広野ダム・桝谷ダム見学

広野ダム(福井県南条郡南越前町広野)<九頭竜川水系日野川>

マラソン大会出場のため滋賀県より南越前町に入ります。
国道365号線を北上していくのですがほとんどの車は北陸自動車道を利用するのでしょう。
土曜日なのに往来の車はほとんどありません。ちょっと寂しいですがマイペースで走れるのでよし!

hirono (3)柴田勝家によって街道として改修された栃の木峠を経由します。

勝家公もこの北国街道を北ノ庄からの最短道として往来したのか・・と思うとしみじみしてきます。

さてまずはせっかく福井県まで来たのでダム見学に寄っていきます。
日野川はとても美しい渓流です。両岸に広がる田に順調に育った稲穂が風に洗われています。

hirono (21) 今年も豊作になるといいですね。

hirono (5) hirono (7)
広野ダムへ到着しました。誰もいないようです・・。

hirono (1) hirono (9)
管理所でまずはダムカードを記念にいただきまして、見学開始、ゲートがすぐそこに見えます。

hirono (8)広野ダム。吹き抜ける風がとても涼しく盛夏であることを忘れます。

hirono (10) 山の向こうは岐阜県揖斐川町。近くて遠い感じです。

桝谷ダム(福井県南条郡南越前町宇津尾)<九頭竜川水系桝谷川>

広野ダムのすぐ北にあるのが桝谷ダムです。
広野ダムとは上流の二ツ屋分水工から水路によりつながっており、導水ができるようになっています。
今回は時間の都合で分水工の見学はしてません。・・が・・見ておけばよかったとちょっぴり後悔・・。

hirono (2)トンネルを抜けるといきなり現れるロックフィルダムに心躍る!((∩^Д^∩))

hirono (14) hirono (13)
2005年完成だけあって新しい感じをうけるダムです。案内板で概要を確認。

hirono (12) hirono (16)
この時期のダム湖の水量はやや少ない感じ。

hirono (15) hirono (17)
それにしてもすごい”石垣”です。こころなしか天端の凹凸デザインが中国の長城をイメージさせます。

hirono (11)hirono (18)hirono (20)
巨大な取水口ですが水があったらな・・。結構ダイナミックなんでしょうな・・。

hirono02.jpg ダムカードをゲットして次なるは城めぐりへシフト!

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第12回 南越前町花はす早朝マラソン大会に出場

第12回 南越前町花はす早朝マラソン大会
(福井県南越前町ウォーターランド南条付近)
平成28年7月24日(日) AM7:15スタート(10km40歳以上)

「早朝マラソン」ということで前日から福井県入りを決行。
幸いな事に晴天が続くようでうれしいです。
もっともそれだけ「暑い」、ということになるのですが・・。

hanahasu (1) 栃の木峠より南越前町に入ります。

城址めぐりやらダムめぐりやら昆虫採集やら?でマラソン大会以上に楽しい時間を過ごしている自分。
本来の目的のため、ふと我にかえってブレーキをかけなければいけません。

hanahasu01.jpg hanahasu02.jpg

明日の本番に備えて早めに休まなければ・・。ほどほどにしておかんと・・。
・・と思いつつ日暮れ近くまで思いっきり満喫してしまいました。
まずはお風呂にいきます。

hanahasu (11) 花はす温泉そまやま。

ここの温泉は明日のレースの折り返し地点でもありますのでコースも下見しながら。
とてもいい湯でした。疲れがスーと引いていきます。
ヒグラシの合唱を聴きながら浸かる露天風呂は最高に気持ち良かったです。

hanahasu (12)温泉向かいのハスの群れに癒されます。

あたりは一面のハスの花。明日はこれを見ながら走るのですね。
ついでに10kmコースの下見に車で出掛けます。

hanahasu (13)
明日は杣山城の城下町周辺も走ります。とても楽しみ。 

hanahasu (2)
越前そばと焼きサバ寿司の越前・若狭最強タッグコンビを食します。

ちなみに今回は愛車の中で車中泊。サービスエリアの駐車場をお借りして体を休めます。
寝袋と蚊取り線香を用意。明日が待ち遠しい・・。

そしていよいよ大会の朝を迎えました。

hanahasu (4) hanahasu (3)
朝5時だというのに第一駐車場はすでにいっぱい。月がまだでていますね。

hanahasu (6) hanahasu (5)
6時30分、第1陣の皆様スタートです。朝日がまぶしい中、田園を走ります。

早朝マラソンということで朝は涼しいだろう、というのは勝手な思い込みでした。
1kmから3kmぐらいはまずまずのペースで走れたのですが・・。
スタート地点の道幅が狭く、団子状態が結構続きます(これは失敗しました)。

・・しかし、3km地点ぐらいからほんの少しですが上り坂になっていきます。やばい・・。
そして日の出したおてんとうさまに向かって走りますと、これが思ったよりもキツイ。そして暑い。
早く折り返し地点までいかなければと思えば思うほど脚は進みません。

沿道には水のシャワーも設置してあり、給水地点も多いのです。
シャワーをくぐりながら、給水しながらと暑さの戦いになってきました。

ようやく折り返しても今度は背中が焼けるように熱い。もう、とろけそうになりながら
ゴール目指して走ります。水を含んでもらったスポンジがこれほど気持ちいいとは・・。

hanahasu (10) hanahasu (9)
ハスの花畑と杣山城の城址碑の前を通過する時は少し元気が出ます。゚(゚^∀^゚)σ。゚

500m手前からラストスパートをかけてそのまま無事ゴール!
もうちょっと手前の1kmからかけたかったのですが暑さによる体力消耗は想像以上。
もうへとへと・・。

hanahasu 03
目標タイムにはちょっと追いつきませんでしたが真夏のマラソン記録としてはまずまず。
ゴールした後はとにかく「水くれ」状態。ポカリ、水、ポカリ・・。
そして 〆はしそシロップのカキ氷!これがまた最高!3杯いただきました!

hanahasu (7) 👈これが美味しかったんです!

日の出前から(もっといえば前日から)実行委員をはじめとする大会運営の方々や地元の方々
本当に大変だったと思います。救護スタッフの皆様も多かったです、ごくろうさまでした。

ゴールしたランナーに少しでも早く給水をと気を配ってくれた学生さんたち、カキ氷をスピードよく
作ってくれた部活生のお兄ちゃん、沿道で声援をいただいたおじちゃん、みんなありがとう。

hanahasu (14) また来ます!

次回は暑さ対策もしてまたチャレンジしてみようと思いました。
上着は断然ノースリーブ、キャップは必須、序盤のへしあい対策としてスタートは前列のほうへ・・。ですね。

花はす早朝マラソン大会の案内状が来た!

ようやく来ました案内状。
1週間前になっても来ないのでちょっとヤキモキしてしまいました。
開催日4日前にやっと到着。

hanahasuhagaki.jpg

とりあえずひと安心しました(´∀`*)。

暑い夏。練習をさぼりがちになりそうなこのシーズン。
あえてこの時期にマラソン大会のエントリーをしてみました。

理由が3つあります・・。

1.9月に友人と御嶽ハーフマラソン大会に出場するので心持ちを維持すること。
  またそれに向けた練習を怠らないためです。

2.熱い日中を避けて早朝7時代のスタートというユニークかつ合理的な大会に
  魅力を感じたことです。なんだか面白そうです。

3.すぐ近くに杣山城をはじめいくつかの行きたかった山城があります。
  また、周辺にはダムカードがもらえるダムが2つもあるのです。

いろんな目標が重なった形で、盛り込みすぎなんじゃないか?と思いますが
おかげさまで日々の練習だけは欠かさずに走ってこれました。
しかし、走るからには真剣です。

久太郎、用意はできてます。当日は万全のコンディションで臨みます!

美濃 原口城 🏯奥美濃最高峰の城

美濃 原口城(岐阜県郡上市白鳥町中西原口)

原口城は標高811メートル、比高にして310メートルの高所にあります。
南に猪俣氏の六ツ城と相対する形になっており、お互いの距離は900メートル足らず。
六ツ城を上からのぞき込むような位置にあるのが特徴です。
(六ツ城についてはまた後日アップさせていただきます。)

harajuti1 (11)見上げるととんでもなく高い所にある山城です。これはヤバい(。´・(ェ)・)

原口の集落から林道がありますので(良かった・・)今回はそれを利用させていただくことに・・。
ただし・・この林道、普通車ではまず無理。
通れるのは軽自動車、しかも軽トラの4WD車やクロカン車なら問題ないでしょう。

harajuti1 (10) harajuti1 (9)
狭くて長い林道、所々に未舗装あり。無理しないところまで行ったら駐車、徒歩で攻め上がる。

写真にもあるように林道は御覧の通り、途中で崩落しています。
慎重な足取りで通らないといけません。落石の危険もあります。
五感を研ぎ澄まして尾根を目指して進みます。

harajuti1 (2)尾根を進むと・・信じられないような巨大堀切が飛び込んできましたw( ̄o ̄)w!

これは尾根を断ち切る西の大堀切です。
堀底は箱堀になっているので幅もありますし、深さも相当あります。
堀はそれぞれ南北に竪堀となって落ちています。むむっ・・。すごい・・。

harajuti1 (3)
主郭は2段になっているようですが・・やはり相当のブッシュ状態。負けずに作図します。

城は承久年間、郷士の原友三郎の居城、と伝わりますが
遺構からは戦国時代の匂いがぷんぷんします(実際はしてませんよ)。
これだけの高所に大規模な普請をした理由は六ツ城に関係ありそうです。

harajuti1 (4) harajuti1 (7)
主郭の東にも切岸直下に小さいですが堀切があります。断面図のほうがわかりやすいでしょうか(写真:右)。

harajuti1 (6)高い切岸の様子。

研ぎ澄ました五感、作図中を通して、ずっと気になっていたんですが・・
かすかに匂う獣の匂い・・。糞の固まりの存在・・。なにかが近くにいます。
そして・・とうとう遭遇しました。

harajuti1 (8)野生のカモシカです。ずっとこちらを様子見していたようです(°_°)。

(つ・・角が生えてる・・!、あご下の毛が長いぞ・・)
野生の動物との出会いは山城では多いですが、いつも興奮してしまいますね。
シャッターチャンスなんですが、なかなかこちらも心の用意ができてません。
動物園で見るあの優しいそうな表情はありません。
そんなどこか孤高な姿が気高く感じるものです。

クマでなくてホント良かった・・Σ(´Д`*)。(・・ほっ・・)

美濃 烏帽子山城 🏯東氏、失地回復を企てるも敗退

美濃 烏帽子山城(岐阜県郡上市白鳥町白鳥)<町指定史跡>

白鳥町の中心地域北に一際高い山塊があります。
その山塊の中に一ヶ所だけぽこっと頂きが出ている山が烏帽子山(えぼしやま)の城山です。
麓から場所を確認します。

ebosiyama (1)
烏帽子山城を確認。麓からかなりの高さがあることがわかります。

城址のある山は確認できました・・が・・さて・・どうやって登る?(冷や汗)
標高は730メートル、地表からの比高も330メートルもあります。
もちろん登山は辞さず、だけどなるべくならラクしたい・・。
しかしご心配は要りません。ちゃんと林道が近くまでついているようです。

ebosiyama (9)
曾部知川に沿って林道を北上、東海北陸自動車道の上を一度越えて車を走らせます。

ebosiyama20 (4)
林道から見た烏帽子山城の搦手。裏側のこちらから攻めてみまっす。

ebosiyama (2)
峠にちょっとしたスペースがありますので駐車します。城の北側近くまで来れました。

上の写真には左に入っていく矢印を示してありますがこれはあくまで
”進行方向”、という意味で、決して山頂直行コースではありません。
なぜか頂上への登山道は消えてしまっているのです。

ebosiyama20 (1)
この道は鉄塔管理のために設けてある道なのでここを進んでも進んでも
いっこうに頂上へはたどり着きませんので要注意です。

では、どうするか・・
そうです、適当に五感を働かせて頂上を目指すしかありません!
そうなると地形図が頼りです。しかし確実に本丸は頭上にあるのです!

ebosiyama20 (3)
うっすら残った尾根道にたどり着くことが確実でしょう。

とうとう・・到着したようです(ハァ、ハァ・・)。本丸です・・(息があがってます)。

ebosiyama (5) ebosiyama20 (2)
頂上の本丸は夏だけに結構なブッシュ状態。おや、なんか標柱が見えますよ・・。もしやあれは・・。

ebosiyama (3)城址碑です!この石碑に出会えた事で登城の苦労もふっとびました!ヽ(≧∀≦)ノ

ebosiyama (6)
主郭の南の切岸。腰郭へと続きます。

ebosiyama (7) ebosiyama (8)
主郭より東方面には何段かの小郭が連なる。いずれも切岸が施されています。

ebosiyama21.jpg
東尾根には小さな堀切も見られますが遮断性は低く、主に切岸の防御施設に頼った要害
であることが読み取れます。

この城郭はもともとは東常縁の子(弟とも)・東頼数が居城していたといわれています。
頼数は歌道に秀でた文化人でもありました。
こうしてみると東氏は一流の教養人ばかりですね。

東常尭の代、遠藤盛数に東殿山城を追われた常尭はいったん白川に逃げ、内ケ島氏を頼ります。
内ケ島氏の応援を得た常尭はこの烏帽子山城で旧領回復を試みますが
飯盛山の戦いで利あらず、再び白川へ敗走することになります。

ebosiyama (4)
常尭の念願は叶いませんでした。再び飛騨白川方面に退却していきました。

天正13年(1585)11月29日、飛騨大地震の際、常尭は白川帰雲城の崩壊と運命を共にしたしたようです。
ここに名門・東氏は13代・360余年の歴史の終わりを迎えました。

ここ烏帽子山城から長良川沿い、はるか遠くに見える郡上八幡口を見据える
常尭の気持ちを静かに考えてみました。

矢作ダム見学

矢作第一ダム(愛知県豊田市旭・岐阜県恵那市串原)<矢作川水系矢作川>

ちょっとした空き時間に山間部の「ダムに行く」というほどの時間の余裕はございません。
しかし夏至が近くなってくるとちょっとくらい遠い所へ足をのばしてみても日が長いので
意外と遊べてしまうものです。

そんなノリで今回は県境のダム、矢作ダムに来てしまいました。

yahagidam (1)岐阜県側の県道から見たダム正面。このアングルで相対視できるダムはなかなかないです。

yahagidam (14) yahagidam (13)
国土交通省管轄のダムで様々な使用目的で利用されています。

yahagidam (3)美しい放物線を描いているアーチ式ダムです。

yahagidam (12) yahagidam (11)
奥矢作湖となり、渇水期にも関わらず豊富な水量を確保したので、ちょっとびっくりしました。

yahagidam (10)
選択取水設備です。ここから取水して発電させながら下流に水を流しています。

yahagidam (8) yahagidam (7)
ダム中央にコンジットゲート(常用洪水吐ゲート)を3門、上部にクレストゲート(非常用)を4門設置。

yahagidam (6) yahagidam (20)
管理所にてダムの説明板があり、とてもわかりやすいです。ここではダムカードもゲットできます。

濃いブルーのゲートが曲線に映えてとても美しさを感じるダムでした。
愛知県内ではここ矢作ダムと新豊根ダムがアーチダムとして有名です。
下流には矢作第2ダムもありますので、ちょっと足を延ばして見に行ってみます。

矢作第二ダム(愛知県豊田市時瀬町・岐阜県恵那市串原)
下流に下ること約3キロのところに矢作第二ダムはあります。
第一ダムと比べるとちょっと古さがありますが、その渋さがたまらなく魅力的なダムです。

yahagidam (15)古さは否めないですが、ダムに張り付いた歩廊や階段がたくさん見られなんとも面白いです。

yahagidam (17) yahagidam (18)
まるで戦艦のブリッジを見ているような機能重視に特化した外見。整然とした無骨さがかっこいいです!

自分が好きなアングルを探すのもダムめぐりの楽しいところで、意外な所からまた違った姿を確認
できることがあります。そんな場所探しが自分だけの思い出になることもあります。
中には立ち入り禁止の場所もありますのでマナーを守ることも当たり前ですが・・。

美濃 二日町城 🏯小規模ながら素晴らしい畝状竪堀が見られる

美濃 二日町城(岐阜県郡上市白鳥町二日町下田・城山)<町指定史跡>

「二日町」とは市が開かれた日をとって付けられた由来だそうです。
現在でも「毎月2が付く日はポイント2倍デー!」などとあるように、決まった日に特定の
場所で売買ができました。近くには八日町というところもあったそうです。

八日市や四日市のように「市」がくっついているのも同様パターンです。
常設市がなかった田舎ほどこのような地名が残っているようです。
風情がある地名ですね。

futukamatijyou.jpg
やや奥まった山が二日町城のある城山。ちょっとアップしてみましょう。

futukamati (20)中央の低い山頂部が主郭です。

そんな地名がそのまま城名になった二日町城。訪城はとても簡単です。
下田集落より西へ登る林道を道なりに登っていきますと、入口に到着です。

futukamati (18) futukamati (1)
車は二台ほど停められそうなスペースがあり、そこから尾根沿いをたどっていきます。

futukamati (16) futukamati (4)
歩くこと2分程で「城山公園」の石碑がある本丸に到着。途中、堀切を2ヶ所通過します。見落とさないように。

futukamati (6)地元有志の方々によって建てられた石碑はとても立派です(;゜0゜)。

futukamati (9)もう一つ、白鳥町教育委員会の石碑も・・かぶってますが・・。

futukamati (5) futukamati (11)
本丸西には人柱の伝説を示す立て看板が・・。なんのために人柱なんか・・。

人柱になった人の霊を慰めるために2本の桧を植えたものが写真:右のヒノキです。
後でわかったことですが、このヒノキの部分の切岸は城内の他と比べて勾配がとても強いです。

futukamati (15) futukamati0.jpg
この勾配の維持には大木の根力が必要です。

そしてこの二日町城の最大の見所は、竪堀が畑の畝のように連続で設置してあるところでしょう。
畝状竪堀は主郭の南腰郭に沿って大小15本程が残存確認できます。
これほどの遺構は美濃国内においては非常に珍しく、郡上郡では篠脇城などに見られるのみです。

futukamati (14)畝状竪堀の様子。写真でお伝えするするのはちょっと難易度が高いです(ノ_<)。

戦国時代、篠脇城城主の東益之は北の守りとして二日町城を築き、次男の氏世を在城させます。
氏世は益之の子息ですが、安東氏のあとを継いで、一城を任すに値する有能な子息だったのでしょう。
室町幕府に仕えて将軍の側近にもなっていたようです。文武両道の人物ですね。

futukamati (21)
青い空、蒼い山野に延びる線路、このレールの先にはまだまだ城址が待っていてくれてます。かな??

美濃 前谷城 🏯古式で簡素な中世山城

美濃 前谷城(岐阜県郡上市白鳥町前谷)<町指定史跡>

郡上市といっても白鳥町は旧高鷲村と並んで市内最北端に位置しています。
周囲にはスキー場が多く、冬季の降雪量はとても多い地域。
歴史的にも隣国の飛騨や越前との交流が盛んでした。

maetani (25) maetani (19)
すぐ近くを白山禅定道が通っていました。「上り千人、下り千人」といわれるほどの往来者とはすごいです。

特に中世は白山信仰が盛んで、7,8月の時期は白山登拝の人々でとてもにぎわっていたようです。
前谷城もこうしたルートの要衝を監視できる位置におかれたようです。

maetani (1)前谷城の城山を確認。恰好の城山ではありませんか。

maetani (2) maetani (3)
「正ヶ洞の棚田・展望地」の案内板が目印。ここから奥へ奥へと林道を登っていきます。

途中、開けたところに棚田の展望ポイントがあります。
なかなかの絶景ですので、しばし眺めを楽しんでいきます。

maetani (17)

さらに進んでいくと「村間ヶ池」の矢印看板がありますので、ここを逆方面にまがり・・
あとは山中を山道に沿ってひたすら進んでいくと、城跡に到着します・・。
・・と、かなり簡単に書きましたが、この山道が結構大回りで必要以上に歩くことになります。

ここだけの話、自分は最寄りの林道脇から直登しました。
この方法だと急斜面を木々をつかみながらの登攀になり、大変なんですが・・早いです(笑)。

いずれにしても、ここ前谷城はなかなかの固城ですよ。

maetani (7)

頂上の本丸は意外に広くよく整形されて見通しがいいです。

maetani (5)おおっ!(*゚Q゚*)立派な石碑が立っています。この書体はいいですね。

maetani (10) maetani (13)
主郭の東西尾根にそれぞれ堀切を入れてあります。(写真左:西の堀切)(写真右:東の堀切)

maetani (9)
西のやや離れたところに柵を設けたであろう段の跡が2段あります。

永禄年間、大塚藤三郎貞氏が居城していた、と伝わっています。
遺構は簡素そのものですが、中世の地方城郭施設がよく残っている点でとても貴重だと思います。
地域土豪の山城の特徴がよく残っていますね。

maetani (14) maetani (16)

さらに東の尾根には石垣の段が確認できます。これは・・城の遺構ではないと思われますが
なんらかの関連施設が後世に造られたのかもしれませんね。

せっかくですので正ヶ洞の棚田にも寄ってみましょう。

正ヶ洞の棚田(岐阜県郡上市白鳥町前谷正ヶ洞)

maetani (21)
岐阜の棚田21選に選ばれた良田です。

戦国時代から江戸時代初期にわたって開墾された棚田です。
白山参拝者のこの光景を横目に見ながら往来したのでしょうか。

maetani (22)城址見学と棚田鑑賞・・う~ん・・癒されるぅ(*´~`*)。

美濃 山田砦 🏯未完の城か?城似せ遺構か?

美濃 山田砦(岐阜県瑞浪市山田下山田)

瑞浪市市内には実に多くの城郭が存在します。
その理由は主に3つほど挙げられます。

1. 美濃守護・土岐氏一族の城砦群が存在したこと。
2.応仁の乱ののちの文明年間に小笠原・木曽氏の南下に対する防備が敷かれたこと。
3. 戦国期の織田・武田勢力のせめぎ合いの場になったこと。

ですので、城郭遺構も新旧様々。
しかし山田砦は、上のいずれでもない、小牧・長久手の戦い時に森長可によって
築かれた砦であるとの伝承があります。

今回紹介の山田砦は文献にみられる「光明山田の砦」が
「この遺構ではないか」と比定されているもので
暫定候補地的な城、とでも言う、確証のない城です。

どんな遺構が待っているのでしょう・・。

yamadatoride (1)瑞浪市内の市街地近くにに位置する山田砦の山。

yamadatoride (2) yamadatoride (3)
城へは旭王寺の西参道から登り、寺の東裏山へ直登するのがわかりやすいですが・・。

yamadatoride (4)
曲輪と思われる先端部に石塔群があり、ここから東へ潜入していきます・・。ここも曲輪?

これよりひどい竹藪のブッシュなので、前進するのがとっても苦痛です・・。
頂上へ向かうには相当な覚悟を必要としますので、服装など十分な装備が必要です。
5月頭の初夏にも関わらずヤブ蚊も発生しており携帯蚊取りや虫よけも必須です!

特に切り払われた竹先が槍状にとがっていることに注意です。
竹林はしなった竹が勢いよく跳ね返ってくるこもありますからこれも要注意です。
頭と足元に注意しながらすすんでいくと山の中腹に突然、土塁と横堀が出現します。

yamadatoride (5)山の斜面に単独で造られた横堀。幅4メートル、長さは25メートル程もある。

yamadatoride (6)
頂上につくと主郭は2段構成となっており平地になっています。

主郭の東側は斜面がありますが他の主郭周囲は緩い傾斜になっており
それほど輪郭がはっきりしているわけではありません。
先程の土塁遺構との連続性もありません。

yamadatoride (7)尾根を断ち切る大堀切(箱堀形)。途中に折れ(クランク)がある。

この巨大な箱堀は内側に土塁の痕跡が認められ掻き上げられたことがよくわかります。
しかし主郭の大きさや成型さに比べて不釣り合いなほど大きく整っています。

結局、この不釣り合いな遺構の組み合わせと配置状況から
「城」ではあると思われるが、普請途中で中止となり、未完成だったのでは?と
言われています。

さらに尾根上を探ってみると浅い土塁と横堀が50メートルほど残っていたり
本丸を置くのに恰好のピークが未整形(普通の山)であったり
後世のものと思われる大きな切通し道があったり(一瞬、超巨大堀切かと思った)
不可解な遺構が多すぎます。

個人的には「城」に見える類似遺構の検討も必要だと思ったわけです・・。
・・そうですね、内容がマニアックな記事になってしまいました(汗)。

瑞浪市ってもっと有名な城址あるだろうに・・
小里城とか、鶴ヶ城とか・・今度はそっちに寄ってみます。
はい、ごめんなさいね(。´・(ェ)・)。

美濃 釜屋城 🏯山岡町最大規模の城郭

美濃 釜屋城(岐阜県恵那市山岡町釜屋)

山岡町の釜屋にも勝氏の持ち城であったとされる山城があります。
位置的には明知城に近い域に入りますので明知遠山氏とは密接な関係にあったことが想像されます。

kamaya (11)釜屋集落を見渡せる山頂部全体に縄張りをもつ釜屋城です。

kamaya (10)
城址への登山は北東の山麓から入り更に尾根を北東へと歩みます。

kamaya (9)
尾根を進むと片堀切と思われる遺構が目に入ってきました。

kamaya (8) kamaya (3)
城内の曲輪間の斜面はいずれも削り込みがかけてあり、直登は困難な様子。

kamaya (1)曲輪群を見上げます。山岡町の山林は手入れが行き届いており遺構が把握しやすくグッド。

kamaya (2) kamaya (7)
よく見ると所々に石積みの跡も見られ、一部石垣もあった痕跡も見られます。

kamaya (4)主郭の段とその下の広い曲輪。ここから西と北に曲輪群が展開していきます。

kamaya (5) kamaya (6)
主郭の切岸のシャープな姿(写真:左)と尾根筋の堀切(写真:右)

尾根続きには堀切が見られますが、それほど深さはありません。
これは南が明知城との連絡道にあたるため、あえて浅い堀切にしたものと思われます。
むしろ連絡重視のため土橋がしっかりと付けられている感じがします。

全体的に切岸をキレキレに仕上げた感がありますが、主郭から西側下には長い土塁や横堀も
確認でき、その様は下手向城の手法と酷似しています。
おそらく同じ集団による同じ時期の築城であると推測できます。

・・となると、この城もあるいは武田氏の指示のもとに下手向城と連携した縄張りに
改築されたのかもしれませんね。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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