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二津野ダム見学と谷瀬の吊り橋

二津野ダム(奈良県吉野郡十津川村)<新宮川水系熊野川>

今回の旅行で「高野山」と「熊野本宮大社」参拝という2大目的を果せることができて
ひとまず満足。帰路につきますが帰りがてら寄れる観光地も寄っていこうと思いました。

まずは二津野ダムに寄ってみました。

IMG_8781.jpg IMG_8796.jpg
風屋ダムと二津野ダム双方のダムカードがいただけます。「二津野(ふたつの)」だけに二つのカードが貰えます(#^.^#)。

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アーチ式ダム特有の天端ですが、こちら左右対称、同心円で形成されています。

IMG_8783.jpgゲートからの放水中に行き会えると嬉しいですね\(^o^)/。結構迫力あります。

風屋ダム・二津野ダム建設によって国道168号が整備され、陸の孤島であった十津川村は
交通アクセスが大きく改善されています。

走っていて気が付いたことは確かにダム周辺の国道には新設されたトンネルも多く
付け替えされた新しい道や架橋も進んでいます。

現在も更なる改良工事があちらこちらで進められていますね。
ダムは人の流れも変えていくようです。

谷瀬の大橋(奈良県吉野郡十津川村谷瀬)

昨日、宿探しに追われて行けなかった谷瀬の大橋にも寄っていきました。
十津川村をはじめ周辺の村々には集落をつなげる移動手段として吊り橋が所々に普通にあります。
ここが特別有名な吊り橋です。

IMG_1402.jpg IMG_1384.jpg
あいにくの雨で風もありますので結構揺れて怖いです・・。どんどん進んでいく母、大丈夫か?

床板も所々でパカパカ浮きます(もちろん大丈夫なんでしょうが・・)。
結局真ん中付近まで行って引き返してきました。

P1000960.jpg高い所は苦手でなないけど・・平気でもいられません(;_;)・・。

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熊野本宮大社へ参拝

熊野本宮大社(和歌山県東牟婁郡本宮町本宮)

さぁ、熊野本宮に向かってホテルを出発します。

今日はあいにくの雨模様ですので運転には注意が必要です。
それにしてもいいお湯でした。まだ肌がスベスベしてます。ランニング後の朝風呂も最高でした。

IMG_8779.jpg途中、国道沿いにある滝「十二滝」。

IMG_1364.jpg IMG_1365.jpg
相変わらずの川沿い道をひたすら進むことになりますが、段々と道幅や道路が整備されてきています。

途中、道の駅で迷いながらも到着しました。
以前来たことがある父の目からみると周辺が随分と整備され様子が変わっているとのことです。
昔の記憶に開発整備、迷うのも無理からぬことですね。

IMG_8772.jpg IMG_8777.jpg
自分は古道から(写真:左)、父と母は参道から参拝に(写真:右)。
後でわかったのですが、やはり正面から参拝しないといけないらしい・・。

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。

明治22年の大洪水により、大斎原は大きな被害を受けました。
当時は能舞台などもあり、今の8倍の規模を誇っていたそうです。
明治24年に上四社が現在地へ移され大斎原には中四社、下四社、境内摂末社の神々がお祀りされています。

IMG_8773.jpg古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。参拝の順番がありますよ。

成23年9月、紀伊半島大水害により再び大斎原や瑞鳳殿などに大きな被害を受けましたが
平成26年には瑞鳳殿が再建されるなど以前にも増した復興を遂げ現在に至ります。良かったですね。

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三本脚の八咫烏(やたがらす)です。八咫烏は、日本書紀・古事記の「神武東征」という物語に登場します。

神武天皇が、宮崎県(日向)から奈良県(橿原)に都を移し、大和朝廷を開いて初代天皇に即位するまでを描いた物語です。
天皇が熊野に到着された時、神の使者である八咫烏が奈良まで道案内をしたというエピソードから、熊野三山に共通する
「導きの神鳥」として信仰されるようになりました。

IMG_8778.jpg川の中州にあたる聖地、大斎原。

社殿が建てられたのは、飛鳥時代(615年)のこと。奈良時代には仏教を取り入れ、神=仏としておまつりするようになります。
平安時代になると、皇族・貴族の間に熊野信仰が広まり、京都から熊野古道を通って上皇や女院の一行が何度も参拝に訪れました。室町時代には、武士や庶民の間にも熊野信仰が広まっていました。

しかしよくもまぁ、あの山々を越えて来れるもんです。昔の人はみなさん余程信仰心が厚かったんですね。

佐久間信盛公のお墓へ

早朝ジョギングにて佐久間信盛公の墓へ <奈良県吉野郡十津川村武蔵>

前日の泊まり場探し中にて偶然にも案内板を見つけてしまいました。
な、なんとあの佐久間信盛さんのお墓がこのような山奥にあるなんて・・。
知らなかった・・。これは収穫ネタです。

IMG_1349.jpg案内板の右手の急坂を走り登る!

早速、次の日の早朝にジョギングにてお墓参りに行ってみました。
結構な坂道を走り登っていきます。途中、あまりの傾斜のため歩きます。
ホテルからかなり高い山中へ入っていきました。
武蔵、という集落に到着。自分、息はあがり、汗ぐしょぐしょではありませんか。
というか、このような山中に集落があること自体が驚きでした。旧小学校の跡まであるんです。

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旧武蔵小学校の跡。決まった日に一般公開されているとのことです。懐かしい校舎ですね。

小道の奥に進んでいくと・・ホントです。佐久間信盛の墓です。
織田信長の宿老ほどの方がここで生涯を閉じられたのですね・・(しみじみ・・)。
あれ?楠正勝のお墓もあんの(・・って誰)?

IMG_1327.jpg
楠正勝はあの楠正成の孫!彼もこの地で・・!。驚きの連続です。

IMG_1325.jpg説明不足!しかも楠正勝のほうが扱い上なんですね・・(´・_・`)。

佐久間信盛は柴田勝家、丹羽長秀、林秀貞らと共に信長の重臣としてほとんどすべての主要な戦いに
参戦。家臣団の筆頭格と言われていました。

「かかれ柴田に退き佐久間 米五郎左に木綿藤吉」
突撃に強い柴田勝家
退却のうまい佐久間信盛
米のように必要な丹羽長秀
木綿のように丈夫な羽柴秀吉
とまでうたわれたように、武将としても官僚としもなくてはならない人材でした。

信盛は本願寺攻めの指揮官として就任中、戦果があがらないとして突然信長により
折檻状を突き付けられて高野山に追放されました。
・・とここまでは自分も知っていました。・・が・・。
その後、高野山での在住すら許されずにこの地に落ちたとのことでした。

IMG_1339.jpg IMG_1331.jpg
信長に30年も仕えたのに・・。傍らには最後まで付き従った小者であろう方のお墓もありました。

IMG_1343.jpg武蔵集落。信盛もこの景色を眺めていたのかな。

信盛の気持ちを思うと無念いくばくかと思いますが、自分はただ合掌することしかできませんでした。
信盛はなんでも湯泉地温泉で湯治中に没し、この地に葬られたとのととです。
自分も今日、湯泉地温泉で温泉に入りました。これも何かの縁ですね。

この場所に来れたのは果たして偶然でしょうか?
自分には何かに導かれたような感じがしてなりません。しばし景色を眺めたのち、ここをあとにしました。

今度はものすごい降り道を走り下ります。しかし、この道が封鎖されたら集落は完全に陸の孤島になりますね。
さぁ、早くホテルに帰って朝食たべなきゃ。


十津川温泉郷・湯泉地温泉にて宿泊

湯泉地温泉・ホテル一乃湯さんにて宿泊

本日はぶらり旅、よって前もって宿を予約、なんて周到な準備はしておりません。
当日、ぶっつけ本番押しかけスタイルです。
父も商売で旅生活が板についているせいか、なぜか我が家の旅行は昔からこの手法が独特のスタイルとなっています。

目についた旅館や民宿を手あたり次第、飛び込み、当たり問いをする、まったく先の見えない手法です。
宿が空いていれば素泊まりでもよし。どこもなければ車中泊・野宿も辞さず、という決意です。

・・ですが、平日だからどこか空いているだろう・・という楽観的な考えが先にたってのこともあります。
予想どおりやはり最初から何件か体よく断られていきます。
以外と工事関係者の連泊組であふれている地域もあります。

「今日は部屋がいっぱいで・・」(そうですよね・・)
「今日はうちのモンがおらんので・・」(ちぃ・・呼び戻せんのかい)
「準備ができんので・・」(仕事せいよ・・)
「廃業してまして・・」(・・えっ!?)

しかし幸いにしてアンビリーバブルなことに宿が見つかるものです。
いつもこんな感じで改めてよくやってこれたものです。
これも旅の醍醐味としゃれ込んで楽しんでいるのです(家族でなければたまったもんではありません)。

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本日の宿はこちら・・湯泉地温泉・ホテル一乃湯さんです。これぞほんとのリバーサイドホテル。

IMG_87901.jpg源泉かけ流しの露天風呂付で周囲は高い山々に囲まれています。

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風景も山と川の大自然でのんびり。急な泊りにも関わらずしっかりした夕食をいただきました。
露天風呂は肌が「ぬるすべ」になり温泉の効能がありそうです。「最低三回は入ってください」と女将さんから。

IMG_13551.jpg雄大な自然に囲まれてリラックス、いやぁ~気持ち良かったです((⊂(^ω^)⊃))。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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