三河 吉田城(今橋城) 🏯見る角度によっては天守閣の風格、鉄櫓

三河 吉田城(今橋城) (愛知県豊橋市今橋町・豊橋公園)

国道1号線を浜松方面に向かう際、橋から見えてくるのが吉田城の鉄櫓です。
自分は奥方(遠州出身)のご実家に伺う際に何度となく見てきた心ときめく瞬間です。
その美しさに見とれて車線変更を忘れること、数回。

普段は指を加えながら通り過ぎる城ですが、今回は途中下車。
家族の了承をいただき大手を振っての訪問です。
そんな、ある意味「故郷の城」感のある吉田城をゆっくり歩いてみました。

toyohasi (16)対岸から見る鉄櫓は本当に美しいのです。

toyohasi (3)
豊橋公園から入っていきます。

城内にはハリストス教会の白亜の建築教会やモダンチックな豊橋公会堂など見所もあります。
ちなみに駐車場は公園の東側、豊橋野球場に無料駐車場があります。
少年野球等の試合がなければ、たくさん停められるハズです。

toyohasi (4)
三の丸の外堀から見学。

駐車場は歩きで少し遠いですが、そのおかげで間の遺構を確認できます。
外郭の三の丸の空堀が断面から見学できるのもいいですよ。
半分は土、半分は石垣の組み合わせが面白いです。

toyohasi (1)案内図板をチェックしてから行きましょうか。

toyohasi (12)
本丸入口にある案内板もありますが・・。

この案内板に見とれてしまうと、背後にチョコンと見える大事なモノを見落とします。
・・そう、その大事なモノとは

toyohasi (2)千貫櫓址にたたずむ「吉田城」の城址碑です。(*`へ´*)

この城址碑の場所は正直わかりずらいです。
城内をしっかりとくまなく散策すれば見つけ出せるはずです。
灯台下暗し、とはこのことでしょう。(?・・)

toyohasi (13)本丸の内堀から見上げる辰巳櫓台も圧巻モノです。

toyohasi (11)本丸中心部から見る内側の鉄櫓。

toyohasi (7)
見る角度によっては御三階櫓以上の迫力があります。

toyohasi (10) toyohasi (6) 一度降りてみます。
辰巳櫓の櫓台(写真:左)と入道櫓の櫓台(写真:右)

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復興櫓ではありますが堂々とした風格を感じますね。

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川手櫓址から見た本丸の堀の様子。

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袂を流れる豊川のデルタ景観にも当時の面影があります。

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近世の吉田城の復元モデルが資料館内にあります。(写真撮影と掲載の許可を頂いております)

統一感のある立ち並んだ櫓群と城門は天守なくとも素晴しい景観です。

吉田城は今橋城として永正2年(1505年)牧野成時(古白)によって築かれました。
船形山城二連木城との攻防戦にも巻き込まれ、争奪戦が繰り返されました。
永禄3年(1560年)今川義元が桶狭間の戦で没すると徳川家康が東三河に侵攻、今橋城を攻略します。

永禄7年(1564年)には酒井忠次は今橋城攻めで先鋒を務め、無血開城によって城を落とします。

家康は酒井忠次を城主とすると呼び名を「吉田城」と改めます。
東三河の旗頭、忠次が城主になることで三河東部の諸松平家・国人を統御する役割を与えられました。
そして吉田城は岡崎城~浜松城を繋ぐ最重要地点として機能します。

天正18年(1590年)徳川家康の関東移封にともない、酒井忠次も下総国臼井に転封となりました。
代わって池田輝政が十五万二千石で入封。
現在見られる吉田城の遺構は池田輝政の時代に近世城郭として改修・整備されたようです。

忠次の治世では安定した城下町の発展がみられ、武田氏の徳川領分断策も阻止します。
岡崎、浜松がそうであるようにこの吉田もある意味「家康の出世城」であることに変りありません。
この忠次の地味ながら着実な粘りの功績は大きいのです。

toyohasi (15)信長から「背に目を持つ如し」と賞賛された軍師とも云える銀将・忠次。
徳川四天王・徳川十六神将ともに筆頭、家康第一の功臣として称えられています。



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三河 仁連木城 🏯戸田氏の盛衰を物語る城

三河 二連木城 (愛知県豊橋市仁連木町・大口公園)

「二連木城」は「仁連木城(にれんぎ)」とも記すそうですが・・。
ぱっと見すると、二連休、という土日休みが染みついた我が身です。
、ということでやはり「二連木」で表記していきます。(訳なきこだわりに大差は無い)

前回、船形山城の項にて多米氏の船形山城に対して戸田氏の築城の件に触れました。
そう聞くと、ここ二連木城も是非とも見学したい城址、ということになるでしょうか。
城址は大口公園となっているので散策気分で見学してきました。

nirenngi (2)1本丸周辺は大口公園となっています。

nirenngi (1)
こちらは建て替えられた石碑でしょうか?(船形山城では字が消えかかっていましたから・・)

知多・渥美の両半島を股にかけ、三河湾の制海権をほぼ確立させた戸田宗光
彼はさらなる版図の拡大を目論み、渥美から北進する決意を固めます。
明応2年(1493年)、渥美郡北端の二連木城を築城し、船形山城に対抗します。

宗光は船形山城をめぐる今川方との戦いで討ち死にしてしまします。
その後、戸田宗光の嫡男・憲光はその後今川氏に帰順し、牧野古白今橋城を攻め落とします。
憲光は二連木城戸田政光今橋城戸田宣成を入城させます。

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主郭部内は周囲を土塁で囲まれた曲輪がよく残っています。

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幅、高さもある分厚い土塁で、下には横堀がめぐっています。

nirenngi (5)愛知県公認、こちらがオフィシャルな石碑なんでしょう。

甲斐の武田氏が三河に南下した折にも今橋城の前衛砦として機能したようです。
平城とはいえ、台地上に築かれ、幾重もの土塁と堀に囲まれた要害であったのでしょう。
市街地となり、公園化された現在でもその雰囲気は伝わってくるものがあります。

全周に渡った土塁と堀、現在でも確認できる公園周囲の反り返った高切岸・・。
戦いに備えられた改修の址がみられ、一過性の城でなかったことは容易に推察できます。



三河 船形山城 🏯湖西連峰、三遠国境からの眺めがいいです。

三河 船形山城 (愛知県豊橋市雲谷町上ノ山・船形山)

新春を迎えまして、新しい一年が始りました。
皆様におかれましては平凡な中にも無事なる充実した一年になることを心からお祈り申し上げます。
かく言う、自分も日々小さな決意のもと、愉しんでいきたい、と思う所存であります。

さて、年末に奥方の実家方面で恒例の餅つきをしてまいりました。
午前中は餅つきの手伝い午後からは城めぐり、という奇行も、
こちらの親戚方の皆様にはすでに浸透しております・・。

ititi.jpg
こう見えて結構ハードな年末ミッションなのであります。

今回登った山城は船形山城です。
船形山城は愛知県豊橋市と静岡県湖西市の県境に連なる湖西連峰上に築かれました。
湖西連峰は「弓張山山系」、とも呼ばれています。

funagatayama (3)左から雨応山▲315m、船形山▲276m、神石山▲325mと自然歩道でつながります。

funagatayama (1)今回のトレッキングルートはこんな感じですね。

城址見学も合わせた1時間半くらいのコースです。
お時間に余裕があれば湖西連峰の縦走が楽しめますよ。
その日も何人かのハイカーを愉しむ方々にお会いしました。

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まずは普門寺を目指して駐車場をお借りします。

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普門寺の仁王門、鐘楼門と進み、左手から登るのが最短距離です。

funagatayama (5)
秋は紅葉がとても美しい隠れ穴場スポットだそうです。

funagatayama (6)
石段、丸太段を経て15分程で尾根に出ます。

funagatayama (7)
普門寺峠に到着、ここで左折して尾根伝いに歩いて行きます。

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最初に現われる土橋付の堀切と切岸。登り切ると本丸です。

funagatayama (9)周囲が土塁で囲まれている主郭部には鉄塔が建ちます。

これほどの鉄塔が建ちながら破壊されず残っている、という奇跡の遺構です。
・・というか、本当に当時からの遺構なんだろうか・・。(疑)
しかし、縄張り的には理にかなっているのでそうなのでしょう。(納得)

funagatayama (8)肝心の標柱の字が消えかかっていますが、城址碑があるっていいですね。( ^o^)

船形山城は元々、今川氏親の武将多米又三郎の居城とされます。
三河の戸田宗光は船形山城に対抗して二連木城を築き、遠江国の諏訪氏らと船形山城を攻め、多米又三郎は討死します。
しかし、氏親はすぐに掛川城代の朝比奈泰以に命じて城を奪回、今度は戸田宗光が討死してしまいます。
その後、今川氏の領地となるも、桶狭間の戦今川義元が討たれると、徳川家康の三河平定から遠江侵攻の掌握地となり、小笠原安元、広重、信元の預かりとなったようです。

funagatayama (10)城址より西、三河豊橋方面(二連木城)を望むことができれば・・。

funagatayama (2)城址より東は太平洋、遠江浜名湖方面が一望できます。

こうしてみると両国の国境を監視できる絶好の要衝であることが理解できます。
そして高い山頂ではなくあえて峠の鞍部に築くことで、通行関所の役割も果たしたことでしょう。
こちらの責任者は城主、いうより、城番、といった表現のほうが相応しい響きですね。

今回は少し足を延ばして両隣の雨応山と神石山にも登ってみましたが、
奇岩や群生林、絶景ビューポイントの連続で、楽しい山歩きも楽しめました。
こうして城めぐりをしながらハイキングができるのもいいものですね。



三河 刈谷城 🏯再整備計画が待ち遠しい美しい水堀の城

三河 刈谷城 (愛知県刈谷市城町・亀城公園)

東西南北、春のお花見城めぐり・第1弾の南は刈谷城を訪ねます。
奥方が懸賞で当てた安城デンパークのペア入場券があったのでついでに寄ります。
(どちらがついでなのかはそれぞれです)

hana.png denpa (3)
denpa (7) denpa (6)

フラワーフェスティバル開催中の安城デンパークへ。

今回のお花見は「桜」ではなく春の「ガーデニング・フラワー」です。
色とりどりの花が咲き誇る園内で春を満喫・・。
・・その前に城を満喫しようとする魂胆は今回も織り込み済みらしいです。

denpa (1) denpa (2)

ということで、まずは刈谷城(形式上サブ目的地)に到着です。
駐車場から城址に向かって歩くと初代藩主・水野勝成公の甲冑柄の自販機が。
俄然テンションがあがります。

kariya (1)注目の飲料の種類はというと普通の内容でした(笑)。

武将として戦場ではその勇猛さから「鬼日向」と渾名されることもあった水野勝成
実は文化人としても、和歌、舞、茶道、絵画など様々な面でも一流でした。
経歴も波瀾万丈。語るにも逸話が多すぎて凄すぎます。

刈谷城は天文2年(1533年)水野忠政により築城されました。
刈谷城が気に入った忠政は本拠地を緒川城から刈谷城に移しました。
娘・於大(徳川家康生母)はこの刈谷城から岡崎の松平広忠に嫁しています。

忠政死後は嫡男・水野信元が城主となりました。
永禄3年(1560年)桶狭間合戦で信元は尾張・緒川城へ入り、刈谷城は弟の信近が守っていました。
今川義元が討死すると尾張・鳴海城にいた岡部元信が手薄な刈谷城へ攻め寄せ信近を討ち取ります。
しかし、信元はすぐさま刈谷城へ押し寄せ、城を取り戻したそうです。

信元は天正3年(1575年)佐久間信盛の讒言にあい、武田方への内通を疑われ、家康に殺害されるという非業の最期をとげます。
しかし、後、その疑いは晴れ、信元の末弟忠重が城主となって水野氏の領有に復しました。
以後、忠重、勝成、忠清と5代百年、水野氏の居城となっていくのです。

kariya (20)赤い橋を渡っていきます。

この橋から見る水堀と城址公園の林の景色はとても美しいです。
亀城公園というだけあって水堀にはたくさんの亀がいました。

kariya (19)帯曲輪東側の堀はかつての城郭の名残りをとどめています。

kariya (3)本丸跡に建つ十朋亭。

kariya (5)内部には刈谷城の模型が展示してありました。

kariya (2) 遺構ではありませんが、遊具気分でどうぞ。

kariya (6)本丸跡は周囲を土塁で囲まれています。

kariya (9) 公園となっている本丸の様子。

kariya (14)現在、再整備計画のため少しづつ工事が進んでいます。

2020年ごろを目途に発掘調査をしながらの完成のようです。
北西隅櫓、南東隅櫓、多門櫓、表門、裏門、土塀を復元する計画が進んでいます。
残っている城絵図や調査を元に復元される、ということで楽しみですね。

kariya (13) kariya (11)
刈谷城本丸の土塁と整備中の土塁断面。

一時期、城(天守)ブームのとき、史実と異なる建造物が全国のあちらこちらに
築城?された経緯がありましたが、ここのところは正しい検証や図面に基づいた
復元計画が発掘調査と併用して行われていることは非常に喜ばしい事ですね。

kariya (16)木立に囲まれた刈谷城城址石碑。

kariya (18) 傍らには豊田佐吉さんの胸像がございます。

denpa (5) 春ですね、沈丁花(じんちょうげ)が咲き乱れてました。いい匂いだ。

denpa (4) ひよこたちも賑やかでした。ピヨピヨ(^ω^)。

三河 西尾城 🏯歴史公園として甦った復元丑寅櫓と鍮石門

三河 西尾城 (愛知県西尾市錦城町) <市指定史跡>

三河の城めぐり、本日のメイン・イベントはここ西尾城。

東条城に対して西条城、と呼ばれていたのが西尾城です。
戦国時代には牧野成定、酒井正親、田中吉政と城主が変わり、そのたびに城域も拡大しました。
”南三河”という区域でみれば最大の城郭といえます。

20数年ぶりに訪問したのですが、その変貌にまず驚きました。
復元された櫓と門、天守台もあるではありませんか(本やネットで知ってはいましたが)。
これには弟くんも父上さんもいい意味で期待以上だったようです。

nisio (23)真っ先に目に入ってくる本丸丑寅櫓。・・かっこいい(*≧∪≦)

nisio (20)二ノ丸表門の鍮石門(ちゅうじゃくもん)。間口が広いです。篝火台がいい!

まだ新しいので当たり前ですが、きれいです。
特に瓦はさすが三州瓦の本瓦葺、青光りしています。

天正13年(1585)に家康は三河諸将に命じて西尾城の大改修を行わせます。
家康はわざわざ浜松から来て落成を祝い、この城を「鶴城」と命名しました。
隣の刈谷城を「亀城」とし、めでたい名前を並べて付けました。

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二ノ丸天守台は多門櫓が2つ付いていたため立派な天守だったようです。

天守は普通、本丸に築かれるものですが、二ノ丸に築かれていたのが西尾城の特徴です。
予算が組めれば天守の再建も予定だそうです。
・・なかなか資金集めが大変そうですが、いつかここに天守があがる日が来るかもしれませんね。

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土塁や野面積石垣もきちんと整備され見応えがあります。

城内には他にも旧近衛邸が移築されており、江戸末期の数寄屋造りの書院と茶室などが見学できます。
一人だったらゆっくり見学したいところですが、父上と弟くん、はや本丸に突入しておりますがな・・。

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内堀には水が引かれ、城の周辺に水路としての名残りがあります。

nisio (25)櫓内部に入っていきます。近くで見ると結構迫力あります。

nisio (2) お昼ご飯を食べて復活した父上。真っ先に登ってく。

nisio (7) 狙撃手になったつもりで狭間からのぞき込む。

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櫓内部も忠実に復元されており、丈夫な梁の様子がわかります。遠くの景色も見通しがよい。

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上部の漆喰塗籠と下見板張の黒色がとてもマッチしていて締まった感じです。

nisio (9)西尾城石碑。この景色は昔から変わらないなぁ。なんか懐かしいです(*´v`)。

資料館に寄ってみたところ、館長さんにいろいろな補足説明もしていただきました。
西尾城の復元天守モデルを前にして目を輝かしてお話ししてみえたのが印象的でした。
天守復興計画、かなうといいですね。

館長さんに勧められて、ちょっと足を延ばして尚古荘にも寄ってみました。

尚古荘 (愛知県西尾氏錦城町176番地)

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尚古荘は昭和初期、米穀商の大黒屋、岩崎明三郎氏によって作られた日本庭園です。
西尾城への入口にあたり、城の石垣や遺構、歴史遺産を活用した庭園設計がされています。
しばし、ゆっくり散策してみます。

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東の丸、丑寅櫓跡に建てられた東屋。ここからの眺望が格別でした。お茶の一杯が美味しい。

nisio (18)石に染み入る蝉の声・・。しばし暑さを忘れさせてくれた素晴らしい日本庭園。

隠れスポット発見じゃ!。

今回は久しぶりに父と弟での城めぐりができて楽しかったです。
他にも何ヶ所かの城址に付き合ってもらい、引きずり回してしまいました。
親兄弟、男同士の三河城めぐり、今回はここまで。また付き合って欲しいものです。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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