美濃 高冠城 🏯ため息がもれるような美しい堀切

美濃 高冠城 (岐阜県郡上市大和町栗巣・古道・高冠山)

5月も終わるころ、郡上郡では遅めの田植えが始まります。
山間部の谷間集落でも地形を上手に開墾して農耕が営われています。
棚田の水面に映し出される山々の姿はとても美しく感じますね。

takakanmuri (34)

今回訪れたのは郡上の大和町の奥山にそびえる高冠城(たかかぶりじょう)です。
その名の通り、標高811m、比高で310mもある高所に位置する山城。
集落からの登山道は途絶え、かなり奥まった山上にあります。

takakanmuriyama.jpg奥まった山上にある高冠城を上古道集落より眺めてます。

麓からはその全姿が見えないのでかなり離れたところから撮影しています。
このような場所ですので領主支配の城ではないことがわかります。
さて、どんな遺構がまっているのやら・・。

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下栗巣林道を利用してみます。入口に林道の石碑がありますね。

麓から歩くのはちょおっと・・。(根性なし)
少しでも楽な方法を、ということで林道を利用します。
今回もジムニーで恰好つける時がやってまいりましたね。(よろしく)

takakanmuri (4) おあつらえ向きのワクワクダート林道です。

takakanmuri (5) 沢を越え・・。
takakanmuri (15) 岩崩れを越え、
takakanmuri (6) ドン突き駐車。

ここからは尾根筋に歩いていきます。
果たして無事生還できるのでしょうか、ここまでありがとう、ジムニーちゃん。
あとは国土地理院の地形図とコンパスの読みが頼りです。

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途中で出会ったメタリックゴールドのボディを持つイトトンボに癒されます。

さすがに比高300m級です、途中で適度に休憩を入れながらの登山に。
カモシカたちの「何しに来たん?」的な視線に苦笑いもいいとこです。
それども林道で登ってこれたお蔭で20分ぐらいでピークに到達したようでした。

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山頂付近にも関わらず源水地があることに驚嘆!(なるほど、これなら籠城できる!)

ピークより南に向かっていくと源水地があります。結構大きくてびっくりしました。
獣たちも飲みにくるのでしょう、なんか、見たことない足跡が・・。こわ・・。
そしてほぼフラットな稜線を南に歩いていくと・・。

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現われました、堀切です。 o(≧▽≦)o

、というか、ドでかい堀切です。(しかも、いきなり)
こんな山中にこれだけの規模の堀切・・、しばし信じられませんでした。

takakanmuri (19)素晴しい堀切を横から見てみます。

・・美しい・・。ため息が出るほどに・・。
こんな堀切を探していました。勾配、幅、深さ、堀底具合、そして見易さ、これぞ「堀切」です。
ここまで魅せられる堀切はなかなかお目にかかれません。しばし目を奪われます。
(↑こうなるとかなり重症な例かもしれません・・)

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堀切を上部に登って俯瞰します。両端は竪堀となって落ちています。

これだけの規模の堀切です。
曲輪も大きいのでしょうか・・。期待をして主郭に向かいますが・・。
意外と細長いあまい削平地が続いています。(へぇ~以外だな・・)

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80m程に及ぶほぼ尾根道に近い曲輪が続いています。

曲輪両側の下には腰曲輪も確認できますので、間違いなく曲輪なんでしょうが・・。
内部が緩やかな傾斜を伴っていることも気になります。
未整形空間、っていう感じです。

takakanmuri (24)堀切がもう一条あります。

先程のものより規模は小さいのですが堀切が現れます。
どうやらこの先が頂上の本丸に値する曲輪のようです。

takakanmuri (28)本丸に相当すると思われる空間です。

郭の平地が丸く見えるのは広角レンズを使った錯覚ではありません。
実際に削平があいまいで、自然地形の姿を若干、残しているようなのです。
これは一体、どういうことでしょう?

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主郭の西側の切岸と腰曲輪の状態です。

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同じく、主郭の南から東にかけての切岸の様子です。

主郭の削平はあいまいですが、切岸だけはしっかり付けられています。
これは、防御施設だけは優先的に普請した名残り、ともうけとれます。
或いは、築城途中で放棄されたのかもしれませんね。

高冠城に関する史料は城主などほぼ不明です。
口伝では、平家の落ち武者によって築城されたのが最初らしいです。

後、戦国期になると越前朝倉軍によって攻められた、といいます。
朝倉軍は城兵が白米で馬を洗っているのを遠くから見て、(白米伝説)
「あれだけの水があっては攻めるのは難しい」みたいな感じで篠脇城に向かったそうです。

なかなか信憑性のないどこにでもあるよくある話しです。
しかし、朝倉来襲時に手を加えられたこと、は検討に値する傍証かもしれませんね。
しかも、軍事目的だけのごく短期間の間、ということも考えられます。

未整形の郭がその一部を物語っているとも思われます。

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岩にあけられたピット穴もみられます。

なんのためにあけられたのでしょうか、細い柱ならはまりそうです。
空想が膨らみますね。

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岩陰から、ヌリカベがのぞいていました(笑)。

高冠城はちょっとミステリアスに包まれた山城でした。
こんな高い山にいつ、誰が、何の目的で築城したのか?
篠脇城の外郭城郭、では済まされない何かがありそうです。

※ 登城を計画されてみえる方は以下の事項、充分に安全に配慮してください。
 1、地形図とコンパス(方位磁石)は必須。
 2、林道利用は状況によっては通行に支障があります。(4WD必須)
 3、熊よけ道具を持参されたし。(います・・)
 4、できれば2人以上が望ましいです。(さびしいし、危険)
   以上。




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信州安曇野ハーフマラソンに向けて

安曇野ハーフマラソンまで2週間

G.Wも終わり、迫ってきたのは長野県の安曇野を舞台に開催される
第3回信州安曇野ハーフマラソン大会です。
6月4日(日) <a.m.9:00スタート>の多分、梅雨入り前になるでしょう。

azumi-p.png
参加案内パンフより転載。

安曇野は自分にとってもなにかと思い出のある場所でもあります。
家族キャンプや旅行の拠点、道祖神めぐりに城めぐりにと、何回と訪れました。
アルプスの山並みも素晴らしいのですが、その麓ののどかな田園風景が脳裏から離れません。

aokiazumi (2)

そして何といっても川底が透き通った清らかな水。万水川の水車。
わさび農園でのわさびソフトクリーム・・、たまんない・・。
そして、今回の新しい安曇野の楽しみ方、それが、

安曇野ハーフマラソンなんです

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いつもの10km練習コースにも藤の花が迎えてくれます。

今回もラン友・Y吉さんとの出走になります。(誘っていただき感謝)
いわゆる本命レースではありませんので、記録にはこだわりません。
Y吉さんと笑顔で楽しく走り切りたい、そんな感じです。

流れる景色を楽しみ、水と風を感じながら共に走るランナーさんたちと
同じ時間を楽しく過ごす、というのが目的です。
前々からここを走りたいな~と思っていましたので、とても楽しみなんです。

azuminohaif987.jpg
なかなか素敵な色とデザインのTシャツです。(これ着て走ろかな・・)

、といっても時期は6月、長野県といえど蒸し暑くなっているでしょう。
かっこよく、笑顔で走りきるためには日頃のジョッグは欠かせません。
コースは適度なアップダウンもあります。なので油断は禁物、しっかり鍛えます。

開催日前日の土曜日から理由あって松本城、じゃなくて「松本入り」を敢行する予定です。
ま、天気次第といったところですし、未だに家族諸侯には報告してませんので・・
・・言いそびれちゃいました・・。(反応が恐ろしい)

とにかく練習も本番も手を抜かずに楽しみたい、と思うのであります。

越前 波多野城 🏯眺めと畝状竪堀が素晴らしい朝倉氏系城郭

越前 波多野城 (福井県吉田郡永平寺町荒谷・花谷・光明寺・城山)《県指定史跡》

GW,兄弟での越前城めぐり、次なる目的地は波多野城です。
日帰り城めぐりなので、今日のところはここが最終ポイントとなりそうです。
それにしても道中でのロケーションは旅情があり、いろいろと寄り道もしながらです。

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波多野城の麓、花谷地区のレンゲ畑に寄り道。

どこまでも続いている蓮華の花に弟クンと感激。
里山ならではの春ののどかなひとときです。
大輪の花も良さがありますが、可愛らしい花の集まりも心惹かれますね。

e-hatano (11)振り返ればそこに波多野城のある城山が聳えます。

e-hatano (20)登山道の駐車場に掲げられた縄張り図と案内版です。

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波多野城ののぼりも立ち、いざ、参らん!、と行きたい所ですが・・。

ざっと比高だけで350mだそうで・・。片道で1時間以上かかるとの事・・。
朝から幾つも山城を登ってきた我々にはすでに体力の限界!
気力はあっても、カラータイマーは点滅状態。

こんなこともあろうかと下調べで山中の林道をチェックしてきました。
山頂の下、ある程度のところまで林道がついているようなのです。
行けるかどうかわかりませんが、ここからは冒険の始まりです。

e-hatano (18)
林道、城山線に迂回して登って行きます。

e-hatano24.jpg
なかなかいい感じのダート林道のはじまり。

果たして進入していいものかどうかは行ってみなければわかりませんでした。
しかし、通行を規制するような案内もなければ、ゲートやチェーンもかかっていません。
これは行くしかありません。ジムニー、4WDへシフト・オンです。

e-hatano jm時々、見晴らしのいい所もある、これぞ、林道です。

こんな時、本当に「ジムニーでよかった」と心から思います。
助手席に弟クンがいてくれるのも心強いです。
なんせ、ここからは何が起こっても自己責任ですから・・。

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まずは第一鞍部、観音峠を通過します。

e-hatano 46なんとか8合目ぐらいまでの所に到着したようです。

それでも林道に入って運転すること20分くらいはあったでしょうか。
結構な標高まで来れたのであとは力を振り絞って、弟よ、いざ、登らん!
「吉報、木製の階段もありますぞ。」

e-hatano (4)少し登ると、すぐに表れた堀切に感動。

アドレナリンならぬシロレナリン、全開モードに入りました。

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わかりづらいですが、畝状竪堀がみられます。

e-hatano (5)手入れされていて見学コースになっていました。畝状竪堀です。

見事な竪堀群が形成されています。あちこちの傾斜に竪堀がみられる城です。
これは先程の戌山城や一乗谷城などにも共通するもので明らかに朝倉氏の山城にみられる遺構です。
案内板には鎌倉期の波多野氏の城郭とありましたが、今日の遺構は戦国期のものですね。

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大きな土塁と堀切が行く手を阻みます。

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主郭部の切岸と腰曲輪の様子。(高原みたいです)

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ベンチが設けられた本丸に到着です。

本丸を含める主郭部は周囲の防御遺構に比してやや狭い感じを受けました。
南方にも同規模の出丸的な曲輪が確認でき、同じように畝状竪堀もみられます。
とにかく、全周囲を堀切と畝堀で固めた、防御主体の城、といった感をうけました。

e-hatano (16)城址碑があるんですね、うれしいです。

e-hatano (8)尾根伝いから麓が垣間見れます。

やはりかなりの標高を感じます。
北の麓、九頭竜川の流れがキラキラして綺麗だこと。
転じた南には(きっと)一乗谷山城がみられることでしょう。

波多野城は遺構からは戦国末期に完成された山城と推定できますが、誰が守っていたのか不明です。
しかし、これほどの防備を必要としたのは、朝倉氏によるものと推定できます。
一乗谷の北方面を守る重要拠点として機能したのではないでしょうか。

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帰り道、見晴らしの良い場所で休憩です。

本来は麓から登山するのが山城探求の理想ですが、今回は是非もなし。
でも、どんな形であれ、城址の主郭には辿り着き、なんとか時間内見学ができました。
旅の恥はかき捨て、ということでお許し願いたいです。

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」(※)

・・そうでしたよね、宗滴殿。

※『朝倉宗滴話記』より抜粋、朝倉宗滴が語ったものを家臣・萩原八郎右衛門尉宗俊がまとめたとされる書。全般的な内容としては、宗滴が話した戦陣訓・家訓の記述と、宗滴の経歴を述べたものになっています。




越前 丸岡城 🏯古式ゆかしい石瓦の天守

越前 丸岡城(福井県坂井市丸岡町霞町1)<国指定重要文化財>《日本100名城》

順調に回れている弟との越前・城めぐりも午後の部に入りました。
せっかく福井県に来たのだから、美味しいそばでも、というところですが・・。
貧乏兄弟(泣)、やはりコンビニでの「G.Wおにぎり100円セール」にロック・オン!

移動時間と軍資金の大幅削減に成功したようです。

休む間もなくマニュアル車を運転しながらの食べながらの地図みながらの景色みながらの、と
そして、しゃべりながら、とまさに五感フル活動。
ニュータイプに覚醒する一歩手前のドライビングです。

城が好き者同士だったら、これでいいんです。(これはこれで楽しい)

そして、久しぶりに丸岡城まで足を延ばしてみました。
さすがにG.Wというだけあって、目を疑いたくなるほどの駐車場です。
空き駐車場を探すだけでも大変な混雑ぶりに困惑・・。

maruoka (23)

・・まぁ、何度か来てることですし、半分は観光気分ですので、ゆるい見学となります。
目的でもある『日本100名城スタンプ帳』を忘れずに持参してきました。
ですので、この記事は軽~く流します。

maruoka (3)意外とわかりずらい場所にあるこの石碑。

西の麓にある別名「霞ヶ城」の石碑です。ツツジの花に囲まれて綺麗でした。
「国宝」とあるのは、昭和9年に国宝に指定されたのですが、
昭和23年の福井大地震により倒壊した名残りのようです。

現在でも市民の方々による国宝化運動は続けられています。
今日の丸岡城天守は、当時の建材等を使って昭和30年に再建されたものです。
現存12天守閣のなかでも北陸では、丸岡城のみ。是非とも、帰り咲きを期待したいものです。

maruoka (1)石瓦の丸岡城天守閣。ド逆光の時間に来てしまったようです。

maruoka (16)
天守の鯱も石造りです。(写真は創建当時のものではなく、近代の取り替え材です)

maruoka (18) しかし、まさかのこの行列・・。

予想はしておりましたが、スゴイ人です。
入城制限がかかっておりました。(一体何番目なんだ?)
でも、せっかく来城したのだから、天守に行ってみます。

maruoka ent 待ち時間20分で入城!。

maruoka (6) maruoka (7)
下見板張の様子(左) と ベランダ状の石落とし(右)

maruoka (8)
最上階の廻縁は、外には出られない見せ掛け式で、格式を高めるものです。

maruoka (9)
柱や梁は当時のものだけあって古めかしいです。

maruoka (11) maruoka (10)
周囲を広く見渡せます。最上階では景色の他、梁や柱も見所ですね。

しかし、覚悟はしていましたが、天守内部、大渋滞です。
特に、最上階では、牛歩戦術に耐えねばなりません。
ロープはあっても一方通行の階段が急すぎて、回転率が悪い悪い。
(スカートでいらしたお姉さま方、お互い気を遣いますね・・)

maruoka (5)
意外と、野面積石垣と勾配が美しいハーモニーを見せております。

ちょっと他の石垣拝見へ。

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本丸南西部の石垣角部をみあげます。

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高石垣が築けない頃の築城技術がうかがえます。

maruoka (22) この木、根っこがスゴイ!ので。

こういった張り根の頑張りによって丸岡城の切岸が崩れず保たれているのですね。

maruoka (13)
丸岡城、かつてはこのように堀や二ノ丸に囲まれた大城郭でした。

周辺をゆっくり散策すれば面影は把握できるのでしょうが
かなり埋められてしまっていて、市街地となっています。
資料館などの古写真や模型で、当時の様子が垣間見れるのが救いでしょうか。

maruoka (27)

一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ
上の写真では、なんだか本多作佐重次仙千代を泣かしているような・・。

越前 勝山城 🏯こっちが本当の勝山城址ですから

越前 勝山城 (福井県勝山市元町1丁目・勝山市役所)

GW、兄弟での越前の城めぐり、次なる目的地は大野城から北上した勝山城です。
まだ子供たちが小さい頃、福井県立恐竜博物館に来たことがありました。
とにかくものすごい迫力の恐竜ずくしで、強烈に印象に残っている博物館です。
(子供たちも大喜びでした(∩^Д^∩))

そして、もう一つ強烈に残っているのが↓この天守風の建物でした。

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これは勝山城博物館です。(石垣に龍がついてんぞ)

こちらは個人所有の博物館です。
姿・形は天守閣ですが本当の勝山城とは一切関わりのない建築物です。
内部の展示物で度肝を抜かれたのは集められた具足や鎧兜などの甲冑コーナー。
(個人所有でよくもここまでのことができるものです)

改めて断っておきますが、こちらは勝山城ではありません!
しかし、一言、こちらの売店で売っていた巨峰ソフトクリーム!
これに関しては激ウマでした。

「福井県の勝山城に行ってきたよ、とにかくすごい天守だった!」という方が周りにみえたら
ほぼこちらの施設へ足を運んだと思って間違いないでしょう。
そして、あえて否定なさらずに、頃合いを見計らって、さりげなく・・ね。

あまり、書くと本当の勝山城の影が薄くなるのでこのくらいに・・。
(・・そのくらい影は薄いのですが)

勝山城は、天正8年(1580年)に柴田勝家の一族である柴田勝安によって築城されました。
勝安は佐久間盛政の弟になります。 武勇に優れ、勝家に気に入られてその養子となります。
一族が少なかった勝家も秀吉同様に、母方の血縁者を積極的に登用したようです。

e-katuyama (7)
勝山城址を示す、城址碑広場。

現在の勝山市役所付近が城跡の中心部だったようです。
市役所と公民館があるあたりが本丸跡なんですが・・、ほぼ遺構なしです。

e-katuyama (6)江戸期に小笠原氏によって再築城された様子です。

当時はかなりしっかりとした城郭が構えられていたようです。
天守台や石垣も昭和40年ぐらいまでは残っていたらしいです。
それも市民会館建設に伴い撤去され、現在は城址碑が建つのみの変貌ぶり。

e-katuyama (1)なかなか立派な石碑です。合格です。(`∀´)

果たしてどれくらいの方がここが本当の勝山城だと認知しているのでしょう。
いや、「いないでしょう」、というのが弟とだした結論(・・さみしい現実)。
城址も博物館もお互いをしっかりアピールすればいい話ですが・・

やはりビジュアルの差は埋めようがありませんね・・。

e-katuyama (8)

ということで、恐竜渓谷ふくい勝山ジオパークのアピールの方が目立っているここ勝山市です。
恐竜好きの良い子たち!、みんな、集まれ~!
・・あと・・勝山城址にも行ってみましょう・・。(声、小っちゃ)





プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

気持ちのいいG.W
いい天気に恵まれたG.Wでしたね。
ご家族で、ゆっくりされた方もありましょうが、仕事で追われた方や旅行先で渋滞に引っかかった方もござりましょう。 家の掃除や庭の手入れで終わった、なんて方もみえました。
自分はといえば・・、
子息の遠征試合にかこつけての城めぐり。
弟クンとの久しぶりの城めぐり。
美濃の山城調査へのシングル城めぐり。
、とまぁ、終わってみればあっという間のお休みでした。

そんなわけで軍資金も底をつき、子息の試合観戦とお城でお腹いっぱいになってます。
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