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猿谷ダムと風屋ダム見学

猿谷ダム(奈良県五條市大塔町辻堂・猿谷)<新宮川水系熊野川>

このダムは高野山から十津川へ向かう県道53号線(高野天川線)の狭い道を降り終え、国道158号線
に合流した十津川街道沿いにあります。
・・街道といっても周りは山・山・そのまた山・・。
ひたすらに川沿いの道とトンネルを進むのみ。

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猿谷ダムの概要説明版(写真:左) 猿谷だけに猿?のベンチが可愛らしい(写真:右)

慢性的な水不足で悩まされていた平野部への灌漑用水補給のため建設されたとのことです。
戦後間もない建設事業でしたので岐阜県の丸山ダム同様、老朽感があります。

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当日はコンジットゲートからの放水が少しありました。

国土交通省直轄のダムでは珍しい洪水調節機能を持たない利水専用ダム(猿谷ダム以外では北海道の芦別ダムがあるのみ)。
近年の土砂崩れや落石のため山上のダム公園には立ち入りができず残念でした。

IMG_8762.jpg重量式コンクリートダム。しまった、広角レンズ忘れた・・(ノ_<)。

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ダム湖は猿谷貯水池(写真:左) 周囲の山々(写真:右)

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天端にも時代を感じる(写真:左) ダムカードとパンフを頂きました。(写真:右)

風屋ダム(奈良県吉野郡十津川村)<新宮川水系熊野川>

猿谷ダムから南に走ること50分程で風屋ダムに到着しました。
こちらのダムは管理事務所が無人のためダムカードは下流の十津川第一発電所(小原地区)か
もしくはもう一つ南下流の二津野ダムでいただくことになります。
自分は現地に着くまでそのことを知りませんでした(冷や汗)。あとで二津野ダムで頂くことに・・。

IMG_8771.jpg重力式コンクリートダム。下流の橋からよく見えました。

ほとんど通過しただけなので写真はこれだけ。ダムカードは二津野ダムにていただきました!

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高野山参詣

高野山~真言宗総本山金剛峯寺他~(和歌山県伊都郡高野町高野山)

今回も父と母とのぶらり三人旅になりそうです。
本州も梅雨に入ったということですが天気はよく晴天、さわやかな陽気です。
朝早く起床して父と運転を交代しながら来たかいがあります。

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麓を流れる吉野川。ここを越えて登っていきます(もちろん車で)。

「高野山」といっても”高野山”という山があるわけではありません。
どういうことかというと・・。
「高野山」は、八葉の峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)と呼ばれる峰々に囲まれた
標高約800mほどの盆地状の平地の地域を指します。

IMG_1299.jpg周囲はとても山深く俗世とは切り離されています。

弘法大師 空海 が時の嵯峨天皇から高野山の地を賜ったのは約1200年前の弘仁7年(816年)。

八つの峰々に囲まれているその地形は『蓮の花が開いたような』と形容されており、空海は高野山を
八葉蓮華(八枚の花弁をもつ蓮の花=曼荼羅の象徴)と見なし山上に曼荼羅世界の展開を企画したそうです。
現在でも117の寺院が密集する日本では他に例を見ない一大宗教都市となっています。

ですので、天台宗総本山比叡山=延暦寺、のような図式ではありません。

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大門
山の総門であり、正門でもあります。 もとは現在地から西5町ほど下方にあったものが保廷6年(1140年)に移され、現在の建物は宝水2年(1705年)の再建で、山岳仏教を表わす堂々たる風格をたたえ、両脇では金剛力士像がにらみを利かせています。

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檀上伽藍
弘法大師がお住まいになったとされる御影堂、高野山のシンボルと言われる根本大塔をはじめ金堂や不動堂、西塔、東塔などの国宝や重要文化財に指定されている建物があります。

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色鮮やかな根本大塔。美しい容姿に目を奪われます。

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金堂。高野山での大切な行事のほとんどがこちらで行われます。

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大会堂(写真:左)と蛇腹道から東塔を見ます(写真:右)。

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続いて金剛峯寺へ向かいました。

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金剛峯寺
高野山真言宗の総本山にして全国の真言宗の総本山でもあります。
全国3,600に及ぶ末寺の宗務を執っているそうです。
明治初年(1868年)、興山寺と秀吉が建てた青厳寺と合併して金剛峯寺と改称しました。
襖絵で飾られた部屋や、豪壮な台所のほか、秀次切腹の間や蟠龍庭、日本最大の石庭などが拝観できます。

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参道入口から奥の院へ(写真:左)一の橋から御廟まで約2キロの参道には何百年も経た老杉がそびえます。(写真:右)

奥の院には名だたる武将から庶民まで20万基を超す墓碑や供養塔がならぶといわれています。
これは、弘法大師の足元に眠れば極楽住生できるという信仰によるものです。
代表して印象に残った前田利家、森忠政、上杉謙信、織田信長らの墓・供養塔を紹介しておきます。
他にも武田信玄に豊臣秀吉、石田三成や明智光秀・・とあげればきりがありません。

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前田利家(写真:左) 森忠政(写真:右)
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上杉謙信(写真:左) 織田信長(写真:右)

歴史上の人物のほとんどを見出すことができ、まさに夢のオールスター。老樹の間から木漏れ日がさし、線香の香りが漂う中を歩くとなにか荘厳な気持ちになりました。

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玉川の水行場(写真:左)。奥の院御供所(写真:右)。

IMG_8750.jpg奥の院 弘法大師御廟・燈籠堂へ向かいます。

弘法大使入定留身の地。
弘法大師ご入定のあと、弟子たちは大師が希望していた通り、足もとに玉川の清流が流れるこの地に廟を建てました。
大師は今も変わらない姿でおられると信じられ、高野山参詣の人々は、必ず訪れます。

(注意)当然のことながらここから先は撮影禁止エリアです。
信仰あるなしに関わらず観光気分から引き締まった気持ちに切り替わります。

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弘法大師御廟手前に小さいお堂がありますが、その中に「みろく石」と呼ばれる石が置かれています。

この「みろく石」、善人には軽く、悪人は重く感じられると言われていますが・・。
恐る恐る・・持ってみました・・。
!?・・めっちゃ重いやんか!自分、大悪人やで!(@゚Д゚)@)
まだまだ修行が足りないようです。もっと自分を律し、自分を磨き続けていこう!と思いました。

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高野山キャラクター 「こうやくん」 です。   なんて名前の鳥なんだろう?

本日は父母も本当によく歩きました。手元のGPSウォッチでは8km、父の万歩計にして12000歩。
たくさん歩いた分、自分を見つめ直し、思い出も深い高野山参詣となりました。
これより十津川温泉郷の宿へ向かいました。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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