美濃 今峰城 🏯蘇水峡から見上げる城

美濃 今峰城 (岐阜県加茂郡八百津町八百津丸山)

秋晴れの中、八百津町にやってきました。
以前は可児市方面から遠回りして町内に入るルートが一般的でした。
近年、御嵩と八百津を結ぶ八百津トンネルが開通し、アクセスが格段に良くなりました。

今回は11月に開催される「やおつ人道の丘・ジョギング大会」の申し込みも兼ねての訪城です。
今年はゲストランナーに瀬古利彦さんが来ていただけるとあって、とても楽しみなのです。
丸山ダムや蘇水峡、杉原千畝記念館など、見所もたくさんある自然豊かな町です。

imamine (10)丸山発電所の背後の山が今峰城で「丸山城」とも呼ばれます。

木曽川に食い込むような山容は深い峡谷を形成しています。
丸山ダムの水路から送られる水が落差を得て、されに発電するシステムです。
・・おっと、ダムの話にそれるところでした。

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山頂近くまで車で行けます。登り口には「今峰城址登り口」の碑が立っています。

駐車場は近所の方に一言かけて消防倉庫の空きスペースを勧められました。
近所の方曰はく、「昔は行けたけど、今は手入れされてないから行けないよ・・」
「ありがとうございます!、でも慣れていますから大丈夫です!」

きっと、聞き分けの悪い変わり者に見えたでしょうね・・。

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登城途中には五輪塔がポツン・・と。

うわ‥しかしホントです・・。
途中から道も途絶え、腰をかがめながら登ります。
なんとかデンプシー・ロールをしながらのヤブ漕ぎで頂上へ。

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ひどすぎるヤブになってますね、・・うん?向こうに何か見えます!

imamine (3)今峰城の案内板を発見しました。\(^o^)/

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「新撰美濃志」によれば南北朝期に今峰又太郎氏光の居城であったと伝わります。
系図から土岐氏の支族であるようです。

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唯一、防御遺構?と思われる竪堀?(多分、崩落・・。)

全体にブッシュ状態なので遺構が掴みにくい城ですが・・。
どうやら切岸も緩く曖昧、本来あるべきところに堀切もありません・・(消滅?)。
後世の貯水施設も南北に2ヶ所みられます。(これは興ざめでした)

果たして城かどうか、ちょっと怪しい感じですね。

かつて草が刈られていた時は遠くに八百津の町や眼下の木曽川筋、人道の丘
そして八百津の奥深い山々がここから見渡せたそうです。
戦国時代には兼山城の狼煙台として機能していた、という言い伝えもあるほどです。

imamine (7)今峰塚にも寄ってみました。

八百津中学校の下の県道沿いには今峰塚がありました。
城主に関連した史跡なので寄ってみることに。
こちらは帰り道に車を走らせながら偶然発見したものであります。

imamine (8)

今峰又太郎氏光の句碑と、今峰夫人の辞世の句が詠まれています。
すみません、勉強不足でこのいわれがわかりません・・
まだまだ八百津町の城址を回るのでまた調べてみようと思っています。

城とみるのは無理がありそうなうえに、見学不能な状態の今峰城。
しかし、「伝承地」としてでも、展望台として再整備してしていただければいいのに・・。
木曽川筋を監視できる狼煙施設としての場所としては確かに適地かと思われました。

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秋晴れの空の下、駒ケ根ハーフマラソンを快走

第5回信州駒ヶ根ハーフマラソン大会に出場

メイン会場:駒ヶ根総合文化センター
平成29年9月24日(日):ハーフマラソン(21.095km) AM9:00スタート
参加人数:4080人(全種目合計)、内ハーフ:2876人

清々しい秋晴れの中、信州駒ヶ根ハーフマラソンに参加しました。
アップ・ダウンが多い最大高低差120mの中を走り抜ける名コースです。
今回もラン友・Y吉さん一押しのお勧めレースに同乗しました。

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先ず・・、駒ヶ根の風景がとても素晴らしかったのです。
美しい2つのアルプスに囲まれ、そこから流れる谷川の清らかなこと。
豊かな実りの田畑と果樹園に農園、荒々しくも雄大な天竜川。

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5回目を迎えた今大会、過去最多ランナーだそうです。
駒ヶ根市の皆さんの歓迎ムード一色に圧倒されそうなくらいです。
どんなコースが待っていてくれるのか、ドキドキです。

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その前に・・、駒ケ根ハーフマラソンの名物といったら、この2つ。

1つ目は「アップ・ダウンヒルトライアル区間賞」の表彰設定があります!
8km地点過ぎにきつい上り下りがが連続し、その区間だけのタイム計測があるのです。
挑戦するかどうかは自分次第!(・・自分はしません、きっぱり。)

2つ目は充実したコース上で振舞われる充実したおもてなし給食です。
地元産の果物をはじめ、いろんなお楽しみが用意されているようです。
これは楽しみです!

2900人近くが町の商店街のスタートラインに並びます。
さすがの大人数!で100メートル以上の行列、大軍勢です。
今回Y吉さんとはゼッケンナンバーが離れており別々のエリアからの出走になります。

それでは、元気にスタートです!

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<スタートから序盤>(1km~4km)

今回は長~い行列のお蔭でゆっくりと周囲のペースに流されます。
スタート地点を過ぎるまで30秒近くかかりました。
このくらいのトコトコペースは心拍を上げながらの、ちょうどいい出だしかもしれません。

1km過ぎ地点辺りからようよくスペースを確保しながら本来のペースに。
沿道のみなさんの応援がものすごくてびっくりしました。
アップダウンはあるものの、どちらかといえば下りのコースの序盤。

4分45秒ペースを守るように周囲の景色を楽しみながら走ります。

<前半~トライアル区間>(5km~10km)

小鍛冶大橋にさしかかると天竜川を渡ります。「うわ、素晴らしいロケーション!」
集団からちょっとそれて川の方を遠回りしながら見に行ってしまいました。(余裕か)
そして振舞われる果物をどんどんと遠慮なくいただいていきます。

・・りんご、・・梨、・・梅。 どれも美味しいのですが、ちと食べすぎかもしれません・・。
中でも、梅を口に入れた瞬間、あまりの酸っぱさに「ゲホゲホ」むせながら走る始末。
隣を一緒に走っていたランナーさんを爆笑させてしまいました(恥)。

食べながら走るのは意外とムズカシイのです・・。

<トライアル区間>

立ちはだかる急坂にめまいしそう・・。
ここは坂本九さんには申し訳ないのですが「下を向いて走ろう」作戦に切り替えです。
よく言えば「体力温存・・」。 でも・・さすがに少し食べ過ぎたようです・・。

なんとか頂上まで走ったところで、なんと、ブ、ブドウの振舞いが!
「いただきまーす。」 ここは当然、食します。(懲りてないぞ)
・・そして東伊那小学校のI君からの応援メッセージを受け取ります。

「頑張って走ってください❕」ですって。泣ける・・。
(こんな食べてばっかりの自分なのに・・)

<中盤>(11km~15km)

駒見大橋を渡って天竜川に再会です。
この区間の河川堤防上は秋風がとても気持ち良く景色の視界も広く最高でした。
左手にアルプスと天竜川、右手にはアイスキャンデーを握りしめ・・。(まだ食べる)

km5分00秒をキープしながらの行楽気分でのランを楽しみます。

<終盤>(16km~19km)

さて、終盤は徐々に上り坂となっていきます。
先程までのお気楽気分はどこへやら・・。急坂に悪戦苦闘。
それでもできるだけペースを落とすことなく努めます。(km5分15秒)

18km地点では駒ヶ根そばをいただきました!
(ここでだいぶタイムが遅れましたが、このお蕎麦は美味しかった!)

<ラスト・スパート>(20km~ゴール)

今まで用意していただいた地元の方の暖かい給食はこの時のため?
商店街が見えだしたあたりから抑えきれないオーラパワーを心肺と足に伝えます。
加速装置に点火、周囲の景色が倍速になっていきます。(今日は調子いいぞ!)

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そして、ゴール!180℃旋回!、コースに向かって一礼! 

走り終えた時も清々しくとても充実感いっぱいでした。
なにより応援していただいた関係者の方や市民のみなさんの笑顔がめちゃ素晴らしかったです。
沿道で励ましてくれた、保育園、幼稚園のおこちゃまたちも本当にかわいかった。

結果:1時間47分07秒
順位:総合300位丁度!、で、部門100位丁度!
ちょうどのラッキー賞で景品もたくさんいただきました。ありがとうございます!


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しかしながらアップ・ダウンヒル区間タイムは散々・・。
Y吉さんがはるかにいいタイムを出されました。
歯を食いしばって出された結果に拍手を送りたいです。

もう、市民の皆さん、総出ではないか?と思われるほどのおもてなしに感激いたしました。
本当にありがとうございました!
すっごく楽しかったです。Y吉さんにも感謝です!



この後はY吉さんおススメの食事と温泉、そして工場見学へと足を運びました。
(信濃先方衆、らんまるさんからのおススメも大変参考にさせていただきました。)

🍚 駒ヶ根ソースかつ丼

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明治亭さんにていただきました。
ごはんが見えないくらいのシャキシャキキャベツにボリューム満点の肉厚豚ロース。
そして、甘みのある秘伝のソースかつ丼、最高に美味しかったです。

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ソースかつ丼のたれも家庭で楽しみたく思い買って帰りました。

♨ 早太郎温泉 こぶしの湯

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こちらの特徴は南向きの明るい露天風呂が2つあるとこです。
1つは適温、1つはぬるく、なが~くつかれます。
そして、何と言っても水風呂の冷たさです!これ、マジで凍りますって!
(でもサウナとの併用が超おススメ、疲れがとれましたよ)

🏭 養命酒健康の森 駒ヶ根工場見学

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自分も寒くなると愛飲している薬用養命酒です。
とても豊かな自然環境に恵まれた地に工場があります。非常にきれいです・・。
ドライバーのY吉さんにはジュース、自分は養命酒を試飲でいただきました。

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その歴史は古く、皆に愛され続けるには徹底した品質管理あってこそのもの。
14種類の生薬も展示され、そこにいるだけでなんだか健康になりそうでした。
もちろんお土産として購入。これを飲んでまた練習も頑張れそうです。

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ご当地ブランドも充実の駒ヶ根、自然も沢山で最高でした。
信州のマラソン大会、本年は安曇野に続く2回目でしたが、ロケーションは格別です。
これからは長野県の他の大会にも出走してみたいですね~。

美濃 御嵩小原城 🏯山中に完在する最前線の城の姿

美濃 御嵩小原城 (岐阜県可児郡御嵩町小原・西山)

今記事では前回の公約どおり、御嵩町の小原城を取り上げていきます。
お隣の加茂郡にも小原城(白川町)が存在しましすので御嵩小原城、と表題しました。

「かくも素晴らしい遺構が残っていたのか・・。」
それがこの小原城に抱いた第一印象でした。

前回の御嵩城は可児川沿いの街道筋に備えられた場所に築城されました。
対して、ここ小原城は旧中山道に近い山中に構えられています。
静かな里山といったやや奥まった集落に位置しています。

minoobara1.jpgなだらかな山容は、城の存在雰囲気を感じ取れない山容です。

御嵩町の観光パンフなどには簡単な説明と位置案内はあるものの・・。
現地へ行ってみても案内標識などは一切ありません。
まずは目印となる白山神社からの登頂を試みます。

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いきなりの石階段(汗)。白山神社参道を登っていきます( ̄^ ̄)ゞ。

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どこか懐かしい匂いと風景だったりします。(*´∀`人 ♪

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白山神社本殿に到着しました。

中南米の遺跡のような石組み様式にも感じられる見事な祭壇です。
神を崇めるそのルーツにはやはり共通点が感じられるものですね。
ちょっとおススメできませんが左脇からかすかな道を辿ってヤブ漕ぎ登っていきます。
(道はなくなる寸前状態・・)

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尾根を進むと堀切がお出迎えです。

堀切は両端が竪堀となって尾根を分断しています。
城域に入ったな、と感じられるわかりやすい遺構です。
しかし、その奥にはさらに大きな堀切が待ち構えていました。

minoobara (18)どうやら二重堀切となって行く手を遮っているようです。(゚△゚;ノ)ノ

山頂方面側の切岸も鋭く、容易な登攀はできません。
後で歩き回って気付いたのですが、ほぼすべての尾根筋には堀切がありまして。
そして、それに連動するような曲輪、武者走りなどが確認できます。

minoobara (12)
途中で見られる腰曲輪、直下には竪堀もみられます。

さすがに手付かずのガサ山だけに撮った写真も訳わからず(笑)。
比較的わかりやすいかな、と思われる写真だけを掲載したいと思います。
まぁ、それが遺構を今現代まで残し伝えてきた理由ともいえますから。

むしろ感謝したいくらいです。
(正直、山中での竪堀群の写真は特にムズいです・・、自分の目で見るのが一番!)

minoobara (4)
主郭の本丸部と思われるピークに到達。

若干、手入れがされているようです。他所と比べると見通しがききます。
後世のと思われる石柱が2本立ち、ここが本丸部と思われます。

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神武天皇遥拝所です。

1940年(昭和15年)は神武天皇が即位した皇紀2600年にあたる年でした。
日本国内で様々行事が行われ、11月10日には国をあげての大式典が執り行われました。
全国の神社はそれにあわせて神武天皇の陵墓である橿原神宮に向けて遥拝所を作りました。
これらが現在でも全国の多くの神社に残っていたりします。

・・豆知識でございます。( ^ω^ )

minoobara (24)
こちらの無銘の石碑は何を意味しているのでしょう?

・・城址を示す石標なんでしょうか(でた、危険な思い込み)
いずれにせよ、城山が戦前までは人々の出入りがあったことを示しています。

minoobara (7)
主郭南端部には櫓台と思われる一段高い空間があり・・、

minoobara (8)
さらに幅の広い土塁状の高まりで仕切られています。

この主郭部は見学しやすく、見下ろす形で全体の構造を把握できます。
派生した尾根や連絡する曲輪などをじっくりと調べていきます。
残念ながら眺望は木々で得られません、地形図で想像するしかないか・・。

minoobara (15)主郭部と腰曲輪を分かつ、高くはっきりした切岸の様子です。

minoobara (16)
主郭部と尾根筋の間に備えた大竪堀。

本来、断ち切るべき尾根を掘り切らず、側斜面に竪堀を備えます。
広場を設け、明かに城の尾根筋との連絡を容易にする意図がみられます。
それはこの城が背後からの攻撃を想定していない縄張りである、ともいえます。

図面の方がわかりやすいと思いまして掲載します。

m-obaranbz.jpg

攻撃が想定される南西筋と南東筋には周到なハノ字形竪堀と曲輪の連動配置がみられます。
図面に落とすと実に規格的な配置であるように思えます。
こういった近隣には見られない遺構は外部の勢力による築城を想像させます。

では具体的にはどの勢力なのか?興味深々です。
地元の伝えや近年の研究からは甲斐武田氏系の前線城砦ではないか、とみられています。
岩村や苗木を手中にした武田軍が織田軍の備えに対して仕寄った城、という見方です。

城主には小倉織部の名が伝わっています。

小規模ながら張り巡らされた防御遺構が武田氏系と類似している点。
御嵩城方面には特に周到なのに対し、兵站確保口(木曽川方面)にはそれが見当たらない。
小倉織部なる人物が在地性不詳であること。

こういった理由も武田氏築城説を後押しするものです。

もしそれが事実だとしたなら・・。
武田氏先遣隊は織田氏の部将、森氏の兼山城のすぐ間近にまで迫っていたことになります。
・・となると東美濃は、岩村城方面からとの2方面からの侵攻を受けていた可能性も・・。

なんだか信長公の背中がゾクゾクしていた様子が伝わってきます。
この城が武田軍の東濃侵攻の足取り・作戦目標を明らかににする貴重な遺構なのか?
そう考えると皆さんもゾクゾクしてくるのではないでしょうか。

minoobara (35)小原城を御嵩方面の南西側から見ますと・・。

冒頭の写真、のどかな集落の里山姿とは違います。

最前線の城砦としての重々しい雰囲気をまとった山容に見えてきます。

美濃 御嵩本陣山城 🏯消滅した遺構が惜しまれる・・

美濃 御嵩本陣山城 (岐阜県可児郡御嵩町御嵩南山・本陣山)

前回は御嵩権現山城を取り上げてみました。
今回はもう一つの御嵩城、御嵩本陣山城(以後、本陣山城)のほうを見ていきましょう。
一般的に御嵩城、というと城址碑と展望台のあるこちら、本陣山城の方が知られています。

honnjiyama (16)国道の東からは両城址が重なって見えます。

ただし、現地の説明版にも書かれている通り、両城を合わせた呼称が御嵩城だということです。
本陣山城にはあって権現山城にはない「御嵩城城址碑」の理由はここにあるのか・・。(一人納得)
それならそうと権現山城にもその説明版があってもよろしいのでは?(しつこいか)

honnjiyama (1)

本陣山城に関しては前回の記事、御嵩権現山城にて触れました。
ほぼ同じ歴史を辿った城、だともいえますが、同じ地区に2つの城。
それぞれに意味をもった別々の目的があったことは想像できます。

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周囲は団地となり、城の尾根裏はすっかり壊変されています。

昭和後期から平成初期にかけての造成工事がなされました。
自分がまだ高校生だった昭和60年代にはすでに背後の山は削り取られていました。
友達と自転車で見に行った時はショックでしたね・・。(しかも立入禁止時期)

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ご覧の通り、ヘリポート並みの広場が確保されています。(意味あります?)

honnjiyama (5)登り口には城址碑と説明版が立てられましたが、これも傷んできてます。

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王宮に上るようなスロープですが、砂利道ではね・・(T_T)。

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登りきると広い曲輪に到達します。手入れはされていますね。

スロープと階段を登り切ると、かつての曲輪が公園となって眼前に広がります。
この曲輪は中央辺りに堀切が存在し、2つの曲輪で成り立っていました。
しかし堀切はすでに失われ、その痕跡ももう解りません。
(平成初期に来城した時はかろうじて確認できた記憶ですが・・)

honnjiyama (8)
御嵩城の鉄筋製展望台。

この展望台のある曲輪の南下、両脇には僅かに堀切の痕跡がみられます。
しかしそれも「言われてみれば・・」という程度のもの。
これでは曲輪自体も大きく改変されている、とみるべきなんでしょうね。

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展望台より主郭の本丸先端部を見下ろします。

honnjiyama (9)
展望台からは御嵩町の町が隅々までよく見えます・・、と言いたいのですが・・。

実際はこちらの風景が何とか木々の間からのぞけるだけです。(ちとがっかり)
かつては自慢だった360℃展望も木々の手入れができないとこうなります。
・・いかんな・・、どうしても辛口な意見になりがちで・・(ノ_<)。

honnjinnyamanbz.jpg

本陣山城は「本陣山」が転訛して「ホンジ山」と呼ばれるようになりました。
いつの時かこの城が一方の本陣となり戦いが展開されたのでしょう。
権現山城との関連性を合わせていろいろ考えてみると面白そうです。

伝説の通り、森長可の策にはまった小栗信濃守によって急造されて落とされた城、と片付けられるのはいかがなものでしょう?。
両城は交通の要衝であった御嵩を押さえる、という共通点があるにせよ、
別々の勢力によって使われたのかもしれませんし、使われた時期も差があるのかもしれません。
もちろん、両城共立の上で敵勢力に対向した場面もあったかもしれません。

今となっては失われた遺構が多すぎる本陣山城。
手掛かりとなる検証材料が少ないのがなんとも残念でなりません。
だからこそ遺跡地区の開発は慎重を要していただきたい、と願う者です。
(地元民の憩いの場所となる、というのは大歓迎なんですよ)

honnjiyama (17)

・・ただ、
この御嵩城に対抗して構えられたのでは、と思われる城が御嵩町小原地区に存在します。
そこには正直、自分も驚いた遺構が山中に存在したのです。

次回、小原城と御嵩城との関係を取り上げてみたい、と思っております。

信州駒ヶ根ハーフマラソン大会への準備

信州駒ヶ根ハーフへの準備

飛騨市での10kmマラソンで適度な刺激が入ったかな?
・・そんな実感を多少は感じつつもすぐに次のレースがやってきます。
9月24日に開催される信州駒ヶ根ハーフマラソン大会です。

実は10月末に大井川でフルマラソンに挑戦することになっております。
段階的に練習内容もレースの内容も徐々に上げていこう、という計画なんです。
計画通りに進めばいいのですが・・期待と不安が入り混ざっている今の心境です。

さて、大会パンフが届きました。
他の大会に比べると随分と分厚い封筒です。
・・一体何がどんだけ入ってるんだろう?・・。

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地元小学生さんからの応援メッセージ入りには感激しました。

送られてきた大会案内は観光案内やランナーさん向けの特典案内など盛沢山!
中でも地元の小学生さんからの直筆での応援メッセージが可愛らしかったです。
とても元気をいただきました、ありがとうございます!

こういった趣向はなかなか、いじらしいですね。
なんかこう、大会に向けて頑張ろうっていう気になってきます。
今回からやる気にさせてくれる新しいニューアイテムも揃えました。

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ガーミン社製のランニングGPSウオッチ、購入です。

ここ4年くらいはエプソン社のGPSウオッチを愛用してきました。
しかし最近ラップタイムを拾ってくれなくなり、いよいよ買い替えることにしました。
購入するにあたって今まで通りエプソン社の後続機種も検討してみましたが・・。

GPSランニングウオッチとして定評のあるガーミン社製も使ってみたかったこと。
ラン友・Y吉さんもガーミン社製を愛用してみえること。
・・などから今回はガーミン社の「ForeAthlete230J」をチョイスしました。

お父さんのお小遣いではちょっと高かったのですが、楽しく頑張れそうです。

さて、駒ケ根はハーフマラソンですが起伏の激しい難コースらしいです。
自分としては敢えて記録は狙わず、10月の本命フルマラソンに向けて
組み立てたペースで走り切ることを目標に挑みたい、と思っております。

グッドデザイン賞の美しい丹生川ダム

丹生川ダム (岐阜県高山市丹生川町折敷地) <神通川水系荒城川>

飛騨市神岡町にてマラソン大会を終えた足で丹生川ダムへと向かいます。
会場からは最短距離といっても1時間、途中所々ダート道もありました・・。
Y吉さんと大会内容を振り返りながらコーナーを攻めていきます。

谷川に沿ったカーブの連続、民家も数件しかありません。
さすがに疲れも出てくる時間帯ですが、おっ!、キラキラした湖面が見えてきました。
そして次の瞬間、疲れも吹き飛ぶ景色が飛び込んできました。

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どうやら到着したようです、この瞬間を待ってたぜぃ!o(^▽^)o

湖面をなでる、そよ風がキラキラと眩い光となって翠明感をだしています。
早くダム堤体も見てみたいのですが、しばしこの景色を味わいます。
ダムの底となった五味原集落もきっと美しい村だったに違いありません。

nyuukawadum (8) 湖は「五味原湖」、と名付けられました。

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湖面からのダム堤体を眺めます。

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石碑です。(自分の大好きな)

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サイドエッジ部からの正面堤体。まだ真新しい感じが伝わってきます。

丹生川ダムは、平成24年に運用を開始した新しいダムです。
自分がダムカードを集め始めた頃にはまだ完成しておりませんでした。
故に、今回はなんとしてでも見学したい垂涎のダムでもあったのです。

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美しい写真のダムカードにうっとり&感激っす!

カードの左上の表示があるようにグッドデザイン賞の受賞しているダムです。
Y吉さんともびっくり!ダムにもグッドデザイン賞ってあるんですね~。
それではどんな所が選考基準となったのでしょうか、見て参ります。

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膨らみを持たせた中央部は厚みがあります。

写真では判りづらいですが、直線ラインの中に緩やかな曲線をもたせています。
確かに、他ではない特徴的な形に見えますね。

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天端は車両通行ができ、路肩からの景色も楽しめます。

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遠くの集落と下流部を眺めます。

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減勢工にはものすごい勢いで、河川維持用水が放流されていました。

轟音とともに斜めに放たれている側面砲のような放水。
その迫力にY吉さんと絶叫してしまいました。

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三枚の導流壁が下部にいくほど絞り込まれたお洒落な形状です。

Yシャツにスーツ、コートを重ね着し、細めのネクタイをビシィ、と決めたようなフォルム?。
全体としてかっこいい表情を呈しております。
さすが、グッドデザイン賞でございます。

カッコいい現代建築デザインの中に湖水を包み込む優しい雰囲気があります。
周辺の山々や湖の景観が清々しい丹生川ダムでした。


♨荒城温泉 恵比寿之湯

さて、ここ丹生川ダムの直下の下流沿いには隠れた名湯もございます。
♨荒城温泉・恵比寿之湯です。
ここはマラソンの疲れをとるにも、もってこいです。

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日本でも数少ない二酸化炭素値:1158pmの遊離炭酸温泉(だそうです)。
先ず、驚いたのが浴槽の周囲が温泉の成分で棚田のような段々模様になってます!
そしてお湯に浸かると肌が若干ピリピリしてきます。

おぉっ!、効いてる、効いてる、・・最高です・・。

このお湯に入るため遠く県外の方からもファンがお見えになるようです。
木造平屋のトタン葺き簡易施設ですが、お湯で勝負、という感じです。
自分としても超おススメの温泉でございました。

飛騨神岡・山の村だいこんマラソン大会に出場

第19回 山の村だいこんマラソン大会に出場

会場:岐阜県飛騨市神岡町森茂:山之村高原
平成29年9月10日(日):10kmマラソンほうれん草コース AM9:50スタート
特別参加:為末大さん

飛騨市神岡町で開催された山の村だいこんマラソン大会を走ってきました。
地図で確認するともう富山県との県境近くという秘境の別天地?です。
高山市から車でさらに1時間以上かかりました。

daikonn2017 (3)「だいこん、ほうれん草、とまと、たんぽぽ、」と田舎らしい素朴なネーミングコース揃い。

会場は山之村高原という開けた耕作地一帯で、標高は950mと高地です。
といっても周囲をさらに高い山々に囲まれており、とても爽やかな里山そのもの。
そしてなによりこれ以上ない晴天でちょっと暑いくらいでした。(スタート時:25℃)

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今回はなだらかな、ほうれん草10kmコースに出場です。

今大会はハーフマラソンがメインなのですが高低差が結構激しいコースです。
お誘いしたY吉さんとも検討はしてみましたが・・。
やはり行き帰りの移動時間や体力消耗を考慮して10kmをチョイスしました。

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川の水がとても透き通ってきれいでした。

今回の目標タイムは初めて挑むコース、ということもあり46分20秒を目指します。
一人だと緊張しますが、Y吉さんが横にいていただくとなんか落ち着きます。
スタート1分前、・・ざわついていた雰囲気は一変、静寂に包まれます。

それではスタートです。

<序盤>1~3km

何を思ったのか先頭集団に釣られてのロケット・スタートしてしまいました。
緩やかな下りだったことも手伝い、ハイペースが抑えられません。
しかし、そんな練習・対策はしてきておりません・・。これが直後から響く事に・・。

km/3.50分、km/4.05分なんてラストスパートのペースじゃないか・・

<中盤>3~6km

当然のことながら・・完全にペースダウンしました(笑)。
折り返し地点でなんとか通常ペースを維持しようと上げてく試みもしましたが・・。
後半は緩やかな上りになることを全く頭に入れていなかった(おバカ!)。

<後半>6~9km

序盤で稼いだ貯金はとっくにチャラになりました。代償は大きかったのです。
それどころか今や予備エネルギーも発動命令に応えてはくれません。
苦しく、辛い後半になりました。・・でも苦しい時は苦しさの醍醐味があるのです。

<ラストスパート>

どんなに窮地でも、冷静に自分に問いかけ、実力内で最善を尽くします。
どうすれば目標タイムでゴールできる?それはピッチを上げることでした。
ラスト1kmは歩幅を詰めて歩数を稼ぎます。スプリントができないからです。

<結果>

なんとかしての46分06秒は逃げ切った、という結果です。
しかし、当然自分的には不本意です。それはタイムにではありません。
自分のレース運びに反省するばかりなのでした。

daikonn2017 (11)

Y吉さんも程なくゴールに入ってきました。
ここのところはコンスタントに好成績を出してくるY吉さん。
常に前向きで綿密に練習や大会に打ち込む姿には励まされてばかりです。

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目標タイム内で走れたことには満足しないといけませんね。
写真提供:Y吉さん

さて、今月は24日(日)に信州駒ヶ根にてハーフマラソンも控えています。
今回での反省を教訓として練習に活かしていきたいところです。
そういった意味では実にいいスイッチが入った今大会でありました。

だいぶ遠かったですが、はるばる走りにきた甲斐がありました。
大会役員様方、そしてご一緒できたランナーの皆さんに感謝いたします。
「また来たいな」、と思った大会でした。(今度はハーフか・・(恐))

この後は・・
Y吉さんとはダム、温泉、グルメ、城、と贅沢三昧。
マニア向けフルコースへと出走するのでありました。

美濃 御嵩権現山城 🏯白蛇の降らす霧に守られた霧隠城

美濃 御嵩権現山城 (岐阜県可児郡御嵩町御嵩城町・権現山)

9月になって朝夕が急に涼しくなってきました。
日中はさすがに残暑が厳しいのですが、木陰ではひんやりした風が吹き抜けます。
山城の季節がやってまりましたね。

今年の春に御嵩町にある御嵩城を訪ねてみました。
遠征やらマラソンやらで延ばし伸ばしになってしまった地元の城を取り上げます。
郷土の英城たちにスポットを当てていきたいと思います。(やっとここまで来れました)

・・さて、「御嵩城」、というと地誌や口碑などから2つの城が存在します。

1つが、権現山山頂とその一帯に築かれた、御嵩権現山城
そしてもう1つが、「ホンジ山」と訛って伝わる、御嵩本陣山城です。
一般的には展望台が設けられた本陣山城のほうを御嵩城、と呼んでいるようです。

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可児川に面した2つの御嵩城、両城の距離は約500mと至近距離。

これだけ離れていると居館と詰め城、という図式は当てはまらないような気がします。
つまり、本城、支城の関係にこそあるにせよ、別城同士である、といえそうです。

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北東からみた権現山城が今回取り上げる御嵩城です。

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御嵩権現山城は金峰神社とふれあいの森として整備されています。

車で南側の駐車場まで行くことができフリーで利用できます。
残念ながら城址であること示すような標柱や案内板は設けられておりません!
そこはちょっと反省して改善していただきたいものです・・。

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可児川方面から徒歩で登りたい方には遊歩道もあります。

時代によってはこちらの道が大手道だった可能性もあります。
後でのべる、二の郭と出丸の間を通り抜けるコースだからです。

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主郭本丸へと続く急階段を登っていきます。

駐車所から北側の山が本丸と呼ばれ、こちらから見学していきましょう。
中学校の部活の時にウサギ飛びをやらされた自分にとってはあまり見たくない急階段。
しかし、差し込む光の向こうに本丸が待っている、となるとブーストアップするのです。

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主郭本丸部に相当する金峰神社には広い削平地があります。

ここに城址碑があったら最高なんですが・・ね。

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裏の奥にかけて本殿が置かれています。

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掲げられた、龍に注目。ねじり木を上手く利用して彫られています。素晴らしい秀作。

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本丸からは御嵩街道筋や小原方面まで見渡すことができます。

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本丸周囲の切岸は特に斜面が鋭く仕上げられています。

木につかまって昇り降りするのがやっとの急斜面。
本丸の周囲には少し下ったところに複数の腰郭が確認できます。
侵入が危ぶまれる東側から南側にかけてには土塁が伴う郭が備えてあります。

権現山城には南に出丸、と呼ばれる遺構もありますので向かってみます。

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本丸と二ノ丸をつなぐ部分には土塁で塞ぐような喰い違い虎口もみられます。

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本丸の南郭との間の堀切から~の竪堀へ。

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こちらの南側の郭には端部にコの字型の大土塁もあります。

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冒頭で記した大手道らしき道はこの底間へとあがってきます。

先程の大土塁を備えた南郭と出丸の間、直下を通ることになりそうです。
この場所にはおそらく城門や木戸が構えられていたことが想像できます。
そして、この場所が出丸との連結部となる重要な地点となっています。

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本丸部と出丸部をつなぐ連結部を示す案内。

それにしても「本丸」や「出丸」という案内表現を使っているということは・・。
ここが城址、という認識がある、ということでしょう。
・・何故に城址碑を立てないのでしょう?(しつこいですが・・)

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見学しやすい出丸郭と、20メートル以上に及ぶ土塁が見事です。

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斜面には畝状竪堀群がみられますが、う~ん、写真では上手くお伝えできましぇん・・。

主郭部と出丸部だけでも城域の広さがわかります。
公園化や住宅地造成で破壊された部分も含めればもっと広かったのでしょう。
出丸の南にはまだまだ遺構があった模様です。

御嵩城は城主を小栗信濃守としています。
信濃守は天文21年(1552)、甲斐武田氏の臣・平井頼母らと岩村遠山氏と一戦を交えます。
しかし敗退し降伏。以後武田氏に属する事になったといいます。

また地元の伝承によれば・・

小栗信濃守は御嵩権現山城に拠って兼山城の森長可と度々争ったようです。
しかし、城が危うくなると城山の麓の井戸に棲む 権現の使者、白蛇 が霧を降らして城を隠し守りました。
さすがの鬼武蔵・長可も攻めあぐんだようです。

そこで・・長可は奇計を巡らして、城主小栗氏に新たに西方の本陣山に新城を築かせます。
しかし、この本陣山城も完成直前に長可に攻め寄せられ、ついに落城してしまったそうです。
当然、神通力の加護は得られませんでした・・。

「これが長可殿のやり口かぁー!!」

また天正2年(1574)には、明知城救援に向かう途中に織田信長・信忠親子はこの城で宿泊。
恵那郡の武田勝頼勢の状勢を把握したようです。

小里城(瑞浪市)と鶴ヶ城(瑞浪市)が東濃口の最前線であったように、
ここ御嵩城(御嵩町)と兼山城(可児市)が中濃口の要であったことが想像できます。

それにしても森長可は一体どういう条件で信濃守の退城を促したのでしょう?
信濃守に限らず、似た内容で城を明け渡すよう迫られた城主は他にも伝わります。
それは誰でしょうか?、・・追ってまた記事にしたいと思っています。

城址碑がなかったので(まだ言う)、自作の図面を転載してみたいと思います。

mitakezumen.jpg美濃 御嵩権現山城縄張り図 作図:久太郎



初秋の奥飛騨を走ってきます

山の村だいこんマラソン大会に出場します。

9月になって残暑はある、というもののすっかり涼しくなってまいりました。
この秋から冬にかけてはマラソン大会への参加がハイペースで入っています。
‥自分でも「どうした?」というほどの意欲的なスケジュールです。

それでも7月末に福井県南越前にて10kを走ったせいでしょうか。
その余韻?で8月も比較的サボることなくランを重ねてこれました。
但し、今年の8月は朝夕の大雨が多く、思うような練習はできませんでしたね。
(途中で降られグショ濡れになって帰ってきたこと、何度かあり(笑))

そんな初秋の1ッ発目を飾る大会が奥飛騨で開催されるだいこんマラソン大会です。

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写真:山の村だいこんマラソン大会実行委員会事務局様 大会パンフより転載

「地図にない村」というようにかなり山奥の里山で開催されます。
今回はラン友・Y吉さんとご一緒しますので気合も入ります。
Y吉さん:「近くに城址はないの?」

「ありますよ・・。でも今はマラソンの事だけを考えたいんです。」
皆さんは、友達の前で見えすいたウソをついてはいけないのです。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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