FC2ブログ

若狭 後瀬山城 🏯若狭を掌握する巨大城郭

若狭 後瀬山城 (福井県小浜市伏原・後瀬山) 《国指定史跡》

【若狭武田氏と被官国人衆の城址を訪ねて・その2】
-若狭武田氏居城・後瀬山城を訪ねて-

同じ福井県でも越前国と若狭国はやはり風土が異なるように感じます。
自然面では越前が山と穀倉地域なのに対して、若狭は海と漁業港域、という感じです。
文化や方言も越前が北陸文化なのに対して、若狭は関西文化の京訛り、という感覚。

そんな若狭国の中心に位置する守護職に相応しい城、後瀬山城を訪ねてみました。
あまり時間が取れなかったので登山口から主郭部までの往復のみの見学です。
ですので軽いトレッキング気分で参りましょう。

notiseyama.jpg後瀬山城が聳える小浜港を中心とした町並み。

写真は小浜城本丸より望遠にて撮影しました。
山頂から尾根全体に多くの遺構が存在している若狭国最大規模の山城です。
小浜の湊町を見渡せる位置にあることがわかります。

notiseyama (3)
主郭には愛宕神社が祀られており、北東麓から整備された参道が続いています。

notiseyama (1)
説明案内板とパンフレットが用意されています。(右下の郵便受けの中に)

notiseyama (14)
非常に登りやすい道で、何人かの歩き人とすれ違いましたね。

notiseyama (4)主郭手前の石段と郭が見えてきました。

石垣も見えてきて、ちょっと興奮してきます。
主郭部は三段になっており、上の写真は三段目から見ています。
上段と中段に石垣が築かれているようです。

notiseyama (12)

notiseyama (8)
主郭部の頂上本丸に到着です。愛宕神社が祀られています。

notiseyama (5)
郭内は広く、周囲に石垣を用いており、西側にはL字型に石塁が付いています

写真では2、3段に積み上げられた石垣ですが1個1個が巨大です!
どのくらい大きいか、というと、

notiseyama (7)
こんな感じです。・・すみません、変なヤツが映り込んでいますね。

notiseyama (6)そして、待っていました(自分だけですが)!石碑です。

武田氏城址と彫られているのがいいですね。(^∇^)


notiseyama (10)主郭部を取り巻く苔むした石垣がよく残っています。

notiseyama (9)

notiseyama (11)この石垣は丹羽長秀の時代に改修された時のものと推測されています。

後瀬山城は本丸を取り巻く石垣も素晴らしいのですが、見所は他にもあります。
主郭部北西に連なる幾段にもわたる帯曲輪。
そして山の西側尾根には20条近くの畝状竪堀群が残っています。

notiseyama (2)説明版に示された縄張り図です。

また反対の東側の山腹には長大な竪堀が数本あり、これも見所の一つでしょう。
時間の都合で見られず下山しましたが次回、機会があれば見てみたいものです。
(本当に見たかった・・。゚(゚´Д`゚)゚。)

後瀬山城は大永2年(1522年)武田元光によって築かれたといわれています。
若狭守護・武田氏5代の元光から信豊、義統、元明の4代の居城として戦国期に君臨しました。

若狭武田氏は次第に勢力が衰え、被官らのの反乱に加え越前の朝倉勢の侵攻を受けます。
しかし若狭に勢力を延ばした織田信長は越前の朝倉義景を滅ぼし、元明は信長の旗本となります。

notiseyama (13)
主郭部からのぞき見える若狭湾の様子。

notiseyama (15)小浜の町の眺めもなかなかいいですよ。


ここにも寄ってきました

武田元明の墓 (滋賀県高島市マキノ町海津)

本能寺の変が起こると、勢力の回復を目論んだ元明は、明智光秀に呼応して近江へ侵攻。
城主不在の丹羽長秀の居城・佐和山城を陥落させます。
しかし山崎の戦いで光秀が羽柴秀吉に敗死すると、状況は一転してしまいました・・。

motoakihaka (2)
高島市マキノ町海津にある宝幢院を訪ねました。

motoakihaka (1)
こちらには武田元明公のお墓があります。

羽柴方に恭順の意を示そうとした元明でしたが海津の法雲寺で謀殺されてしまうのです。
お寺の説明文や一説からは秀吉が謀殺したとも、また自害したともいわれています。

motoakihaka (6)
境内の北の線路に近い場所におられます。

motoakihaka (5)
武田元明公の墓前にて、・・合掌して参りました。

今回の若狭の城見学は武田氏に興味をもったことがきっかけでした。
滅亡した武田氏の末路を想うともの悲しい気分になります。
でも今はこのような自然豊かな地で弔われているのが救いなのでは・・と感じました。

若狭 国吉城 🏯攻め寄せる越前朝倉氏を撃退し続けた堅城

若狭 国吉城 (福井県三方郡美浜町佐柿・城山) <町指定史跡>

【若狭武田氏と被官国人衆の城址を訪ねて・その1】
-粟屋氏居城・国吉城を訪ねて-

朝夕がちょっと肌寒くなってまいりました。
長袖か半袖か・・、衣装を選ぶのに、朝の貴重な時間が過ぎていくこの頃です。
そんな選ぶほどの服もないのに・・。

ドライブがてら一泊で福井県まで行ってまいりました。(またか・・)
一昨年以来の若狭地方をのんびりとです。・・ということで、
今回からは福井県、若狭での城紀行を全7回に分けて綴っていきたいと思います。
(のんびりの割に7つもの山城は回れませんが・・)

簡単に行きたい(´∀`)σ・・、と思います。はい。

kuniyosi (16)敦賀市方面からの国道から見上げる国吉城です。

城山の真下をその名も国吉城トンネルが通っています。
国吉城は弘治2年(1556年)粟屋越中守勝久がかつての古城址に築きました。

kuniyosi (1)
まだ午前6時。どうやら一番乗りのようです(´∀`*)。

kuniyosi (14)

国吉城は佐柿集落の東方に聳える標高197.3mの城山山頂に築かれています。
山頂の主郭から北西に伸びた尾根に段々と曲輪を配してあるようです。
西尾根に伝二の丸とされる出丸、麓には城主の居館という構成です。

kuniyosi (2)磨かれた鏡のような石碑。自分が映り込まないように撮影・・。

kuniyosi (3)
居館部は散策気分でのんびりと見学できます。

kuniyosi (13)よく整備された実にさわやかな雰囲気です。

kuniyosi (12)
山頂へは折れ道を登って行きます。

kuniyosi (11)主郭部に入ると虎口と堀切が見学できます。

堀切の部分は現在発掘調査中なのでしょう。
石積が確認でき転用石と思われる石仏も何体が置いてあるようです。

kuniyosi (9)
主郭虎口部の石垣(石積)を観察してみます。

石積は主郭の周囲にも所々残っており、やはり整備途中なんでしょう。
土嚢袋のほうが多いのが気になりました。
切岸の補強のため土留め用に置かれた感じがありますね。

kuniyosi (4)
主郭部・本丸に到着です。朝陽が眩しい!

kuniyosi (7)

kuniyosi (6)麓の磨石もいいですが、昔からのこちらの石碑が好きですね。(#^.^#)

kuniyosi (8)朝陽の木洩れ日を浴びる本丸。

主郭には、北と東に虎口、南端に櫓台らしき高まりが残ります。
そらぞれから麓の様子が窺えますので、ちょっとのぞいてみましょう。

kuniyosi (5)
東虎口方面には美しい若狭湾が。

kuniyosi (10)北虎口の西端部からは、美浜町の中心部が見渡せます。

朝陽を浴びている遠くの山々と海が本当に美しかったです。
うっとりしていて耳を澄ませば、麓からの生活音が聞こえてきました。
ここに城が築かれた理由がおのずと理解できます。

粟屋勝久若狭国守護職武田元明の重臣としてこの地を治めていました。
永禄6年(1563年)から12年(1569年)まで、度々越前朝倉氏の侵攻を受けますが、これを尽く撃退。
永禄11年(1568年)には武田元明朝倉氏に越前へ連れ去られるも、降伏勧告を退けて単独で籠城。

元亀元年(1570年)には越前の朝倉氏を攻める織田信長が国吉城に入城。
若狭衆を先陣として勝久らを越前に先発させます。
この戦いで粟屋勝久は一乗谷一番乗りの武勲を挙げ、幽閉中の旧主・武田元明を見事に救出します。

その後、若狭に所領を与えられ丹羽長秀の与力となりました。
若狭武田家にこの人あり、といった感じの勝久です。
武田氏による若狭国領有は叶いませんでしたたが、主君に誠実な忠臣だったようですね。

若狭の行く末を信長に賭けた粟屋勝久の居城、国吉城でした。

早朝での訪問だったため史料館に寄りたかったのですが叶わずでした。
次回は麓の史料館にも寄ってみたいと思います。
次は若狭守護・武田氏の居城、後瀬山城を目指します。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

最新登城記事
カレンダー
06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新コメント
検索フォーム
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
リンク
来城者数