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下手向城 🏯技巧的な縄張りが完存

下手向城(岐阜県恵那市山岡町下手向繁広)

小里川沿いの下手向集落を見おろす山頂にある城址です。
・・といっても特別目立つ山容でもないため、城山を見つけるのは結構大変かもしれません。
下手向簡易郵便局の後ろの山(北西方面)にあたります。

simotouge (1)比較的なだらかな山で登りやすそう。

simotouge (11)
蔵のあるお宅を沢沿いに入ると砂防ダムを経て城の西側にとりつけます。

simotouge (5) simotouge (3)
山頂にはよく整地された広い郭があり、主郭をなしてます。奥には土塁があります。

昔からある程度の山の管理がされているのでしょう。手入れされている山は遺構も見やすいです。
そして尾根側の巨大な土塁が目にはいってきます。まさしくこれぞ「土塁」という代物です!

simotouge (2)高さもさることながら長さも厚みもある土塁にしばし見とれてしまいます。

simotouge (4)背後の堀切も大きく遮断性が非常に強い感じがします。

simotouge (6) simotouge (8)
主郭の周囲、南から西へかけて横堀をめぐらしてあります。竪堀、竪土塁も併用してるんですね。

simotouge (7)主郭周囲の切岸の様子です。これでは登れそうもありません・・。

『丹羽氏覚書』にみられる石垣というのはこの斜面に残る自然石の固まりかもしれません。
同書によると下手向城は遠山馬之助の御内衆、渡辺氏の屋敷城との記述があります。
しかし、遺構の普請量や発達した縄張り技術を観察してみると、外部勢力による改築があったのでしょう。

simotouge (9)
城山中腹からの眺めですが、視界はそれほど効くようには感じません。

最近では武田氏による改築が指摘され、可能性としてその見方が高いようです。
岩村周辺の拠点として小里城方面(織田氏勢力圏)への備えとしていじられたのでしょうか?

下手向城のある地名は”繁広”とよばれ別名「繁広城(重弘城)」ともよばれています。
西を流れる沢も繁広川と呼ばれています。
これは「しげひろ」という人の名前が地名に残ったとされる考えもあるようで(山岡町史より)
城主の名前であった可能性もあるようです。

岩村城を摂取した秋山虎繁の”繁”の一字を拝領した部将、ナニナニ繁広なる人物がこの城の
城代として改変に携わった、なんていう推理もしたりして。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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