内氏善は一時この京城へ移り、後に肥後国へ移りました。

miyakonojyou (2)京城中腹部からの眺めに心が和みます。

山々に囲われた見通しの良い谷平野です。
・・ひょっとしたら氏善さん、ここに小京都、「京」を構想していたのかも、なんて。
「ゴーゴー・キカイダー」を唄いながら次の城へと向かうのであります。
(まだ人造人間状態のままに・・)



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紀伊 新宮城 🏯熊野川を堀として、水運筋として活用した城

紀伊 新宮城 (和歌山県新宮市新宮・丹鶴城公園) <市指定史跡>

堀内新宮城に続いて丹鶴城こと新宮城へと向かいました。
さきに対岸から望む城容は要塞そのもの。
はやる気持ちを抑えながらの登城になりました。

新宮城は熊野川に面した丘陵に築かれており、丹鶴城公園として整備されています。
関ヶ原合戦後浅野幸長が和歌山城主となり、紀伊を与えられます。
城は家老の浅野忠吉(浅野長政の従兄弟)によって築かれました。

sinnguu (62)熊野川越しに望む新宮城はさながら軍艦のようにも見えます。

本稿ではグダグダ文章は控え、自分が感じ入った写真掲載にとどめたいと思います。
最初に申しますと、この城は2回目の訪城ですが、何度来てもいいです。
まだ未訪の方は是非とも足を運んでいただきたい、と思うのです。(すでにグダグダですね)

sinnguu (25)今回は南に設けられた城門(大手口)から攻め上がります。

sinnguu (26)駐車場は公園東に10台ほどの見学用スペースがあります。

ほぼ貸し切り状態で見学できるかと思います。
こんな贅沢はございません。(前回も奥方と二人きりの散策でした。)

sinnguu (31)松の丸に待ち構える桝形虎口。

sinnguu (32)鐘の丸の石垣。

寛文年間(1661~1673)の増築後の姿なので切込ハギのきっちり石垣となっております。

sinnguu (4)城郭中央部の鐘の丸から水の手、熊野川を見下ろします。

sinnguu (3)本丸へ向かいます。

sinnguu (20)本丸桝形の入口より本丸へ入ります。

sinnguu (11) sinnguu (18)

sinnguu (43)本丸より出丸を見たところです。これぞ出丸、です。

本丸から北へ付きだした尾根には小さな出丸があります。
写真がブレブレですみませんが・・。

sinnguu (17)これが出丸!、です。

sinnguu (12)・・心の内を見透かされたような警告案内。

sinnguu (16)北桝形虎口。ここから攻め上がるのは勘弁したいです・・。

sinnguu (9) sinnguu (46)
シャープ過ぎる角部にちょっと芸術的な感じを受けました。

sinnguu (47)
sinnguu (8)本丸石垣の上は天守台となっていました。

sinnguu (38)水の手まで降って見学してみました。

sinnguu (37)
sinnguu (35)すぐ直下に熊野川が迫っており、船着き場のイメージが想像できます。

熊野川に面する水ノ手には、舟入り遺構などが整備されています。
水運拠点として、また水軍拠点としても、重要な施設だったことでしょう。
新宮城の特長を示す素晴らしい遺構だと思いました。

sinnguu (49)
sinnguu (51)鐘の丸の長く高い石垣は美しく、力強い威風を感じます。

本丸から眺める熊野川と背後の山並み、そして太平洋はとても絶景です。
鐘の丸からの市街地の風景もいいものです。
ちょっと腰をおろして休憩。景色を眺めます。

ひとしきり見学を終え、鐘の丸にてしばしお菓子休憩してますと・・。バサバサバサ!
すぐ近くにトンビのトビー君(馴れ馴れしく勝手に命名してます)が舞い降りてきました。
マジで相当、びっくりしました(;゜0゜)。お菓子狙いかな?
しかし!残念でした~。全部食べてお菓子はもうないよ・・。

sinnguu (55)まだうら若い様子のトビー君。なんか絵になってます。

得難い出会いに去り難いですが、トビー君と新宮城にさよならです。
まだまだゆっくりと浸りたい城郭でしたが、次の城が待っています。
またいつか登城できる日が楽しみです。



紀伊 堀内新宮城 🏯東紀州の雄、堀内氏善の居館

紀伊 堀内新宮城 (和歌山県新宮市千穂1丁目・全龍寺) <市指定史跡>

堀内新宮城は堀内氏屋敷とも呼ばれています。
その名の通り、東紀伊の戦国領主、堀内氏善の居館でした。
堀内氏善といえば・・。

その昔、某戦国SLGの野望シリーズで紀伊の大名の代表格でした。
里見氏や姉小路氏でのプレイ同様、難易度の高い弱小勢力だったのを思い出します。
チャレンジした諸先輩方もいらっしゃるのではないでしょうか?

苦難を乗り越えて這い上がり、地道に生産高をあげる・・。
外交を駆使し、隙をみて隣国を攻め、綺羅星の如き有能武将を幕下に組み入れる・・。
まずは遠交近攻策で、攻めたい国の隣国の・・・・・・。

話は尽きませんが・・そんな思い出に浸りながらの城めぐりです。

horiutisinnguu (6)全龍寺の一帯がかつての城館址だったようです。

horiutisinnguu (3)

horiutisinnguu (4)山門脇にたつ案内板と城址石碑。

堀内氏善はここ新宮を根拠に古座付近から紀伊長島付近まで
実高 6万石とも言われる東紀伊を支配した戦国大名です。
またたく間に版図を広げた実力者だったことは間違いないようです。

horiutisinnguu (7)全龍寺の巨大な古木が印象的です。

この巨木のように地に根を張り、北方へと勢力を延ばしていきます。
氏善の最大版図はまさに一国の支配者に匹敵するものでした。
熊野水軍と熊野別当の地位を駆使して周辺を制圧していきます。

horiutisinnguu (10)石垣や土塀、部分的に城郭の面影が残るお寺です。

horiutisinnguu (12) horiutisinnguu (13)
お寺の北西角部から西面には堀の名残りが見られてイメージが湧きます。

あまり遺構は見られませんが、館址全体から湧き出でる雰囲気は楽しめました。
ぐるりと一周のんびりと見学できます。



紀伊 鵜殿城 🏯展望台からの日の出が誠に美しい城

紀伊 鵜殿城 (三重県南牟婁郡紀宝町鵜殿矢渕) <町指定史跡>

udono-n (21)鵜殿城を東から眺めてみます。

東紀州の城めぐり、一番手に選んだのは鵜殿城でした。
こちらの城には訳あって前日の夜に麓に到着、周囲は真っ暗・・。
次の日に備えて車中泊で睡眠をとりました。その訳とは・・。

udono-n (20)
城山の東、鳥止野神社のある紀宝町ふるさと歴史館の駐車場をお借りしました。

熊野灘から昇る日の出を城の本丸から見てみたい!と思ったからです。
ここから昇る朝日は天気が良ければ最高のスポットになるであろう、と。
この賭け、どうでるでしょう?ドキドキしてなかなか寝付けないですね。

しかしさすがに国道のみで長駆運転してきたせいか、速攻爆睡です。
5時30分に起きておにぎりを喰らい、まだ暗がりの鵜殿城に登城します。
遊歩道は広くて標高もさほど高くなく日の出5分前程度の登山でも十分間に合います。

udono-n (18) 展望台を中腹から見上げます。

udono-n (1)本丸の展望台にて午前6:05分、いよいよご来光です。

浮かび上がるお日様、とても美しく、とても神々しいです。
・・狙い通りです。はるばる車を走らせてきたかいがありました。
城址からみる海上のライジング・サン、それはもう贅沢なひととき。

udono-n (2) しばし見とれてしまいます。

udono-n (17) udono-n (15)
最初に現われる南の堀切です。

udono-n (16)堀底には土橋が付けられています。

udono-n (4)本丸は周囲を土塁によって囲われています。

udono-n (14) udono-n (10)
朝日を受ける土塁、光の明暗がその存在を主張してくれてます。

udono-n (7)本丸中央に案内板が設置してあります。説明分と縄張り図と鳥の糞!

なんと三河の鵜殿氏がこちらの発祥だったとは露しらず・・。

udono-n (9) 北にも大きな堀切がありました。

遺構をなるべく保護しようと木製の階段を備えてあるのが優しいですね。
遺構もまた見学しやすいです。

鵜殿村はかつて日本一小さな村として有名でした。(大きさは皇居が2つ分くらい。)
村内の紀州製紙のお蔭でかなり村が潤っていたためです。
そんな村も2006年に紀宝町に吸収されて新しく生まれ変わりました。

udono-n (11) 工場は城址からもよく見えます。

udono-n1.jpg 熊野川の対岸には新宮城がすぐそこに。

udono-n (12)鵜殿城に春を告げる・・何の木だろう(笑)、でも綺麗でした。

東紀伊の城めぐり、幕開けとしてこの上もない神秘的な光景と目を見張る遺構でした。

(ちなみに、本丸の細い北尾根を登っていくと飯盛城、という小さな砦もあるそうです。
時間の都合で登ってませんが、もし次回があったら、またチャレンジしたいですね。)



紀伊 虎城山城(古城山城) 🏯紀伊半島南端部の山城

紀伊 虎城山城 (和歌山県東牟婁郡串本町古座・古城山) <町指定史跡>

久しぶりに南紀へ遠征してきました。
自分の自宅からは一大発奮しないとなかなか行けない地域です。
今回は3連休の内、1日半(中途半端!)を奥方に許しいただきましての弾丸城めぐりです。

今回からぼちぼち簡単にゆるい内容で記事を書いていきたいと思います。
この地方には以前にも一度、家族と観光を兼ね城めぐりに来ています。
よって奥方や子息らと訪問した城なども交えての回顧録にもなります。

そんな回顧録としての城が、ここ虎城山城です。
「こじょうざんじょう」と読み、古城山城、とも表記されます。
また別称として、古座浦城(こざうらじょう)、とも呼ばれています。

kojyouyamasiro55 (4)登城口の麓にある案内板があります。

案内板の後ろの階段を登ると青原寺に着きます。
そこから右手の奥にある稲荷神社から山道ほと続きます。
それほど高い山ではないので5分足らずで頂上に到着です。

kojyouyamasiro55 (1)本丸の様子です。正面に一段高い櫓台址と石碑がありました。
(どうやら石碑は城址を示す石碑ではなさそうでした)

本来、ここから望めるであろう、熊野灘の絶景を期待していたのですが
今回は茂った樹木に阻まれて何も見えませんでした。・・残念でした。
本丸以外は全体的にブッシュ状態でしたので遺構確認はできませんでした。(・・さぼりです)

虎城山城は高川原貞盛によって築かれたといわれています。
貞盛は新宮城の堀内氏義の南下進行を阻止すべくここに城を築いた、とされます。
虎城山城、守り難い強そうな城名ですが、果たしてどんなもんだったのでしょう・・。

遺構がよく確認できなかったので罪滅ぼしに・・周辺の観光地でのスポットを少々・・。
(本来は観光目的でしたので・・)

kojyouyamasiro55 (6)名勝・橋杭岩です。

虎城山城より南へ5kmほどにあります。
ここは家族で遊びに来て引き潮の時には岩の間近まで歩いて行けます。
子供たちは大喜びで遊んでいましたが、見ているこっちはハラハラしてました。

kojyouyamasiro55 (5) こりゃ、絶対面白いわな。

kojyouyamasiro55 (7)
古座川の一枚岩公園です。

周辺にはとてつもない巨大な岩壁がそそりたっています。
写真には納まらないほどです。ここでは子供たちと河原で石遊びです。
怪我しないように見ているのもハラハラです・・。(またか・・)

kojyouyamasiro55 (9)こちらも名物の虫喰岩です。

虫に食われたような(そのまんま)岩がたくさん見られます。
子供たちはいよいよ興味深々。「上まで登る!」と登る気満々。(実際はダメです。)
適当なところで降りてきてくれないかな・・ハラハラです・・。(ハラハラしまくり)

kojyouyamasiro55 (11) kojyouyamasiro55 (12)

以上、古座町の城めぐりならぬ、奇岩めぐりになってしまいました。
あれ?城の写真より岩の写真のほうが多くなってしまいました。
ついつい、懐かしさもありまして、ご容赦くださいませ。

それでは順次、東紀伊の城めぐり、はじまりです。



プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。久太郎と申します。本年度よりブログを立ち上げた城好き若輩者です。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。
また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

東紀州の城めぐり報告!
長かった冬もようやく終わり春らしくなってきたこの頃です。
息子の新しい進路先からも春の便りが届きまた。またしばらくはバタバタと忙しくなりそうです。
少し安心できたせいもあり、また山城へ登る情熱がメラメラと芽吹いてきます。
花粉情報を見ながらまた美濃の山城を歩いていきたいと思っています。
でもせっかくの春うららなので遠征に繰り出すのも計画中です。

一足早い春休み、東紀州へと一人城めぐりに行ってまいりました。
記憶が鮮明なうちに随時執稿していきたいと思っております。
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