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伊勢 長野城 🏯林道と山城、両方を攻めるならここ!

伊勢 長野城(長野氏城館) (三重県津市美里町北長野) <国指定史跡>

今回は(今回も?)城友さんとの伊勢の城めぐりの続編です。
数奇なことに・・城友・日向守さんとは城仲間でもありながら軽四駆仲間、でもあります。
彼の強く、熱い思いに応えるべく、伊勢屈指の山城、長野城へ挑みます。

・・といってもこの山城、山頂近くまで林道が通っていて、そこまで行ければこっちのもの。
しかし、そこまでの道のりには、落石あり、ダート(未舗装)ありの酷道が続いているそうです。
そう‥今こそ、軽四駆、ジムニーが恰好つける時なのです!

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国道163号から→農道→瀬戸川林道(舗装)→高狭ヶ野林道(途中から未舗装)へ進みます。

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崖っぷちを走り、切通しの狭い道、となかなか面白いコースの連続です。

途中、車を停めて紅葉や小滝、崖下をのぞき込み、自然の織り成しを楽しみます。
もっと悪路かと思いましたが、意外とマイルドな安心ダートです。
運転席の城友さんの目が活き活きとしてきましたよ。ヤバい目です。なにかをやらかす目です。

IMG_9504_20161203222229941.jpgやっぱり、ジムニーはスリリングな酷道がお似合いです。

IMG_9479.jpg 無事に山頂部まで到着しました。

もう、すぐそこから堀切遺構が確認されます。
山頂部もかなり手入れがされているようで遺構が見やすそうです。
これは期待がもてそう。心躍る瞬間です。自分もヤバいです。

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堀切を渡って(写真:左)、曲輪の土壇が現れます。(写真:右)とても観察しやすいです。

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主郭には土塁の址がはっきりと残っています。(写真:左) と 広くきれいな主郭の内部。(写真;右)

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くっきりとした竪堀の址(写真:左) と 高い切岸の様子。高いです。(写真:左)

IMG_9494.jpg 北にも土塁や堀の遺構があります。

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弧を描くように削られた鋭い切岸。(写真:左) と いよいよ本丸に到達します。(写真:右)

IMG_9481.jpg「わぁ!!」、まずその眺望に歓喜の声があがります。\(^o^)/

鉄塔が結構、邪魔なんですが、それにしても素晴らしい眺望です。
もう少し天気が良ければ、なお絶景なのですが、今日ここに来られただけでも贅沢。
しばらく眺めを楽しみます。よく見れば遠くに伊勢湾の波が輝いているのが見えます。

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高まる気持ちを抑え、パノラマ撮影に寸分とも体のぶれない城友・日向守さん。

IMG_9486.jpgこの城址碑、掘りが深く読みやすい字体です。お手本です。ヽ(≧∀≦)ノ

IMG_9487.jpg なんと2年以上の籠城に耐えたそうで。

林道めぐりと城めぐり、2つを楽しめるワクワクの時間でした。
長野城は冒険心と探求心のどちらも満たしてくれる、素晴らしい山城で見学もしやすいので、おススメです。
また一つ、心に残る山城紀行でした。日向守さんに感謝です。

伊勢 上野城 🏯信包に引き取られた浅井三姉妹ゆかりの城

伊勢 上野城 (三重県津市河芸町上野・本城山)

三重県で「上野城」といえば「伊賀上野城」ですが、こちらは「伊勢上野城」です。
もう一度言います、・・伊勢!上野城です。
一文字違いの迷惑な紛らわしさですが、こちらのほうが城としては先輩ですんで、ヨロシクです!

・・元来、上野城が多すぎるんです。
尾張の上野城、
三河の上野城、
駿河の上野城、
近江の上野城、
丹波の上野城、・・まだまだありそう。
細かく言えば美濃にも上野城はありました・・。近場でもこんなにあるくらいですから。

多分、城名で一番多いのが恐らく「上野城」でしょう。
ですから、全国の上野城諸君には胸を張って欲しいと思うのです。
「どこの上野?」と聞かれたら官位を名乗るように言ってやりましょう!

・・そんなことはどうでもいいんです。

さて、伊勢上野城は元亀元(1570)年に織田信長の弟・織田信包(のぶかね)が津城ができるまでの仮城として築城されました。
領主の分部光嘉が普請奉行となり築城したとされます。
光嘉は長野具藤を追放して信包を長野氏の当主に迎え入れた、立役者です。

isetu (2)現在は公園化され、本丸には・・「なんか違う」、展望台が設置されてあります。

津城が完成すると、信包はそちらに移動し、替わりに分部光嘉が城代を務め上野城は分部氏の城として独立します。
光嘉は早くから織田氏に従属する立場をとったようです。

isetu (1)展望台からは眼前に伊勢湾が広がり、志摩半島も遠くに見れます。

一見、見た目が残念な展望台でしたが、登ってみたら眺めのいいこと。
伊勢街道と海洋交通を押さえ、また伊賀へのルートにも絶好の要所であったことがよく分かります。
ちなみに、内部には展示資料室もあるのですが、朝早すぎて空いてませんでした・・(涙)。

iueno03.jpg「浅井三姉妹ゆかりの地」という名の伊勢上野城址碑。

天正2(1574)年には浅井長政に嫁いでいたお市の方と、「浅井三姉妹」として有名な「茶々、初、江」が小谷城よりこの城に入城。天正10(1582)年に「本能寺の変」で信長が横死するまで、伊勢上野城、津城を中心に暮らしたそうです。

isetu (6) 「ゴーちゃんです」!

2011年の大河ドラマ「江」の影響の名残でしょう。
きっと素敵な名前の募集をしたと思いますが・・やっぱり「ゴーちゃん」になったんでしょうね。
けど・・、GO腹巻はないな・・。

isetu (7) 
伊勢街道の隣を走る旧伊勢街道から住宅脇道に「上野城跡」の標識が設置されています。

その石の階段を登った辺りが三の丸です。

isetus.jpg 部活の階段ダッシュのように攻め上がる久太郎。

同行いただいた城友・日向守さんにいただいたワン・ショットです。
普段、城攻めでの自分の姿はまず見ることがないものです。
自分、微笑ましいぐらい頑張ってるんだな~。日向守さん、ありがとうございます。

isetu (5) isetu (3)

二の丸は児童公園のようになっており、開発された雰囲気ですがよくみると切岸の遺構が。(写真:左)
そしてさらに高台になっている本丸にも土塁の址があったりします。(写真:右)

isetu (8) 結構、城址の雰囲気があります。

庭園や公園やらで整備された城のため、遺構の確認が難しいかもしれません。
それでも主要郭の土塁、堀などの遺構もよく残っていると思いました。
なにより雰囲気だけは残っている憩いの城址公園で結構楽しかったです。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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