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イチョウの大木と八神城

八神城(羽島市桑原町八神)<県指定史跡><市指定史跡>
加賀野井城をあとにして次に向かうのは南へ2km程に位置する八神城です。
先程の堤防沿いの県道を南下。名鉄竹鼻線の八神駅を目指します。

IMG_7210.jpg大銀杏が目印ですIMG_7388.jpg八神城址標柱

駅から南へ500mくらいの右手に大きなイチョウの木が見えます。その樹下の小高い土手に
八神城の碑があります。この城も遺構らしきものが残っていないのですが、何よりもこの大銀杏
の見事さに惹きつけられるものがあります。なんでも樹齢300年以上の大木らしいです。

城自体の八神城の標柱はすぐ南のお隣敷地にポツンと立っています。
イチョウに見とれてしまうと背中越しにあるので、これは危うく見逃すところです。

IMG_7209.jpg八神城説明版(イチョウがメイン?)

戦国期この一帯を本拠とした毛利氏の居城で毛利掃部助広盛は織田氏に仕えていたが、小牧・長久手の役
では秀吉方につき加賀野井城の加賀野井氏、竹鼻城の不破氏らと袂を分かつことになりました。

秀吉はその忠節をたいへん評価したそうで加増を宛がわれたそうです。のち尾張徳川氏からもその領地は
安堵され明治まで存続していきます。

IMG_7212.jpg城址に立つ八神尋常高等小学校の碑と・・現城代?

城址には明治時代に八神尋常高等小学校の校舎も建てられていたようです。
うん?・・なにか視線を感じると思ったら・・かわいい城代様が睨みをきかせておりました。
秋になってイチョウが色づいたらまた寄ってみたい城址です。

畑にポツン・・加賀野井城

加賀野井城(羽島市下中町加賀野井)<県指定史跡><市指定史跡>
石河邸址から南下すること約1.5kmにあった加賀野井城を目指します。周りは畑となって何も残って
いないようですが、説明版と標柱があるとのことです。もうそれだけでも十分なのです。

近くまで行けばすぐに見つかるさ、そう思っていました。しかし・・なめてました・・。
見つからないのです(´・_・`)。そんなばずでは・・。

そこで堤防の上から俯瞰する作戦に切り替えです。
当たり前ですが堤防を運転しながらの脇見運転は非常に危険です。今回は助手席の弟くんが物見に
専念。自分は運転に専念です。・・そして、よっしゃ見つけました!

IMG_7202.jpg加賀野井城の一画

当時はかなりの規模の城であったようですが現在は僅かにこの地が残されている様子です。
洪水や木曽川改修で城地の大半を失い、残った城地も開墾されてしまったようです。
それにしてもこれだけ・・しかも何の遺構かもよくわかりませんが・・。

IMG_7203.jpg加賀野井城標柱

城主の加賀野井氏は織田信長・信雄に仕え、天正12年織田・徳川氏と羽柴秀吉が対立した小牧の役で
秀吉方に包囲され落城したそうです。

この時の秀吉の戦略は、尾張西方の要である当城を攻略すれば(当時は尾張領扱いだったのですね)
家康が自らの出陣必至とみていたようで、そのうえで一戦に及び討ち果たしを・・という意気込みだった
ようです。

城主の加賀野井重宗・重茂(重望とも)父子は、善戦しますが外構を破られ後詰めもなく落城目前にして
城から突撃をかけ脱走したと伝わります。

IMG_7207.jpg加賀野井城説明版

その後重宗は秀吉の誘いにもかたくなに応じませんでしたが、子の重茂は秀吉に登用され慶長4年には
再び加賀野井城を本拠とすることができました。しかし関ケ原の合戦で西軍に属したために除封されたようです。

城?館?それとも陣屋?石河邸

石河邸(羽島市竹鼻町駒塚)<市指定史跡>
伝法寺のすぐ南に位置していた石河邸を訪れてみます。とりあえず伝法寺を目指してみますが
道幅が所々で狭いのがこの地域の特徴です。今回は軽自動車で正解でした。

「邸」・・館・城・砦など表現でいろいろありますが簡単な防御施設をこしらえた「陣屋」
に近い意味で「邸」といったのでしょうか?自分の中では居館という勝手なイメージです。

伝法寺伝法寺

伝法寺南のお向かいに早速予想どうりの標柱発見!かなり広大な屋敷地であったそうですが遺構は
残っていないようで、標柱のみがその存在を示しています。そしてもう少し西に歩いてみると・・

石河邸碑石河邸址標柱

おっと、個人宅の前にも立派な石碑がありました。植え込みがあってわかりづらいのですが。
地籍図にはこのあたりに折れ曲がった土塁の址らしき地割が見受けられます。

石河邸址石碑石河邸址石碑

石碑には
「駒塚石河氏は慶長十七年に尾張藩付属となり美濃国・摂津国に一万石を領していた。
寛文九年に駒塚村を在所とすることを命ぜられ一万八千平方メートルの宅地に壮大館舎を営んでいた」
と書かれています。

関ケ原の戦いで西軍に加わった石河光吉の子・光忠は慶長13年に家康に召しだされ、その子正光が当地
に居館として赴任したとの事です。

羽島市の城址めぐり 

今日は天気がイマイチ・・・でしたが予報では雨パラな程度。
ということで、花見しがてら岐阜羽島方面へ向けて出発してみました。

今回は助手席に城オタクになりきれないも城ファン止まりの弟くんが同行してくれました。
春休みの日曜日、桜も満開ということもあって桜の名所付近はどこもかしくも車で混雑しています。

「城」といえば「桜」。白亜の天守とこれほどマッチする風景はございません。わかっています。

・・・が、しかし、我らが狙う今回の城はそんな華やかな雰囲気とはおそらく無縁であります。
あえてこの時期にひっそりと待っていてくれる奥ゆかしい城址を訪れてみるのもいいものです。
(やや無理矢理ですが・・)。
一宮市、尾西市を通り抜け木曽川を濃尾大橋で渡れば、いよいよ羽島市です。
来たことのない初めての地での城址散策はいつもながら胸躍るものがあります。

では、順番にダイジェスト紹介をしていきたいと思います。
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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