美濃 和知城 🏯木曽川に突き出した半島型水運城郭

美濃 和知城 (岐阜県加茂郡八百津町野上作道)

空が澄み切った秋のはじまり、今峰城に続いて和知城を訪問しました。
(一部、春の頃の写真も入ります。)
八百津町で「城」といったらこの和知城が代表格となるでしょう。
地元では「稲葉城」とも呼ばれ、城主・稲葉氏との結びつきが強い城でもあります。

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wati (1)稲葉城公園として整備された和知城の石碑。

wati (14)木曽川の対岸から見た和知城の川岸面。

木曽川に面した水運との関りが強い城郭です。
石川が木曽川に流れ込んでいるあたり船付場と呼ばれる施設があったそうです。
ちなみに上の写真、撮影する為にに木曽川を大迂回、やっと探したポイントからの一枚です。

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城郭建築風の集会場があります。

イメージはかけ離れていますが、こういった憩いの場はいいですね。
「町内会でちょっと城までいってくる。」・・そんなノリでしょうか?

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天正18年(1590)に西濃・西保城(安八郡神戸町)から稲葉方通が転封され築城されました。
方通は稲葉一鉄の4男として生まれ、信長、秀吉、家康へと転仕します。
今日の八百津町の発展の礎を築いた「稲葉の殿様」の事績は大切に受け継がれています。

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集会所の北側に残った土塁の一部です。

wati (12)幅12~15メートル、深さ7メートルもある巨大な空堀です。

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木橋が架けられていた、という想定でしょうか。

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堀底にはこのような河原小石がたくさんみられます。

wati (11)広い本丸へと入っていきます。

単郭としては中濃・東濃部城郭の中でも指折りの広さではないでしょうか?
さすがにサッカーはできませんが、フットサルコートなら余裕で確保できそうです。
・・しかし、こんな天気いいのに誰もいないなんて・・勿体なし。

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当時からの井戸の場所が復元されています。

wati (6)こちら天守風の望楼式展望台はいかがでしょうか?

もはや遊具ですが、稲葉氏の家紋「隅切り三」の紋が渋すぎる!
大人がはしゃいで登るのは結構勇気が要ります。
周りに誰もいないことを確認して、ニヤニヤしながら登ってみました。

wati (8)おお~!なかなかの景色の木曽川ですね~。

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これも渋い!前立て入りの兜様式のジム滑り台です。

さすがにこれで一人遊ぶことはできませんでした。(以前は子供たちと遊びましたねぇ)
この地域ではいかに「稲葉様」が大切に慕われているか思い知らされます。
その思いが具現化したカタチがこういったオリジナルの展望台、遊具となったのでしょう。

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それが証拠に城内の碑は、「和知城」ではなく、「稲葉城」と表記されていますね。

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かつての土塁址の上には和知稲葉氏5代の碑が城を見守るように立っています。

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城に西側を流れる石川は天然の堀となり、深い渓谷になっています。

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城の西を石川が渓流となって木曽川に流れ込んでいます。

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木曽川の合流地点辺りは船付場となっていたようです。

案内板にある縄張り図と比べると、

和知城城の北側の遺構はかなり消滅したようです。

東の木曽川沿いに面した断崖沿いにはかつての空堀の址と思われる深みがあります。
あくまで痕跡なのでこれがこのまま遺構の名残り、とは言い切れません。
しかし、痕跡を頼りにかつての姿を想像してみるのも楽しいものです。

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おお~! クダマキモドキ発見!(*’U`*)

全身が綺麗な緑色したキリギリス科の虫です。
全体的にエッジの効いたシャープな姿が特徴で、幼いころからのお馴染みです。
最近、見かけなくなったので、会えてうれしいですね。(((o(*゚▽゚*)o)))

虫の音に耳を傾けながらの城めぐり、癒されますね~。(*´~`*)

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美濃 今峰城 🏯蘇水峡から見上げる城

美濃 今峰城 (岐阜県加茂郡八百津町八百津丸山)

秋晴れの中、八百津町にやってきました。
以前は可児市方面から遠回りして町内に入るルートが一般的でした。
近年、御嵩と八百津を結ぶ八百津トンネルが開通し、アクセスが格段に良くなりました。

今回は11月に開催される「やおつ人道の丘・ジョギング大会」の申し込みも兼ねての訪城です。
今年はゲストランナーに瀬古利彦さんが来ていただけるとあって、とても楽しみなのです。
丸山ダムや蘇水峡、杉原千畝記念館など、見所もたくさんある自然豊かな町です。

imamine (10)丸山発電所の背後の山が今峰城で「丸山城」とも呼ばれます。

木曽川に食い込むような山容は深い峡谷を形成しています。
丸山ダムの水路から送られる水が落差を得て、されに発電するシステムです。
・・おっと、ダムの話にそれるところでした。

imamine (5)
山頂近くまで車で行けます。登り口には「今峰城址登り口」の碑が立っています。

駐車場は近所の方に一言かけて消防倉庫の空きスペースを勧められました。
近所の方曰はく、「昔は行けたけど、今は手入れされてないから行けないよ・・」
「ありがとうございます!、でも慣れていますから大丈夫です!」

きっと、聞き分けの悪い変わり者に見えたでしょうね・・。

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登城途中には五輪塔がポツン・・と。

うわ‥しかしホントです・・。
途中から道も途絶え、腰をかがめながら登ります。
なんとかデンプシー・ロールをしながらのヤブ漕ぎで頂上へ。

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ひどすぎるヤブになってますね、・・うん?向こうに何か見えます!

imamine (3)今峰城の案内板を発見しました。\(^o^)/

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「新撰美濃志」によれば南北朝期に今峰又太郎氏光の居城であったと伝わります。
系図から土岐氏の支族であるようです。

imamine (6)
唯一、防御遺構?と思われる竪堀?(多分、崩落・・。)

全体にブッシュ状態なので遺構が掴みにくい城ですが・・。
どうやら切岸も緩く曖昧、本来あるべきところに堀切もありません・・(消滅?)。
後世の貯水施設も南北に2ヶ所みられます。(これは興ざめでした)

果たして城かどうか、ちょっと怪しい感じですね。

かつて草が刈られていた時は遠くに八百津の町や眼下の木曽川筋、人道の丘
そして八百津の奥深い山々がここから見渡せたそうです。
戦国時代には兼山城の狼煙台として機能していた、という言い伝えもあるほどです。

imamine (7)今峰塚にも寄ってみました。

八百津中学校の下の県道沿いには今峰塚がありました。
城主に関連した史跡なので寄ってみることに。
こちらは帰り道に車を走らせながら偶然発見したものであります。

imamine (8)

今峰又太郎氏光の句碑と、今峰夫人の辞世の句が詠まれています。
すみません、勉強不足でこのいわれがわかりません・・
まだまだ八百津町の城址を回るのでまた調べてみようと思っています。

城とみるのは無理がありそうなうえに、見学不能な状態の今峰城。
しかし、「伝承地」としてでも、展望台として再整備してしていただければいいのに・・。
木曽川筋を監視できる狼煙施設としての場所としては確かに適地かと思われました。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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