美濃 三塚城 🏯氏家氏ゆかりの城砦

美濃 三塚城 (岐阜県大垣市三塚町)

加賀野城をあとにして次に向かったのが三塚城です。
そろそろ体育館に戻らないといけません。
ついつい欲が出て、あそこもあそこもと寄ってしまいます。

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城址の一部ではないか‥といわれている真徳寺に到着。

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高低差のある用水路にお堀の面影を感じます。

感じる・・ということで、堀址ではないかもしれません。(いい加減なもんです)
でも、現地で強く感じるこのイメージは大切にしたいものです。

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蓮如上人の銅像。布教行脚中のご様子でしょうか。

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真徳寺の西、まこと幼稚園に城址石碑が立っていました。

o-mituzuka (4)遺構はありませんが、石碑だけでもあると嬉しいですね。o(^▽^)o

大垣城主・氏家卜全の家臣、種田信濃守兼久の居城として伝わります。
種田信濃守は元亀2年(1571)伊勢長島の一向一揆攻めに氏家ト全とともに出陣します。
しかし撤退の際、殿戦しつつ石津郡太田にてト全とともに討死にしてしまいます。

その後ト全の嫡子、氏家直重が大垣城主となり、その弟、氏家行広が三塚城主となりました。

今回大垣市総合体育館を起点にした「隙間時間に歩いて行ける城址にGO!」
体育館→小野城→加賀野城→今宿城(未投稿)→三塚城、と回ってまいりました。
時間はほぼ1時間半、ウォーキング距離5km、というちょうどいい運動散策となりました。


まこと幼稚園の城址碑の位置です。

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美濃 加賀野城 🏯「水の都」大垣に相応しい自噴水を抱える城

美濃 加賀野城 (岐阜県大垣市加賀野1丁目)

古野城(小野城)をあとにして次は加賀野城へと歩いていきます。
大垣市内を流れる幾筋の用水路の水はとても美しいです。
元々、地下水が豊富な地域なんですね。

o-kagano (1)加賀八幡神社一体が整備されています。

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加賀野八幡神社の社殿。

o-kagano (3)加賀野城の石碑と後藤祐乗誕生碑、名水加賀野井戸の碑。

滅多にお目にかかれない石碑のトリプラー攻撃です。
それだけここ八幡神社の加賀野城には歴史が詰まった場所、ということです。
簡単にご説明をば・・。

1.加賀野城跡

後藤基直が築城したといわれ、代々美濃国守護土岐氏に仕えていた後藤氏が城主でした。
1561年(永禄4年)大垣城主・氏家直元(卜全)の家臣、三塚城主・種田氏に攻められ落城。

また、戦国期の人物として、後藤氏の家臣でしょうか、日比大三郎の名も伝わっています。
大三郎は森部の合戦に織田信長方として参加しているようです。

よく羽島市にある「加賀野井城」と間違われるのも無理はありません。(←リンクできます)
名前もそっくりですから・・。
こちら大垣市は「加賀野城」、羽島市のほうは「加賀野井城」です。(区別ムズイ・・)

2.後藤祐乗誕生の地

後藤祐乗は、室町幕府8代将軍足利義政に仕えた後、刀装金具の彫刻の名人として活躍しました。
子孫は刀装金具や大判小判の鋳造にも関わりました。

3.加賀野八幡神社井戸

明治になってこの加賀野八幡神社で使用する井戸(自噴井)が掘られたといいます。
加賀野八幡神社自噴井の水は無色透明のおいしい水として評判です。
自分が訪問した際もたくさんのポリ容器持参の方々がお見えでした。

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現在の自噴井は昭和63年に掘られた井戸。

深さ136mの地下から毎分400ℓ、水温14℃の水が湧き出ています。
1986年に「岐阜県の名水50選」に、2008年には環境省の「平成の名水百選」にも選定されました。

それにしても物凄い水量です。
自分も空のペットボトルを何本か持参してきましたので汲んでみます。
こうなると城の存在よりも水のほうがメインになってしまいますね・・。

o-kagano (6)この水量、豊かな湧き水をいただきます!

うん!、美味しいす!(ぷはー)
安心して飲めるのがいいですね。
温度も冷たすぎず、味もまろやかで実にうまいです。

日中はたくさんの汲み人がおいでになり混雑もします。
お互いマナーと節度は守りたいものです。(中にはいささか度を越える取水者も・・)
名水ファンの自分もここは、太鼓判です。


路上駐車3台分くらいはあります。

美濃 古野城(小野城) 🏯専勝寺一帯にあった城砦

美濃 古野城(小野城) (岐阜県大垣市小野1丁目)

いよいよ、というか、やっと梅雨らしくなってまいりました。
といっても決して歓迎しているわけではありません。
このうだるようなジメジメ感、重みのある空気、やはり不快です。

しかしそんな弱音も吐かずに頑張っている我が家のバスケマン。
今回は試合が大垣市で開催されました。
カメラと地図を持参して応援に向かうのです(地図?・・)

o-kono (3) 試合会場の大垣市総合体育館。

会場でチームメイトの親でもあり、ラン友でもあるY吉さんに尋ねられます。
「この辺りに城址はあるの?」、「試合の空き時間あるよね?」 (すでに、にやけ顔)
自分の行動パターンを完全に読み込まれ、大爆笑を食らうのでありました。

といことで、恒例の「隙間時間に歩いて行ける城址にGO!」の始まりです。

o-kono (4)
小野城があった、といわれる専勝寺にやってまいりました。

現在この地は「小野(この)」と書きますが戦国期及び慶長期までは「古野」と記されました。
よって今回の見出しは関市の小野城と区別するためにも「古野城(このじょう)」で書いています。

o-kono (5)山門脇の石碑には由緒書きの中に”小野城”の3文字を発見!

o-kono (6)
これをもって城址碑としましょう。(自己満)

古野城は、小野町の専勝寺辺りにあって、本丸の位置がこの寺に相当するようです。
しかし城の位置についての記録もなく詳細はよくわかっていないのが事実です。
城主は横幕帯刀信兼で、大垣城主・氏家直元(ト全)の旗下でした。

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境内にはこんこんを湧き出でる自噴水がありました。

このあたりには「桶井の清水」と呼ばれ、朝鮮使節通行の際にも使用された、との事です。
とても清々しい空間が楽しめました。

o-kono (9) ちょっとした用水路も堀に見えてしまう・・。

城に関するような遺構はないのですが、寺院にある湧き水が風情ありました。
沿革誌石碑の中に「旧小野城跡」が記されていたのも良かったです。
歩いてきた甲斐がありました!

 専勝寺さんをマークしてます。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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