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尾張 二重堀砦 🏯岩崎山砦と最前線を担った秀吉方の砦

尾張 二重堀砦 (愛知県小牧市二重堀)

前回の岩崎山砦に続き、やってきました二重堀砦(ふたえぼりとりで)。
名古屋在学以来、ひっさしぶりすぎて、「場所がわからな~い」、という事態に・・。
・・というか周りの変貌が激しく、イメージが違っているのです。

元・カノさん(現・奥方殿)としらみつぶしに訪ね歩いた周辺ですが、・・忘れるもんですね・・。
昔の勘を頼りにあてずっぽの城址碑探しに奔走します。
それはまるで故郷の川を遡上するサーモンのような気持ちです。

そして・・ありました!。意外と城勘だけはさえていたのです。

futaebori (2) ここだけは変わらぬ姿、二重堀砦を標す城址碑。

小牧・長久手合戦時には岩崎山砦との間に土塁が築かれ最前線の砦となりました。
平城だったことから、その名前の通り二重の堀が巡らされていたようです。
家康方の小牧山からは最も近く、しばしば夜襲や小競り合いがあった城のようです。

futaebori (3) 守将は日根野兄弟、美濃屈指の武辺者です。

日根野弘就日根野盛就( ひねのひろなり と もりなり )兄弟について・・。

斎藤義龍の代に重用され、西美濃三人衆に並ぶほどの実力者です。
義龍の命で義龍の異母弟である孫四郎、喜平次兄弟を稲葉山城内で斬殺したのは弘就のようです。
義龍の懐刀、といったところでしょうか。

日根野氏は斎藤家滅亡後は浪人として一時、近江・平松城に在城していたようです。
信長に属してからは馬廻りとなり遠藤慶隆佐藤秀方ら美濃衆と行動を供にして活躍します。
まぁ、それ以前と以後・・ここでは語れない程の波乱なプロフィールの兄弟です。

futaebori (1)日根野弘就が死守した二重堀砦。任務にかける必死さを感じ取ります。

岩崎山の一鉄にせよ、二重堀の弘就らにせよ、この戦で名を挙げる踏ん張り所だったのでしょう。
死地に生を置いていた状況だったのではないでしょうか・・。
状況次第では、長久手で討ち死にした池田・森らと同じ運命を辿ることにもなり得たのです。

遺構は残らずともその意気込みや思いは感じ取ることができそうです。

是非、探し当てて頂きたい二重堀砦址。
場所は二重堀北交差点を東に200メートルの交差点を北へ。
50メートル程北上したら右手のみずの薬局さんの細い路地を東に入った奥の左手にあります。
(その奥はほぼ行き止まり。現在車では通り抜けできません、注意してくだい。)




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テーマ : 城郭
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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