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武蔵 成田氏館 🏯忍城主・成田氏のルーツとなる館城址

武蔵 成田氏館 (埼玉県熊谷市上之中宿) <市指定史跡>

弟とゆる~く行く、映画「のぼうの城」史跡めぐりシリーズ②

さて、鉢形城をあとにして次はいよいよ忍城へ!・・と行きたいのですが・・。
その前に忍城城主・成田氏のルーツとなった館跡に寄ってみました。
成田氏は古くは平安時代以来の惣領家として成田郷に館を構えた名家でもあるのです。

鉢形・忍 (31)
住宅地の前、一方通行道路の脇沿いに立つ石碑。
narita.jpg 鉢形・忍 (32)
まぁ、これだけといえば、これだけですが。

遺構などは残っていないようです。・・それより・・。
この館址にたどり着くには他国者の我らにとっては非常に難儀なことでした。
国道から細い一方通行の道に入るのですが、逆方向から鋭角に左折するえげつない道です。

今回は城めぐりのアプリでの検索ルートにしたがって大正解でした。
大変、お世話になりました。
一応、「行ってみたい」、という変わり者の皆様ために地図添付をしておきます。

ほんとにゆる~い城めぐりでどうしようもありませんね。(お許しを)



武蔵 鉢形城 🏯巨大空堀と銅製縄張り図に超感動!

武蔵 鉢形城 (埼玉県大里郡寄居町鉢形) <国指定史跡> 《日本100名城》

弟とゆる~く行く、映画「のぼうの城」史跡めぐりシリーズ①

8月上旬の暑さ真っ盛りの中、弟クンと北関東までドライブへ行ってきました。
お互い1日しか予定が合わなかったこともあり、午前2時に岐阜を出発するという日帰り強行軍。
今回は映画 『のぼうの城』 の関連史跡を回りました。

『のぼうの城』は、和田竜さんによる歴史小説を原作とする作品で、2012年に上映されました。
皆さんも御覧になられたことかと思われます。
映画の舞台となったのは忍城でした。

「豊臣軍にケンカを売った、でくのぼうがいた。」「この男の奇策、とんでもないッ!」。
、というのがキャッチコピーでしたね。自分は奥方と倅3人とで映画館へ見に行ってきました。

映画のエンドロールを見ながら・・。
「いつか忍城に行ってみたいな~」と思っていましたが、やっと念願が叶いました。
付き合ってもらった弟クンとの行先に待つ史跡が楽しみです。



鉢形・忍 (14)
まずは北条氏が誇る北武蔵の堅城、鉢形城へと行ってみました。

鉢形・忍 (29)
荒川から見た鉢形城。断崖絶壁の上に築かれています。

鉢形・忍 (2)
笹曲輪に立つ鉢形城石碑。

鉢形・忍 (98)
こちらの銅製縄張り図が素晴らしくよい出来栄え!

鉢形・忍 (12) 見応え充分!・・いつまでも眺めていたい(笑)。

弟と色んな角度から眺めること30分。
余りに気に入った様子だったのでしょう、散歩中のお父さんに兄弟写真を撮っていただきました。
お父さんには城の見所や歴史を簡潔にわかりやすく教えて頂きました。(感謝!)

鉢形・忍 (4)
二の曲輪と三の曲輪間の巨大な空堀に見とれるわけでして・・。

鉢形・忍 (97) 柵が往時の雰囲気をだしていますね。

鉢形・忍 (86)
角馬出しと木橋が復元されていました。(これにはそそられました・・)

鉢形・忍 (96)
秩父曲輪に復元された四脚門です。

発掘調査に基づき平成16年に復元整備されました。
戦国時代の建築構造をとてもよくイメージできていいですね~。

鉢形・忍 (88)
四阿(あずまや)や庭園址も整備され、見学しやすいです。

鉢形・忍 (19)

鉢形・忍 (89)
組み直された石積土塁もありました。

石積土塁は、内側に河原石を3~4段の階段状に積み上げていました。
裏込石がなく、高さも一段が1m程度に造られていました。
関東地方の石積技術を伝える貴重な遺構といえましょう。

鉢形・忍 (22)
本丸まで行ってみました。

鉢形・忍 (25)
本丸下部の石垣。

鉢形城跡は、荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれ、天然の要害をなしています。
この地は、交通の要所に当たり、上州や信州方面に対する重要な地点でした。
 
鉢形城は文明8年(1476)長尾景春によって築城されたと伝わります。
後に小田原の北条氏康の四男・北条氏邦(うじくに)が城を整備拡充をしました。
以後、北関東支配の拠点として、また甲斐・信濃からの備えとして重要な役割を担いました。

兄・氏照自慢の八王子城に勝るとも劣らない規模を誇っていました。

しかし、天正18年(1590)、豊臣秀吉による小田原攻めの際には、前田利家・上杉景勝・真田昌幸らの北国軍に包囲され、激しい攻防戦を展開、1ヶ月余りにおよぶ籠城の後、北条氏邦は、6月14日に至り、城兵の助命を条件に開城しました。

忍城開城に先立つこと約1ケ月前にあたります。
(忍城開城は7月16日です。)

氏邦は名胡桃城事件の当事者であり、激しやすい短慮な性格と見なされることもあります。
しかし、兄の氏照同様に武勇・統治に優れ、北関東の最前線、上野方面の軍事を任されたのです。

武田信玄との三増峠の戦いをはじめ、本能寺の変後の神流川の戦いでは、滝川一益を壊走させる等、武功華々しく北条家領土拡大に大きく貢献しています。

小田原征伐の際には小田原城に籠城することに反対して大規模な野戦を主張しましたが評定では容れられませんでした。
居城・鉢形城に籠もって抗戦する、という毅然とした決断にも彼の武人としての一貫性を感じます。

北条魂そのもの、氏邦って一本気があるな。(かっこいい!)と思うのであります。
そんな思いに駆られながら弟クンと鉢形城をあとにするのでした。

鉢形・忍 (16)
伝逸見曲輪に咲いていた桔梗の花が。花言葉は「正直」「誠実」です。

ジムニーでオフロードコースへ

さなげアドベンチャーフィールド (愛知県豊田市伊保町向山)

4月も桜が満開を迎える頃、さなげアドベンチャーフィールドに行ってきました。
同じ城めぐらーにして、ジムラーの日向守さん、そして日向守さんのご嫡男さんとの行軍です。
2台で連なって走るランデブー姿はさながら遊撃軍のよう。

sanageato (5)日向守さんから加藤神社のお守りを賜りました!、光栄です。

すでに何回か足を運び、会員登録も済ませてみえる澄まし顔の日向守親子。
対してこちらやや不安と緊張の面持ちで、ぎこちない受付を済まします。
・・やはりこの親子、ただ者に非ず・・。

sanageato (2)最初なかなかギア入れのコツが掴めませんでした・・。

最初は日向守さんに初心者向けコースを助手席に座っていただきました。
まともに4WD→4Lへのシフトチェンジもできまチェンジ(汗)。
冷笑されながらもコースに入っていくのでありました。(大丈夫かな・・)

sanagesaf (9) 日向守さんのレクチャーでGO!

しかし、普段4Lギアなんて、山城めぐりでも滅多に使うことはございません。
もともと山城攻略の最終兵器として購入したはずなのに、これでは宝の持ち腐れですね。
もちろんものすごい効果を実感した例もあります。(そして何度も助けられた)

sanagesaf (11)高低差も少ない外周のワンダフルコースで、まずは肩慣らし。

ここで雰囲気はつかめました。でもまぁ、やはり、物足りませんね。
なんせ、ジムニーなんですから。
はやる気持ちを抑えながら助手席の日向守さんに教えを乞います。

sanagesaf (12) そして次は林間コースへと向かいます。

sanagesaf (6)路面状況によって走り方も変わってきます。今回は雨上がり。

こちらの林間コースはかなり手応えがあります。
波状路に、ヘアピン沢登り。(雨上がりのため、本当に沢になってます)
傾度のある昇り坂を突撃気分でガンガン攻め登ります。

sanagesaf (5) 傾斜20度の長い下り坂に突入です。

ここでは4Lならではのギアセレクトとエンジンブレーキングが重要です。
ここ林間コースでも最も名所で鍵となるセクションです。
まるでジェットコースターが落ち始める前の感じでゾクゾクしました。

sanagesaf (2)「・・くっ!、この坂を降りるのか!?・・」
(写真ではうまくお伝えできませんが)

ギアの使い方とコツに慣れてくるといろんなコースに挑戦したくなります。
場内での停車・降車にての撮影は危険を伴うので厳禁です。
しかし、日向守さんのご嫡男さんから記録映像を頂きました。

sanagesaf (8)水深50cmの水場にダイブしてます・・。

あれ?・・、ボンネットから煙が・・。(焦)
でも、良かった、原因は水蒸気でした。(マジ、セーフです)
でも、ちょっとビビりました。調子に乗り過ぎです。

sanagesaf (7)コブセクションも楽しかった!

気付いた時はトライアルコースにはまり、ドンドン深みに挑戦していました。
横滑りするほどの谷バンク、丸太渡り、モーグル地形、ロック岩場も少々・・。
押し戻される急坂に闘志むきだし。(かなりやばいテンションに・・)

sanageato (6)場内は様々なコース設定があり、4駆の性能と技術が試せます。

sanagesaf (4) 泥落としで上がります。

sanagesaf (3)いやぁ~、遊んだ、遊んだ。

sanagesaf (10)タンクガードはやっぱりあると安心です。

sanagesaf (14)日向守親子の鉄馬とツー・ショット。

さすがに転倒やスタックの危険性は避けなければいけません。
あくまでも技術と性能内でのトライですが、それでも緊張感で胸がバクバクしました。
待ち構えるコースをクリアしたときの快感は病みつきになりそうです。

魔物が潜む異次元のコースにトライしてみたい気持ちもありますが・・。(やめとけ)

初心者の自分でも充分に楽しめる本格クロカン・コースでした。
ジムニー本領発揮、2台での突撃、ホントに楽しかったです。
また連れて行ってくださいまし。(割引券、ありがとうございました!)

sanageato (1)
オーナー歴、間もなく20年目。山城めぐりのベスト・パートナー、ベスト・チョイスです。

近江八幡山城と水郷めぐり

近江八幡山城(滋賀県近江八幡市宮内町:八幡山)

本日は梅雨の中休みといった快晴で気持ちのいい日です。
そして結婚20年を祝してのドライブでもあります(#^.^#)。

以前、まだ当時”彼女”だった奥様と一緒に訪れているのですが・・。
当の本人は覚えていないそうで・・
まぁ、当時からそれだけあちこち(城に・・)連れまわしていた、ということなんでしょう。
仕方ありませんし、もう時効という年月も経過しました。
むしろ、こんな自分によく付いてきてくれたものです。感謝したいですね。マジで。

・・なので今日は思い出に残るような小旅行になればいいなぁという気持ちです。
そしてやってきました、八幡山。
ロープウェイ出発30秒前に到着したので、係りの方に急かされて思わず往復券×2枚を買ってしまいました。
帰りはゆっくりと秀次居館まで下山しようと思っていたんですが・・。まぁいいか・・。

IMG_8888.jpg八幡山へはロープウェイで頂上まで。

IMG_8854.jpg IMG_8855.jpg
割と急峻な山ですがロープウェイで登ること4分(楽ちんです)。

途中、眼下に羽柴秀次の作った城下町が見えてきます。碁盤の目のような街並みが特徴的です。
城下には安土から多くの商人たちが移住し、一大商業都市の賑わいを見せていました。

IMG_8875.jpg総石垣の城郭だったので山頂部には見事な高石垣が見られます。

IMG_8857.jpgかわいい地蔵さんがお出迎え。頭がツルツルで思わず撫でてしまう。

IMG_8858.jpg角部の石垣は算木積が見られ加工石材が使われています。

IMG_8866.jpg北西二の丸からの琵琶湖の眺めは抜群!しばしベンチでゆっくり見とれます。

IMG_8861.jpg IMG_8867.jpg 
散策コースはよく整備されて歩きやすく、今が見ごろのアジサイがとても色鮮やかに咲いていました。

IMG_8868.jpg
カップル向けの趣向がちらほら・・。そんな時期もあったんですね。

IMG_8869.jpg IMG_8870.jpg
本丸は瑞龍寺となり、京都から移築された山門が八幡山城の本丸虎口となっています。

IMG_8871.jpg安土城と観音寺城方面。水郷も見えて良い眺めです。

IMG_8887.jpg IMG_8886.jpg
城下の日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)。当日は厳かに結婚式が挙げられていました。

なんか20年目の自分達を見ているようで懐かしいような恥ずかしいような思い出が甦ってきます。
神前でかまないように誓いの言葉をゆっくり読み上げる新郎さんは真剣そのもの。
そのかたわらに寄りそう新婦さんも緊張しつつ幸せそうです。

僕たちもきっとあんな感じだったのでしょう。
僕たちからも心の中で拍手を送りました。ご多幸をお祈り申し上げます。

そして次は秀次さんに会いに行きます。

IMG_8882.jpg IMG_8879.jpg八幡山城主、豊臣秀次公銅像。

秀次はここ近江八幡の商業発展の礎を築いた名君です。
小牧・長久手合戦では総大将として出陣するも経験不足のために手痛い敗戦を経験します。
しかしその後、実に多くの合戦に参加、大将格の立場で秀吉に貢献しています。

彼もまた負けたことで経験を積み成長していった武将なのであります。
秀吉の弟の秀長といい秀次といい、本来武士になるべき身分ではありませんでしたが
一族として秀吉の支えになろうと切磋琢磨していたのでしょう。

秀吉も秀次を後継者として認め、ハクを付けさせ期待を寄せていたようです。
秀次もそれに応えようと努力してきたのでしょう。
しかし・・、その後の彼の悪夢のような暗転劇は周知のとおりです。

とにかく・・、自分の尊敬する武将の一人です。訪れたことができて良かった。
そして次は水郷めぐりですが、まずは八幡堀に向かいました。

IMG_8890.jpg八幡堀には風情がありますね。ワクワクしてきました((∩^Д^∩))。

IMG_8913.jpg IMG_8899.jpg
屋形船は10人ほどが乗船できます。エンジン船ですが静かで快適。気持ちよくて寝てしまいそう。

IMG_8901.jpg IMG_8908.jpg
白壁の土蔵が立ち並ぶ風景や石垣で囲われた水路をのんびり、ゆったり楽しめます。

IMG_8914.jpg情緒ある風景に心も安らぎます。

IMG_8916.jpg船頭さん手漕ぎの水郷めぐりもいいですね(また次回ですね)。

熊野本宮大社へ参拝

熊野本宮大社(和歌山県東牟婁郡本宮町本宮)

さぁ、熊野本宮に向かってホテルを出発します。

今日はあいにくの雨模様ですので運転には注意が必要です。
それにしてもいいお湯でした。まだ肌がスベスベしてます。ランニング後の朝風呂も最高でした。

IMG_8779.jpg途中、国道沿いにある滝「十二滝」。

IMG_1364.jpg IMG_1365.jpg
相変わらずの川沿い道をひたすら進むことになりますが、段々と道幅や道路が整備されてきています。

途中、道の駅で迷いながらも到着しました。
以前来たことがある父の目からみると周辺が随分と整備され様子が変わっているとのことです。
昔の記憶に開発整備、迷うのも無理からぬことですね。

IMG_8772.jpg IMG_8777.jpg
自分は古道から(写真:左)、父と母は参道から参拝に(写真:右)。
後でわかったのですが、やはり正面から参拝しないといけないらしい・・。

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。

明治22年の大洪水により、大斎原は大きな被害を受けました。
当時は能舞台などもあり、今の8倍の規模を誇っていたそうです。
明治24年に上四社が現在地へ移され大斎原には中四社、下四社、境内摂末社の神々がお祀りされています。

IMG_8773.jpg古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。参拝の順番がありますよ。

成23年9月、紀伊半島大水害により再び大斎原や瑞鳳殿などに大きな被害を受けましたが
平成26年には瑞鳳殿が再建されるなど以前にも増した復興を遂げ現在に至ります。良かったですね。

IMG_8774.jpg IMG_8776.jpg
三本脚の八咫烏(やたがらす)です。八咫烏は、日本書紀・古事記の「神武東征」という物語に登場します。

神武天皇が、宮崎県(日向)から奈良県(橿原)に都を移し、大和朝廷を開いて初代天皇に即位するまでを描いた物語です。
天皇が熊野に到着された時、神の使者である八咫烏が奈良まで道案内をしたというエピソードから、熊野三山に共通する
「導きの神鳥」として信仰されるようになりました。

IMG_8778.jpg川の中州にあたる聖地、大斎原。

社殿が建てられたのは、飛鳥時代(615年)のこと。奈良時代には仏教を取り入れ、神=仏としておまつりするようになります。
平安時代になると、皇族・貴族の間に熊野信仰が広まり、京都から熊野古道を通って上皇や女院の一行が何度も参拝に訪れました。室町時代には、武士や庶民の間にも熊野信仰が広まっていました。

しかしよくもまぁ、あの山々を越えて来れるもんです。昔の人はみなさん余程信仰心が厚かったんですね。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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