美濃 高山城 🏯市街を一望に見渡しできるの花見スポット

美濃 高山城 (岐阜県土岐市土岐津町高山・城山) <市指定史跡>

東西南北、春のお花見城めぐり・第2弾の東は土岐市の高山城を訪ねます。
岐阜県には有名な飛騨の高山城がございますが、こちらは美濃の高山城。
昨今は、「高山城戦国合戦祭り」が盛況に開催されるなど、徐々に知名度も上がってまいりました。

minotakayama (29)高山城は城山の尾根先端部を利用しています。

以前、得意先のお客様と電話にて会話した際、こんなやりとりがございました。

客:「今、どこにいて、何時頃にこれそう?」
私:「そうですね、今、肥田(ひだ)にいるんで、あと1時間ほどかかりそうです。」
   (肥田は土岐市の高山地区のお隣の地区です)

客:「ええっ!?、飛騨(ひだ)にいるのにそんなに早く来れるの!?」
   (肥田を飛騨と勘違いいてみえます)
私:「もう、高山に入ってますんで、次の次くらいでしょうか」

客:「そんな急いで来なくていいよ!、なんなら明日でもいいからさ!」
   (完全に飛騨の高山市にいるという設定に・・)
私:「いや、大丈夫です、なんとか今日中に入れますから」
   
そして、約束通り1時間後、何事もない顔でフツーに現れた私・・。

お客さんは事態を飲み込めず口をあんぐり、こちらもそのリアクションに困惑するばかり・・。
心配していただいた上に大変驚かせてしまいました。
・・とまぁ、後で答え合わせをして、お互いの勘違いに納得。

ちょっとした笑い話でございました。

minotakayama (2)今回はこちらの高山城を訪問します。

頂上まで車道が通っていますので気軽に登城できます。

minotakayama (3)三の曲輪の駐車場の桜は満開でした。

minotakayama (7)模擬?雰囲気?城門です。

なぜだか、この門を潜らずに脇から出入りする方も多く、門の意味をなしていません。
なぜなら、左は土岐市街地の絶景が、右には立派な城址石碑があるからです。
どうやら、どちらかに釣られて引き寄せられてしまうようです。

minotakayama (6)その岩盤に彫り刻まれた「高山城址」。東濃地方最大の城址碑です(笑)。

高山城の築城時期は判然としませんが、戦国期には高山伊賀守平井宮内小輔光行らが城主であったと伝えられています。

天正2年(1574)、武田勝頼が東美濃に侵入した際、平井頼母光村は織田方として武田軍と交戦、城は落城した模様です。

本能寺の変後の森長可の東濃平定戦に際しては光村は自刃したとも、降伏したとも、謀殺された、ともいわれており、また長可の与力として、小牧・長久手の戦いにて奮戦した、とも謎の多い人物です。

いずれにせよ、平井氏は高山城を森長可に明け渡したようです。

minotakayama (28)桜道の中を本丸に向かって登っていきます。

minotakayama (27)広々とした本丸です。(貸し切りo(^▽^)o)

現在は地面下に水道貯水池があり、当時の構造はかなり改変されています。
主に3つの曲輪によって構成されていた、といわれ、それぞれに堀切で仕切られていたようです。
かつての縄張りの様子が案内板に図示されています。

minotakayama (9)模擬物見櫓です。雰囲気が出ています。

minotakayama (19) 2階へ登ってみましょう。

minotakayama (14)多治見方面は丸山山麓から土岐川沿いが素晴らしい眺望です。

minotakayama (11)当時の面影が見られる本丸北端部の様子です。

minotakayama (12)こちら北から東方面も視界良好です。

後の慶長5年(1600)の関ケ原の戦いでは、西軍として岩村城の田丸直昌の家臣、田丸主水が入城。
しかし東軍の妻木城主・妻木頼忠によって攻められ落城したといわれています。

minotakayama (15)「高、山、城、跡、」!。アピール度ハンパないです。

minotakayama (23)三の曲輪の切岸の様子ですが・・。

整備に伴い、改変されているので当時の構造を知ることは困難です。
私がまだ若いころに訪れた時とは、随分と様子が違います。
明かな造成箇所もありますので注意も必要です。

minotakayama (24)
堀切の位置と痕跡もわずかながら把握できる箇所もあります。

ともあれ、高山城は史跡保存会の方々を中心に町をあげての整備が進められ
何もなかった荒れ城址から今日の姿までに推し進めてこられました。
このことは城郭ファンとして、また地元の人間として、敬服するばかりです。

史跡の保存整備の手本となるだけでなく、地元の歴史的文化の復興にもなり
それはまた、史跡を次世代へ伝承し、活気ある町作りに貢献していくことでしょう。

穴弘法 

高山城からは穴弘法との往来が容易です。
15分程の時間があれば一緒に見学したいおススメスポットです。

minotakayama (21) 高山城の冠木門から遊歩道で往来できます。

minotakayama (25)砂岩層をくりぬいてたくさんの石仏が安置されています。

戦国時代にこの地で命を落とした人々の霊を弔うため、元禄元年に開創された「慈善院梵燈寺」の跡です。
織田・武田の勢力圏争い、森長可による併吞圧力、関ケ原の地方戦、等々・・。
この地方も相当な戦火に巻き込まれたものと思われます。

minotakayama (26)

特に、秋の紅葉ライトアップは幻想的で素晴らしいものがあります。
高山城戦国合戦まつりも地域ぐるみで年々盛り上がってきています。
秋の高山城はまた違った姿をみせてくれそうです。



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三河 刈谷城 🏯再整備計画が待ち遠しい美しい水堀の城

三河 刈谷城 (愛知県刈谷市城町・亀城公園)

東西南北、春のお花見城めぐり・第1弾の南は刈谷城を訪ねます。
奥方が懸賞で当てた安城デンパークのペア入場券があったのでついでに寄ります。
(どちらがついでなのかはそれぞれです)

hana.png denpa (3)
denpa (7) denpa (6)

フラワーフェスティバル開催中の安城デンパークへ。

今回のお花見は「桜」ではなく春の「ガーデニング・フラワー」です。
色とりどりの花が咲き誇る園内で春を満喫・・。
・・その前に城を満喫しようとする魂胆は今回も織り込み済みらしいです。

denpa (1) denpa (2)

ということで、まずは刈谷城(形式上サブ目的地)に到着です。
駐車場から城址に向かって歩くと初代藩主・水野勝成公の甲冑柄の自販機が。
俄然テンションがあがります。

kariya (1)注目の飲料の種類はというと普通の内容でした(笑)。

武将として戦場ではその勇猛さから「鬼日向」と渾名されることもあった水野勝成
実は文化人としても、和歌、舞、茶道、絵画など様々な面でも一流でした。
経歴も波瀾万丈。語るにも逸話が多すぎて凄すぎます。

刈谷城は天文2年(1533年)水野忠政により築城されました。
刈谷城が気に入った忠政は本拠地を緒川城から刈谷城に移しました。
娘・於大(徳川家康生母)はこの刈谷城から岡崎の松平広忠に嫁しています。

忠政死後は嫡男・水野信元が城主となりました。
永禄3年(1560年)桶狭間合戦で信元は尾張・緒川城へ入り、刈谷城は弟の信近が守っていました。
今川義元が討死すると尾張・鳴海城にいた岡部元信が手薄な刈谷城へ攻め寄せ信近を討ち取ります。
しかし、信元はすぐさま刈谷城へ押し寄せ、城を取り戻したそうです。

信元は天正3年(1575年)佐久間信盛の讒言にあい、武田方への内通を疑われ、家康に殺害されるという非業の最期をとげます。
しかし、後、その疑いは晴れ、信元の末弟忠重が城主となって水野氏の領有に復しました。
以後、忠重、勝成、忠清と5代百年、水野氏の居城となっていくのです。

kariya (20)赤い橋を渡っていきます。

この橋から見る水堀と城址公園の林の景色はとても美しいです。
亀城公園というだけあって水堀にはたくさんの亀がいました。

kariya (19)帯曲輪東側の堀はかつての城郭の名残りをとどめています。

kariya (3)本丸跡に建つ十朋亭。

kariya (5)内部には刈谷城の模型が展示してありました。

kariya (2) 遺構ではありませんが、遊具気分でどうぞ。

kariya (6)本丸跡は周囲を土塁で囲まれています。

kariya (9) 公園となっている本丸の様子。

kariya (14)現在、再整備計画のため少しづつ工事が進んでいます。

2020年ごろを目途に発掘調査をしながらの完成のようです。
北西隅櫓、南東隅櫓、多門櫓、表門、裏門、土塀を復元する計画が進んでいます。
残っている城絵図や調査を元に復元される、ということで楽しみですね。

kariya (13) kariya (11)
刈谷城本丸の土塁と整備中の土塁断面。

一時期、城(天守)ブームのとき、史実と異なる建造物が全国のあちらこちらに
築城?された経緯がありましたが、ここのところは正しい検証や図面に基づいた
復元計画が発掘調査と併用して行われていることは非常に喜ばしい事ですね。

kariya (16)木立に囲まれた刈谷城城址石碑。

kariya (18) 傍らには豊田佐吉さんの胸像がございます。

denpa (5) 春ですね、沈丁花(じんちょうげ)が咲き乱れてました。いい匂いだ。

denpa (4) ひよこたちも賑やかでした。ピヨピヨ(^ω^)。

ジムニーでオフロードコースへ

さなげアドベンチャーフィールド (愛知県豊田市伊保町向山)

4月も桜が満開を迎える頃、さなげアドベンチャーフィールドに行ってきました。
同じ城めぐらーにして、ジムラーの日向守さん、そして日向守さんのご嫡男さんとの行軍です。
2台で連なって走るランデブー姿はさながら遊撃軍のよう。

sanageato (5)日向守さんから加藤神社のお守りを賜りました!、光栄です。

すでに何回か足を運び、会員登録も済ませてみえる澄まし顔の日向守親子。
対してこちらやや不安と緊張の面持ちで、ぎこちない受付を済まします。
・・やはりこの親子、ただ者に非ず・・。

sanageato (2)最初なかなかギア入れのコツが掴めませんでした・・。

最初は日向守さんに初心者向けコースを助手席に座っていただきました。
まともに4WD→4Lへのシフトチェンジもできまチェンジ(汗)。
冷笑されながらもコースに入っていくのでありました。(大丈夫かな・・)

sanagesaf (9) 日向守さんのレクチャーでGO!

しかし、普段4Lギアなんて、山城めぐりでも滅多に使うことはございません。
もともと山城攻略の最終兵器として購入したはずなのに、これでは宝の持ち腐れですね。
もちろんものすごい効果を実感した例もあります。(そして何度も助けられた)

sanagesaf (11)高低差も少ない外周のワンダフルコースで、まずは肩慣らし。

ここで雰囲気はつかめました。でもまぁ、やはり、物足りませんね。
なんせ、ジムニーなんですから。
はやる気持ちを抑えながら助手席の日向守さんに教えを乞います。

sanagesaf (12) そして次は林間コースへと向かいます。

sanagesaf (6)路面状況によって走り方も変わってきます。今回は雨上がり。

こちらの林間コースはかなり手応えがあります。
波状路に、ヘアピン沢登り。(雨上がりのため、本当に沢になってます)
傾度のある昇り坂を突撃気分でガンガン攻め登ります。

sanagesaf (5) 傾斜20度の長い下り坂に突入です。

ここでは4Lならではのギアセレクトとエンジンブレーキングが重要です。
ここ林間コースでも最も名所で鍵となるセクションです。
まるでジェットコースターが落ち始める前の感じでゾクゾクしました。

sanagesaf (2)「・・くっ!、この坂を降りるのか!?・・」
(写真ではうまくお伝えできませんが)

ギアの使い方とコツに慣れてくるといろんなコースに挑戦したくなります。
場内での停車・降車にての撮影は危険を伴うので厳禁です。
しかし、日向守さんのご嫡男さんから記録映像を頂きました。

sanagesaf (8)水深50cmの水場にダイブしてます・・。

あれ?・・、ボンネットから煙が・・。(焦)
でも、良かった、原因は水蒸気でした。(マジ、セーフです)
でも、ちょっとビビりました。調子に乗り過ぎです。

sanagesaf (7)コブセクションも楽しかった!

気付いた時はトライアルコースにはまり、ドンドン深みに挑戦していました。
横滑りするほどの谷バンク、丸太渡り、モーグル地形、ロック岩場も少々・・。
押し戻される急坂に闘志むきだし。(かなりやばいテンションに・・)

sanageato (6)場内は様々なコース設定があり、4駆の性能と技術が試せます。

sanagesaf (4) 泥落としで上がります。

sanagesaf (3)いやぁ~、遊んだ、遊んだ。

sanagesaf (10)タンクガードはやっぱりあると安心です。

sanagesaf (14)日向守親子の鉄馬とツー・ショット。

さすがに転倒やスタックの危険性は避けなければいけません。
あくまでも技術と性能内でのトライですが、それでも緊張感で胸がバクバクしました。
待ち構えるコースをクリアしたときの快感は病みつきになりそうです。

魔物が潜む異次元のコースにトライしてみたい気持ちもありますが・・。(やめとけ)

初心者の自分でも充分に楽しめる本格クロカン・コースでした。
ジムニー本領発揮、2台での突撃、ホントに楽しかったです。
また連れて行ってくださいまし。(割引券、ありがとうございました!)

sanageato (1)
オーナー歴、間もなく20年目。山城めぐりのベスト・パートナー、ベスト・チョイスです。

晴天の中、恵那峡ハーフマラソンに出場しました。

第16回 恵那峡ハーフマラソン大会
会場:岐阜県クリスタルパーク恵那スケート場
平成29年4月16日(日):ハーフマラソン(21.0975km公認コース) AM10:00スタート

今年もやってきました、恵那峡ハーフマラソンです。o(^▽^)o

去年の嵐の中のレースとは打って変わり、風もなく穏やかな晴天です。
気温が高めで暑くなるようですが、自分としては雨よりは全然ましなのですね~。
(去年はホントにテンション➘下がりました・・)

enahalf2017 (4)

それに今回はラン友・Y吉さんとも一緒にスタート地点に立てます。
Y吉さんは、ここのところ多くの大会経験を経てメキメキと走力が上がってきています。
この日が来るのを心待ちにしておりました。

enahalf2017 (1)

今回の目標は1時間40分、100分内で走る!が目標。
前回の自己ベストが1時間45分ですから5分以上縮めなければいけません!
・・って、できるのでしょうか?

対策としてはやはり序盤の登りもゆっくりせずにある程度のペースを作ってしまうこと。
そしてその勢いを保ったまま中盤まで流れることです。
さぁ、できるかな?

いよいよスタートです。

<序盤>(~6km地点)

前回までは「スタミナを温存しよう」とゆっくりめに(km/5分15秒くらいで)登っていた坂。
しかし、今回は思い切ってここをkm/5分ペースで駆けあがっていきます。
しかも全5km区間で、1kmごとに5秒づつ、上げていきます。

taisaku.jpgこの区間をkm/4分45秒で走り切るのが最初のミッションです。

序盤からハードでしたが、この戦略?は結果的に成功しました。
なぜなら、ビルドアップしながらの気合いとペースを保持したまま中盤まで繋ぐことができたのです。
これはトレーニングの成果かもしれません。

<中盤>(~13km地点)

2ヶ所の折り返し地点をつなぐコースです。
アップダウンがありますが、安定したペースを保持するよう呼吸方とフォームを意識しました。
給水も積極的に取り、暑さのため急速に渇いていく体に水分を補給です。

手元の時計ではペースがkm/4分40秒、いいペースです。
しかし、油断せずに終盤に持ち込みたい、あくまでペース維持に専念しました。
ここにきてのペースダウンだけは避けなければならないのです。

ある意味それが中盤のミッションです。

<終盤>(~20km地点)

15km地点からは下り中心となります。
ここで勇んでスピードを乗せることもできましょうが、自分的にはまだ抑えます。
昇り中心モードだった足を徐々に下りモードに切り替えていきます。

18km地点を過ぎたところから徐々にストライドを広げ加速していきます。
このあたりになると前後のランナーたちも同レベル。
足も歩調を合わせつつ、抜きに入ります、km/4分38秒、闘志丸出しです。

「なんだかイケそうな気がするぅ~!ヽ(`ω´*)ノ彡☆」

<ラストスパート>

ゴール手前、名物「心臓破りの坂」では「たいしたことない」と、自分に言い聞かせます。
実際は「地獄で閻魔様」級の斜度のキツイ坂ですが・・。
ここを越えたらゴールしたようなものですが、さすがにタイムを奪われます・・。

enahalf2017 (3) ラストスパートをかけた城内入口。

場内に入った時点でスパート点火!
まだいける、と思っていた相棒の足も限界のようですが、そのままゴールできました。
燃え尽きた感でいっぱいです。

enahalf2017 (2)

結果は記録:1時間39分02秒。NET:1時間38秒49秒
100分切り、成功です!♪───O(≧∇≦)O────♪
やった!目標達成、自己ベスト更新です。これは涙が出るほどうれしかった。゚(゚´Д`゚)゚。。

Y吉さんも程なくして場内に帰ってきました。
ここで声援を送ります。苦しそうな中に笑顔を浮かべながらのラストスパートを見送ります。
Y吉さん、初めての恵那峡で、すごいタイムです。素晴らしいです。

enahalf2017 (13)
Y吉さんに撮って頂きました。いい顔してました。(笑)

enahalf2017 (11)

満足いく内容のレースでしたが、やはり練習で踏んできた距離が結果となったようです。
週1,2回のビルドアップ走10km、5kmも底力を養うのにいい練習だったと思います。
20km以上のロングは疲労が残るため一度も走ってませんでした。

enahalf2017 (9)
今回は電車を利用。JR武並駅は見たこともない混雑ぶりでした。

帰りの電車ではくたくたになりながらもY吉さんとマラソン談義に話が弾みます。
あれ?肌が若干ヒリヒリしてますよ。陽に焼けたみたいです。
さぁ、次は安曇野ハーフマラソンです。

心地よい 疲れとともに 達成感 電車の揺れと 友の焼け顔

enahalf2017 (7) Y吉さん、お疲れ様でした!

京都山城 伏見桃山城 🏯雅で迫力ある模擬天守群

京都山城 伏見桃山城 (京都府京都市伏見区桃山町大蔵)

春、うらら、入学式にかこつけての城めぐりです。
4月に入っても、桜がまだ咲いてません。
ここ伏見桃山は桜の名所だと聞いてやってきたのですが・・。ちと残念。

現在、本来の伏見城の主要部は明治天皇陵などになっており、立ち入ることはできません。
以前、伏見桃山城キャッスルランドという遊園地があり、ここに模擬天守が建てられています。
あまり人気がないようでしたが、奥方とぐるっとのんびり散策してみました。

fusimi22.jpg耐震基準を満たしていないことから内部は非公開です。(残念)

洛中洛外図に描かれた伏見城を参考にして模擬天守が鉄筋コンクリート構造で造られました。
まだ遊園地が営業しているときに来たかったのですが遊園地自体は閉園となってしまいました。
(2003年1月31日に閉園しました)

fusimimomoyama (3)なかなかの迫力で雅な高級感が感じられます。

よく写真で見かけるカットですが、間近でみると想像以上に迫力があります。
単なるモニュメントにしておくには実に惜しい建築物だと思いました。
奥方も突然目に入った天守群を見て、びっくり!してました。

fusimimomoyama (2)模擬大手門です。さすがに作り物っぽさは否めませんね。

fusimimomoyama (1)石碑です。この場所は伏見城の西側あたりとなります。

文禄元年(1592年)豊臣秀吉によって隠居屋敷として築かれたのが始まりです。
当初は南方の指月山に築かれていましたが、慶長の大地震で倒壊したため、
北方の木幡山に本丸を移して再建されました。

関ヶ原合戦の前哨戦では徳川方の城将・鳥居元忠が奮闘し壮絶な死を遂げました。
関ヶ原合戦後、天守は二条城へ移築、櫓は備後国福山城や江戸城などに移築されました。

fusimimomoyama (5)模擬小天守もそれなりに立派なんです。

fusimimomoyama (13) 4月の訪問ですが今年の桜は遅い・・。

fusimimomoyama (11)模擬天守を下から見上げてみます。

重厚感があって破風のバランスがかっこいいと思いました。
模擬天守の中は資料館となっていて、秀吉築城の聚楽第の復元(推定)模型が展示されていました。
それも開園している時のお話しなのですが、見てみたかったです。

fusimimomoyama (10)今一つの石碑を、植え込みの中に発見。

fusimimomoyama (9) この門から入城してみたいものです。

fusimi2446.jpg空にそびえる大天守。当時の威風を思い起こさせます。

いつかまた最上階に登れる日が来るのか、楽しみです。

 
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

忙しくも楽しい4月
慌ただしくも充実に満ちた4月を送っています。
東西南北への城址花見めぐり。(随時更新)
城友さんとのオフロード体験、ラン友さんとのハーフマラソン。
町内会の役員仕事。
一人減った仕事の持ち場・・((>_<))。
長男の入学式での上洛。
次男の送り迎え。
三男の試合遠征。
奥方の足つぼマッサージ・・。朝のごみ出し・・?。
どんな時も桜はやっぱり包んでくれるのです。
弦をゆるめる日はまだまだ遠いですね。
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