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美濃 勝山城 🏯日本ラインを見渡せる濃尾攻防の要城

美濃 勝山城 (猿啄城) (岐阜県加茂郡坂祝町勝山・城山) <町指定史跡>

突然ですが、皆さんは懸賞応募とかされますでしょうか??
スーパーの協賛チラシ、食品のキャンペーン、TV番組の終わりの抽選プレゼント、等々・・。
こまめに見渡せば応募ネタというものは身近にゴロゴロ転がっているものです。

ただ、日々の生活に追われ、応募がめんどくさいですよね・・。(ハガキもないよ・・)
奥方は懸賞応募が好きで内容問わず暇があれば応募に明け暮れる懸賞女子です。
もちろん応募しないと当たらないのですが、これ・・割と小さく当たるもんでして・・。

今回、「日仏ラグビーチャリティマッチ2019〜FOR ALL 復興〜」のペアチケットが当選!
実は生でラグビーの試合を観るのは二人とも初めて。「観に行こうね~o(^▽^)o」
この一瞬、自分の口元が、違う意味でニヤッとしたのを奥方は見逃しませんでした。

奥方:「・・今回どこの城がセット?」
自分:「・・言いずらいです・・。」

gimera.jpg
2月2日に岐阜メモリアルにて開催され、観戦しに行ってまいりました。

saruhazama (1)ということで試合観戦前に登ったのが坂祝町の勝山城(猿啄城)です。
(振っといて岐阜城じゃないんか~い)

saruhazama (2)

山登り、という観点では格好の山ですので登山する方々でいつも賑わっています。
駐車場は山麓に20台くらいは停められますが、それでも土日は満車のときがあります。
少し下ったところに第2駐車場もありますから大丈夫です。

saruhazama (3)
登り口には城主となった河尻肥前守秀隆公を祀った石碑も。
(こちらでの河尻公の活躍は後ほど)

saruhazama (19)
登山道は緩急ありますが、全体的に整備され、いい運動になります。

saruhazama (18)
20分ほどで八合目辺りの大手曲輪に到着します。

この上段に広い曲輪があるのですが、中腹にあるせいで見過ごされる遺構です。
麓から登ってくる侵入者に対しての監視所も兼ねていたようです。
登山道に対して平行しており横矢掛けができる曲輪です。

saruhazama (5)頂上に設けられた展望台に到着です。

saruhazama (7)
展望台からの日本ライン(木曽川)や可児・美濃加茂市の一望風景。

saruhazama (6)
鵜沼城と犬山城は直視できません。間に陰平山があるからです。

天文年間(1532~1555)には多治見修理が猿啄城城主でした。
永禄8年(1565)織田信長の臣・丹羽長秀らによって攻められ、多治見修理亮は城を脱します。
信長は城を勝山城と改称し、一番戦功のあった河尻秀隆を城主としました。
(城主ということになっていますが、ニュアンス的にはおそらく城代でしょう)

saruhazama (4)猿啄城の石碑と木柱碑。・・展望台に比して控えめです。

城名は表題に挙げた「勝山城」よりも「猿啄城」の呼称の方が有名かもしれません。
自分が敢えて「勝山城」と呼んでいるのは、織田信長がそう改名したからです。
この後、この城を信長より預かり受けた城代・河尻秀隆もそう呼んだはずです。

信長が生涯で改名した城はおそらくこの二城だけ
猿啄城⇒勝山城」と「稲葉山城⇒岐阜城」だけではないでしょうか。
(※自分の知る限りですので他に例がございましたらご教示をお願いいたします)

伊木山城と共に東美濃への本格的橋頭保としてこの地を奪取した意味は大きかったのです。
事実、この城を押さえたことで直後の堂洞合戦は信長優勢のもとで展開していきます。
「勝山城」、信長の積年の喜びや意気込みが実に伝わってきます。

saruhazama (8)
本丸に相当する曲輪はいかにも狭小です。

山頂部は岩肌があらわれ、ほぼ自然地形を造成してあります。
北側から西北面にかけて小さな腰曲輪もみられますが、なにせ狭いです。
・・しかし曲輪の側面部をよくよく見てみると・・。

saruhazama (11)この様に立派な石垣も随所に確認できます。

saruhazama (9)
西方面の石垣。

saruhazama (20)
北方面の石垣。

saruhazama (13)
東方面にも高さこそなかれ、長い石垣も確認できます。

石垣の上にはかつて、より広さを確保するための腰曲輪があったのでしょう。
今日では埋もれ、または崩れて、さほどの広さは保たれてはいません。
しかし、こうした苦労の址を感じる貴重な石垣遺構であるといえましょう。

saruhazama (10)
尾根を堀切で遮断しますが土橋で連絡を確保しています。

saruhazama (14)
背後の山から望む城山山頂です。

城の背後にある「大ぼて山」へ丹羽長秀が攻め登り、水の手を断ちます。
下からは河尻秀隆が勇敢に攻め上がり、上と下から攻め寄せられた城は落城しました。
信長の用兵も見事ですし、それを着実に実行し、戦果を挙げた丹羽・河尻両将の手柄です。

河尻秀隆は信長の信頼がよほど厚かった人物と推定できましょう。
そして、この後、対武田東濃作戦では、重要な神箆城を任され、岩村城主に大抜擢されていきます。
嫡男・信忠の補佐役に抜擢されたのも、その老練な経験が認められた証、といえます。

黒母衣衆筆頭の座はダテではないのです。

また秀隆はここ勝山城でも民政には心血を注いだようです。
登り口の石碑や城山中腹の途中にある白河神社でも「河尻様」として祀られています。
秀隆の愛されぶりが感じられましょう。

saruhazama (15) こうして見ると復興天守にも相当する迫力。・・これでいいんんです。

猿啄城こと勝山城の展望台からの眺望は本当に素晴らしくロマンに満ちています。
(木曽川沿いの河川道は「ロマンチック街道」と呼ばれていますよ)
一見、見るに値する遺構は少なそうですが、石垣遺構を探し当ててたら、気分最高ですよ!

saruhami.jpg翌日にもう一度登って改めて作図してみました。

saruhazama (17)
・・さてこの後、こちらは懸賞で当たったラグビー観戦に行ってまいりました。

細かいルールも何人制競技なのかさえもわからないままの現地入り。
ドラマ・『スクールウォーズ』世代なので、ある程度の予備知識がありましたが・・。
しかし、いざ試合が始まるとものすごい迫力、体と体がぶつかり合う音が聞こえてきます。
(頭の中は麻倉未稀さんの『ヒーロー - Holding Out For a Hero- 』が・・)

どのポジションのメンバーが欠けても勝利にたどり着くことはできないでしょう。
勝利の喜びを、負ける悔しさを、より強く感じることができるスポーツだと思いました。
共に分かち合う・・これもラグビーの素晴らしさの一つだと思いました。

One for all, All for one、・・胸に響く忘れたくない言葉です。

いつも恩恵に預かりっぱなしで、キツイ山城にも付き合ってくれる奥方には感謝です。
自分のためだけではなく常に家族のために無心で家事をしながらの仕事、そして懸賞応募(笑)。
その気持ちや前向きな姿勢が家族の心をいつも明るくしてくれます。


Ⓢは登山者用駐車場です。
Ⓖは展望台のある主郭。ゆっくり登っても30分ほどで到着です。
眼下に広がる眺望は本当に素晴らしいです。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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