中野方ダム 一周1.1kmのダムジョギングはいかが?

中野方ダム (岐阜県恵那市中野方町笹葉) <木曽川水系中野方川>
形式:重力式コンクリートダム

抜けるような青空の中、家族とプチドライブにでかけました。
気持ちが塞ぎがちな自分を「気晴らしに」、と誘ってくれたのは奥方と三男でした。
母を喪って後事に追われている自分を息抜きに、と気遣ってくれたようです。

ありがたいことです。
いつもなら迷わず「○○城へ!」といきまくところですが・・
今回は少し控えてのんびりと落ち着ける景色でも見に行こうと思いまして。

・・ということでこんなときはダムですね。(笑)(控えてねぇじゃん・・)
・・そしてダムカードですね。(結局全開じゃん・・)

岐阜県内でも取りこぼしがちな位置にある中野方ダムを目指します。
途中にある恵那市の坂折地区によって棚田を見学していきました。

nakanodum (1)日本の棚田百選と岐阜の棚田21選に選ばれていいます。

「日本の棚田100選スタンプ帳」、とか「棚田カード」(笑)とかあったらな・・。
後世に残していくべき貴重な遺産なのであってもよさそうです。
自分だったら全国の名棚田を回ってみたいものです。

nakanodum (2)

nakanodum (4)
なんだか心が癒されます。

nakanodum (9)
この先のはるか遠くに・・。

nakanodum (3)
今回のお目当ての中野方ダムが見えています。

・・なんとなく中国の城関を思わせるようにも見えます。
見えると余計と行きたくなりなりますね。
行ってみましょう!

nakanodum (5)
到着して駐車場、石碑がまずはお出迎えです。

nakanodum (26) nakanodum (27)
ダムは周囲が1周1.1kmの(中途半端!)のジョギングコースになっています。

nakanodum (12)
早速各々自分のペースで走ってみることに・・って・・。

ほとんど歩いているペースの奥方と三男。
ま、たまにはのんびりと歩いてみるのもダムの楽しみ方ですから・・。
奥に見える山は笠置山です。山々の姿を見ながら歩くのも気持ちいいい。

nakanodum (13)
ダム湖は小さいですが、波もなく、美しく、静かでした。

nakanodum (10)
2005年度に完成したまだ新しいダムで、コンクリートの白さが残っています。

nakanodum (11)
はるか遠くに先程までいた坂折の棚田が見えるはず・・(わかりませんが)

nakanodum (14)
前回の福井県大津呂ダム同様ダム軸に折れがみられます。

ダムの左岸の地質が脆い(もろい)ため、途中で”く”の字に曲げてあります。
地盤が強い場所に左岸側をつけることで強度を保っているわけです。
大津呂ダムとは別の理由のようです。

nakanodum (8)
1周のウォーキングをしたら事務所でダムカードをいただきました。
(別に歩かなくても貰えますからね)

nakanodum (17)帰りにダムの真下まで行けたので接近撮影してきました。

三男曰く、「・・なんかこのダム、ヒトがゲロしてるみたいだ・・。」(#゚Д゚#)
・・中学生らしい発言です、が、その感性は確かに真髄をついています。
ま、吐水口、というくらいですから。

nakanodum (18)それからはどう見てもヒトの顔に見えてしまうのでした(/ω\)。

引き笑いをしながらダムをあとにする親子でした。

nakanodum (15) 秋の日差しに淡くくすんだススキかな。

棚田に癒され、ダムを愉しみ、家族に感謝のプチドライブでした。

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大津呂ダム 天端中央での折れがカッコいいっす

大津呂ダム (福井県大飯郡おおい町本郷) <佐分利川水系大津呂川>
形式:重力式コンクリートダム

若狭にて城三昧と思いきや、ダムもしっかり見学です。
若狭国にてダムカードを配布している唯一のダム、大津呂ダムへ行ってきました。
若狭は海岸線と山脈との間が狭いため、ダムが少ない地域です。

ooturodum (1)
よくありがちなゲートの開閉はセルフにて。

一瞬、「しまった!今日は休みか?」といった感じです。
・・たぶん訪れる人、少ないいんだろうな・・。

ooturodum (6)
平成24年竣工、とあるように、まだ新しいダムです。

ooturodum (3)ダム軸が中央で折れている独特の堤体が特徴です。

当初の設計ではダム軸が直線でしたが、左岸側で上流側に折り曲げることに。
これにより、堤体積と掘削量の大幅な低減を図ることに成功しました。
造成アバットメント工法、というそうです。

ooturodum (2)確かに中央で折れが入り、横矢掛けが・・、ちょっとカッコいいです。

ooturodum (7)
減勢工を見下ろします。

ooturodum (4)

ゲートレスですが、吐水口が大きくないのも安定した貯水量が見込まれるからでしょう。
まだ真新しい中に最新の中型ダム技術が活かされていました。

ooturodumk.jpg
カードを頂いてにんまり顔になるのでした(∩^Д^∩)。

若狭 熊川城 🏯尾根に連なる連続棚郭が面白い

若狭 熊川城 (福井県三方上中郡若狭町熊川)

【若狭武田氏と被官国人衆の城址を訪ねて・その7】
-沼田氏居城・熊川城を訪ねて-

kumakawa (11)熊川宿の中心部を押さえる位置にある熊川城。

kumakawa (10)
熊川宿の美しい街並み。(たまたま誰もいなくなったところを撮影!)

熊川宿は江戸時代を通して鯖街道随一の宿場町として繁栄しました。
旧街道に沿って水量豊かな水路が流れ、歴史的景観を残しています。
古い建築物を活用した観光地としてとても賑わっています。

kumakawa (2)
白石神社の本殿から左手の山道を登っていきます。

kumakawa (1)
案内標識を横目に登っていきます。

kumakawa (9)
神社の湧き水による池がきれいでした。

kumakawa (7)
kumakawa (8)
可愛らしいイモリちゃんたちが気持ちよさそう( ^o^)

最近はあまり見かけなくなりました。
城の見学に来たのですが、元来生き物が大好きなのです。
ここで見入ってしまい時間がなくなってしまいました・・。

kumakawa (6)尾根先端部より棚郭が直線的に主郭まで続きます。

比高がそれほどないのですぐに登れます。
ただ、途中の登り道がかなり急ですので前傾姿勢の維持が辛いかも・・。
途中で現れる巨木たちが迎えてくれます。

kumakawa (3)主郭に到着。奥には一段高い櫓台があります。

沼田氏は上野国沼田の沼田氏の一族で、鎌倉期より勢力があったとされます。
築城は沼田弥七郎統兼あるいは沼田勘解由左衛門清延とされます。
永禄十二年(1562年)に瓜生城の松宮玄蕃に攻められ城は落城。
この後、城は松宮氏の支城とされたようです。

kumakawa (5)本丸に立つ熊川城の案内図です。

縄張り図がありますので拡大しておきます。

kumakawa (4)

段々畑のように連なる郭がほぼ同じ規格の広さで段差も同じです。
背後の尾根には堀切が図示されていますが藪が酷くて未確認です。
これが地元美濃の城なら、ヤブ漕ぎしてでも入るのですが・・。(根性なし)

元亀元年の越前攻めで織田信長はここ熊川にて宿をとりました。
麓の得法寺には信長に従軍した徳川家康が宿泊したようです。
「家康腰掛の松」が存在してます。写真は撮り忘れました・・。

熊川城は若狭の中世土豪の城の姿をよく遺していますね。

前回の若狭・石山城は記事がほぼバス停の案内内容になってしまいました・・。
そんな不甲斐ない前記事の挽回に値する記事にしよう、と思っていたのですが・・。
結局、後で「やっぱり堀切を確認しに行けばよかった・・」と後悔しきりです。(素材がない・・)

次の予定のダムカードの配布時間が気になってしまい、もっとじっくり見学したかった・・(ノ_<)。
あと、イモリに吸い込まれすぎましたか(笑)。
(結局言い訳で~す)

若狭 石山城 🏯若狭武田氏四老・武藤氏の居城

若狭 石山城 (福井県大飯郡おおい町石山)

【若狭武田氏と被官国人衆の城址を訪ねて・その6】
-武藤氏居城・石山城を訪ねて-

若狭武田氏四老、と呼ばれる四人の家老衆の居城をめぐっています。
これまで見学できた城は3つ。

粟屋越中守勝久国吉城
内藤筑前守重政天ヶ城
逸見駿河守昌経高浜城

そして四老の内、残る1人、武藤上野介友益の居城(と伝わる)石山城を目指します。

w-isiyama (1)石山城は街道を見下ろす丘陵上に築かれています。

友益は周辺の佐分利郷十七カ村を領し「佐分利殿」と称された有力在地国人でした。
信長による元亀元年(1570)の越前攻めは当初、この武藤氏を攻める、という名目での出馬でした。
途中で馬首を越前に転じての越前攻めとなった話しは有名ですね。

・・一体、武藤のともちゃんは信長に付け入れられる何をしでかしたのでしょうか?
大変興味があるところではございます・・。

w-isiyama (2)
おや?バス停に説明版?見つけれた自分は超ラッキーかも!(*´∇`)

w-isiyama (4)
なかなか詳しい説明版なので、どアップして掲載します。

四老といっても決して一枚岩ではなかった若狭武田氏家臣団。
それぞれの独立色が強く、主従関係はおろか、家臣団同士でのいさかいも多かったようで。
その辺が信長に突っ込まれる隙となったのでしょうね・・。

w-isiyama (3)
石山城は目の前!、さ、行きましょう・・と思っていたら・・。

地元の方に登り口を聞いたところ、
「この時期は入れませんわ」との一言。
詳しくは聞きませんでしたが、おそらく茸山なのでしょう。

・・ということでまさかの未踏記事になってしまいました。
本当にすみません・・。笑って許していただきたいものです。
時期をみてまたの機会とさせていただきます。(必ず行きますから!)

引っ張った末のこの結末、某深夜TV番組の無意味なダマシ編集の如きです。
やじられても甘んじてお受けいたしますが、その代わりと言ってはなんですが・・、
別の山城を訪ねる時間ができたので、行って来ました。

次回はそちらの記事を紹介して、今回分を「チャラにしてしまおう作戦」をとります。
いえ、・・取らさせていただきます。はい。

今を受け止め、今を楽しむ。

11月28日の土曜日。それは突然すぎる出来事でした。

自宅にて「明日はフルマラソン」、と準備を万全に整えていたその時でした。

母が亡くなりました。享年70歳でした。

母の死を受容することはできても、受け止め方がすぐにはわからないのです。

自分がお城に夢中になっている姿を、ランニングを日課としている姿を
半ば呆れ顔で、半ば羨望の眼差しでずっと見守ってくれていた母でした。

いつの事でしたか、家族で苗木城へ行った時のことです。
苗木城の古城感に触れて、「あなたが城に夢中になる理由がわかるわー!(笑)」
と心から嬉しそうでしたね。私も嬉しかったです。

今は、お安らかに・・。

しばらくは記事の更新も控えよう、とも考えました。
しかし、自分はまだまだ生きていきたいし、生きなければいけません。
生きていく以上、その時その時を大切に、そして、楽しむ。

「今」を楽しむことで生きていることを実感していきたい、と思うのです。

自分のために開設した本ブログではございましたが、
ほんの少しの方々にでも目にとめていただいていることに大変感謝しております。
そして、更なる意欲と情熱、元気をいただいております。

喪失感も大切なココロの一部と受け入れ、味わい、付き合いながらの人生です。

ご心配をいただいた方々はじめ、読んでいただいた皆様に厚く御礼申し上げあげたいと存じます。
母に産んでいただいたことに感謝し、今後とも妙に熱い記事を更新していきたい、と思います。
よろしくお願い申し上げます。

久太郎より
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

「晩秋」
「秋」、というと皆さんはまず最初に何を連想するのでしょう?
四季がうつろいゆく様子が最も目と肌で感じることができる季節なのではないでしょうか?
今年の秋は久太郎にとっては一段と物悲しい季節になりました。
しかし、その思いが故にまた大切なことを感じる季節にもなりそうです。
でもなんだか秋の歌っていいですよね~。
以前なら、男闘呼組さん達の「秋」を熱唱していたものですが(古いですな)、あ、ナンノちゃんの「秋からもそばにいて」もいいかも?
(それも古いよ(#^ω^))
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