美濃 大博士城 🏯静寂に包まれた隠れ家的な山塞

美濃 大博士城 (岐阜県中津川市蛭川柏ケ根大博士・城山)

「大博士城」、その名を一度耳にすれば、深く印象に残るネーミングです。
蛭川村の長閑な里山の奥地にひっそりとしている小城址です。
何度か訪問したのでちょっとご紹介してみたいと思います。

daihakase (12)
柏ヶ根の美しい石垣棚田もよい景観です。

柏ヶ根川にそって上流部へ向かって農道・林道を進んでいきます。
キャンプ場まで進むと私有地主張の石碑がありますので車は下の退避場に駐車しました。
(私有地を無断で通過することになりますので事前連絡が理想です。)

daihakase (1)
ここから先は私有地です、という石碑です。

城址の石碑ではありません!(残念!)
ここから先へは進入しないようにしてその手前から城山へ向かって歩きました。
・・といってもそちらも私有地であろうことに変わりないのですが・・。

daihakase (8)
正面の山が城山、進行方向から見て左側の山に向かいます。

無断通過に罪悪感や抵抗がある場合は城址背後の林道からも辿れますが・・
こちらは地形図とスケールの読み込み感覚が必要ですのでレベル高し、です。
辿るべき尾根を間違えるとさまようことになります。

daihakase (2)
城址背後の林道からの入口、といってもわかりずらいですけどね・・。

daihakase (6)
湿地帯や沢を越えて行きます。(長靴の威力は絶大)

登山道などというものは既に消滅しており、尾根直登に賭けます。
それほどの急勾配でないのが救いでしょうか。
‥本当にこの上に城址が存在するのか?半信半疑、期待と不安の登攀です。

daihakase (5)
主郭部に到着、張られたビニールテープは止山主張かもしれません。

主郭頂部はやや曖昧ですが平坦な曲輪が確認されます。
主郭より下部の腰曲輪になるほど削平が不明瞭となり自然地形に近くなっていくようです。
それでも空間的には曲輪として使用されたであろう感を受けます。

daihakase (4)
不明瞭ながら腰曲輪と切岸が確認できます。

daihakase (11)尾根背後を堀切で仕切っています。

daihakase (9)堀切の内側(主郭部側)には一部石積遺構が確認されます。

目立たない場所にあるだけに確認できた時は感動しますね!
切面に沿って垂直に積み上げられているのですがこれを「野面積」、と表現するには抵抗が・・。
おそらく土留め用の補強積、といった見方が適当でしょう。

daihakase (10)
狭い部分ですが、見方によっては迫力もあり、です。

daihakase (3)
石積と見られるものは主郭部南の竪堀状遺構の基部も見られます。

図面にて紹介したいと思います
スキャン_20180429

城は周辺を大きな山々で囲まれており、直接的に支配するような集落とも距離があります。
一種独特で隠れ家的な立地にあるのが特長です。
いざという時の村々の避難施設だったのか、築城由来に興味が湧いてきますね。

daihakase (13)遠目から見てもその位置が確認しずらいのも特徴です。

大博士城の城主として曽我幸慶が伝わっています。

いつの時代のどのような立場の人物なのかはよくわかっておりません。
蛭川村をはじめ恵那郡笠置山一帯には南北朝の親王伝説(尹良親王?)が伝わります。
その親王に供奉した者の中に曽我幸保の名があることも繋がりがあるのかもしれません。

そしてその城名の由来ともなった「大博士」、頭のいい指導者的人物がこの地にいたのでしょうか?
また飛鳥時代の律令制官職に大学博士(だいがくはかせ)の称号が見られ関係しているものか?
城主と伝わる曽我氏が飛鳥時代の蘇我氏から転じているのなら・・とも想像してしまいます。

城山は別名を「曽我城」とも呼ばれるようです。

daihakase (7)

静寂に包まれ、全体像をあらわにすることがない隠れ家的な城砦。
昨今ではアプリなどでお城ファンの間で少しだけ知られるようになりました。
・・でも今少しこのままそっとしてあげたい城址、そんな気持ちになった大博士城でした。
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真夏の陽気!ぎふ清流マラソンにて快走してきました。

第8回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン

メイン会場:岐阜メモリアルセンター発着
平成30年4月22日(日) ハーフマラソンコース 第1ウェーブAM9:00スタート
参加人数:11300人(全種目合計)

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最高気温が30℃に達しようかとする真夏の陽気、ぎふ清流マラソンを走ってきました。
第8回目となる憧れの本大会に念願叶ってのエントリーでした。
エントリー情報等、お誘いをいただいた走友・Y吉さんのおかげさまです。

大会1ヶ月前はお仕事が多忙な期間でしたが、走る時間だけは確保することに努めました。
「忙しい」=「心が亡くなる」、とはよく表現したものです。
そんな時こそ、自分と見つめ合う走る時間の大切さを感じて練習してきました。

今回もY吉さんとの出場、ということで早朝にお迎えにあがり会場へ向かいます。
Y吉さんはフルマラソンで足の膝を痛めて以来、練習に対して少し消極的になっていたようでした。
今回の大会をきっかけにまたスイッチが入ってくれるといいのですが・・。

さすがに一万人以上が参加する大会です。
会場もコースもランナーさんやスタッフさんたちで埋め尽くされています。
大会長の高橋尚子さん、野口みずきさん、川内優輝さん、招待選手の方々・・。

素晴らしい大会を皆さんと一緒に走れることに気分も高揚してきます。
暑さに弱いY吉さん、どうかな?今回も昇天しちゃうのかな?
とりあえず一緒の出走グループにてスタートしました。

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<序盤>

混雑して進めないのでは?と予想していましたが案外スムーズに流れていけます。
走力レベルでグループが組まれている効果でしょう、出だし快調です。
驚いたのは沿道の応援者の多い事、ブラスバンドの演奏、すごく励まされました。

そして見渡す限りの前を走るランナーさんたち!

マラソンが個人競技でもあり、団体競技でもある、・・そう感じた一瞬でした。
ラップタイムはほぼkm/4分40秒~50秒で安定してきました。
普段なら車で通る道が今日はラン・コースに・・、なんか変な、どこか贅沢な気分です。

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4km折り返し地点、黄金の信長公

<中盤>

長良川の川沿いに戻り、川原町界隈の街並みを見渡しながらのラン。
江戸時代に川湊として栄えた古民家を見ながらの心地良いコースです。
沿道の皆さんの応援やおもてなしが嬉しくて、いろいろ口に頂いちゃいました・・。

沿道からの精一杯の応援がとても嬉しくって元気がでました。

そして清流、と呼ぶにふさわしい美しい長良川と雄大な山々の景色。
岐阜に、美濃に生まれ育ってホントに良かったな~。
そして雄々しい稲葉山の岐阜城、素晴らしいロケーションの中を味わい、走ります。

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<終盤>

長良川の右岸を走ります。暑さはありますが、とても気持ちがいいです。
ここは以前Y吉さんと3時間走を共に走った、まだ最近ですが思い出のコースです。
この時点での辛さやこれといったトラブルもなく、快調に走れています。

そして、高橋尚子さんがコース中央でランナーたちとハイタッチ!

ここでQちゃんとハイタッチしたランナーさんたち、みんなペースがあがっていきます(笑)。
皆さん、元気を貰ったようですね、残り3km、絶妙なタイミングでの激励です!
自分も余力をラストに向かって放出していく準備を整えます。

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<ラスト・スパート>

いよいよ金華橋に戻り、メモリアルセンターへと向かいます。
最後の最後まで沿道からの大きな声援、励ましが本当に有難かったです。
徐々にペースを上げて腕を振り、脚の幅幅を広げていきます。

競技場の中を一心不乱にゴール目指して駆け抜ける!

ゴール手前で野口みずきさんがハイタッチをしてくれています。
‥おっと・・、スピードが速すぎて、気付いたら通り過ぎていました(笑)。
そして、そのスピードを維持したまま大手をあげてのゴール。

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gifuseiryu2018 (5)記録は1時間41分48秒楽しい時間でした!。

平坦でとても走りやすかったですし、沿道の方々のおもてなしと声援は最高でした。
長良川と岐阜城、岐阜の名所、ロケーションも爽やか・・。
・・でも、ちょっと暑かったかな?

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Y吉さんを待つ間、ちょっとつまみ食い・・。

暑い中でも汗びしょになって猛走しているY吉さんを見つけ応援します。
いつも自分に走りスイッチを入れ続けてくださるY吉さん。
走っている姿は実にカッコいいです。いい男というのはやっぱ汗が似合いますね(´∀`*)。

今回の大会で再びスイッチが入ってくれたようです。
早速、次の、そのまた次の出場レースへの意欲を感じる熱いトーク。
それが自分のことのように嬉しい気持ちになりました。

さぁ、次はいよいよ富山県黒部市にてフルマラソンに挑戦です。
今回の疲れをとったらまたゆっくりと走り始めたいと思います。

大会を盛り上げてくださった沢山のボランティアやスタッフの方々、
励ましてくださった方々、共に走ることができた全てのランナーさんたちに感謝いたします。

美濃 中尾砦 🏯笠置峡を見澄ます孤壇の砦

美濃 中尾砦(中尾丸) (岐阜県恵那市長島町久須見中尾・丸)

木曽川が深い峡谷となって続くこの地域一帯は未だ秘境地帯といってよいでしょう。
発電用ダムの適地として大井ダム、笠置ダム、丸山ダム、兼山ダム等が建設されました。
嵩上げされた峡谷内部に取り残され、人知れず眠っている城砦も多いのです。

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恵那峡~笠置峡~深沢峡~蘇水峡と続いていきます。

今回はそんな中でも比較的寄り付き易い中尾砦、通称「中尾の丸」を紹介したいと思います。
久須見集落の本郷から木曽川左岸のせま~い林道をひたすら進みます。(落石、木の枝、散乱)
行った先は行き止まりですが民家が数軒あります。

nakaomaru (2)対岸から見るとわかりやすい岩山尾根が中尾の丸。

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途中、沢にかかるコンクリート橋の袂に車を駐車(軽自動車ならOK)、登って行きます。
※地元集落の方々が使われる唯一の連絡手段道、邪魔にならないように・・。

予想どおり登山道はなく、足元の悪いゴツゴツ斜面をほぼ直登することに。
木を掴み、岩をたぐり、全身ストレッチしながらのクライミング(これはお好みで)。
谷川にそった奥から登った方が登りやすいようです。

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こんな切り立った崖もありスリリング。

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尾根状先端部に到着すると物見岩に恰好の岩があります。(木曽川筋がよく見えます)

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尾根先端部の堀切状の遺構。

ここから主郭部に向かって何段かの小さな曲輪が配置されています。
スロープ状になった連絡道も見られ、曲輪間との繋がりがみられる配置になっています。
全体的に細い岩尾根をよく幅を確保して普請した感を受けます。

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法面の切岸もよくかけられています。

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主郭部周囲の帯曲輪を武者走りで連絡できています。

nakaomaru (7)主郭部(本丸)周囲の切岸。

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一部では石垣の址も見受けられますが、現地での調達石を積み上げたものでしょう。

nakaomaru (11)背後を断ち切る驚愕の大堀切。

幅は10メートル、深さも8~9メートルはあろう、大堀切です。
しかも両端部は竪堀となって深い谷底まで続いています。
この強烈な遮断意識はなんなのでしょう!

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大堀切から続く竪堀南側。

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同じく大堀切から続く竪堀北側。

いずれも丸型彫刻刀で「ザックリ」と削り落としたような大竪堀です。
目視できる限り下まで続いているようですので、それぞれの終了先端部まで降りてみます。
長~い竪堀であることも判明しました。(往復キッツイ・・)

nakaomaru (9)中央には土橋が架けられ背後の山へとの連絡道が確保されています。

木曽川方面からの明瞭な登山道がないのに対して、尾根筋には明瞭な筋道が・・。
背後の峰頂上まで登ってみましたが、頂上にはこれといった城郭遺構はありませんでした。
・・しかし地形図上では、ある城へとつながっていることがわかりました。

この事に関してははまた後日・・。
作図した縄張り図を図示します

nakamaruzu.jpg細尾根上にはその地形故からか、この砦の特徴が詰まっています。

まず、非常に等高線が密になっているように断崖上の細尾根に築かれていることがわかります。

1.主郭部にも居住スペースは確保されていないようです。
2.物見岩(尾根先端部)からは木曽川の上流・下流の眺望が非常によく利きます。
3.等高線に沿うように帯曲輪を取り巻いています。
4.各導線にスロープを利用したパターンを採用しています。

中尾砦の城主や城歴はよくわかっていません。
しかし、この地に築城した理由があるはずです。
地表面の観察からはある程度のメッセージを受け取ることができそうです。

複数のダム建設によって河川沿いの集落間の交通は寸断されました。
地図上で木曽川右岸に唯一確認される国道(418号)も今や酷道。
笠置ダム~深沢峡間は復旧の見込みもない通行止めになっております。
(新丸山ダム建設による嵩上げでこれも水没予定)

古くからの河川交通の形跡は消滅し、周辺一帯は時が止まったかのよう。
そんな中、確かな形跡と僅かな伝承で伝えられる城砦。
丹念に調べていくことで新たな発見があるやもしれません。

美濃 上飯田城(比久見城) 🏯いつ頃の、誰の、何のための城?

美濃 上飯田城(比久見城) 
(岐阜県加茂郡川辺町比久見、加茂郡八百津町上飯田・鳶巣峰)

市町村境の尾根状に位置する城砦というのは、それぞれから固有の名称で呼ばれたりします。
〇〇村からみると○○城、お隣の△△村から仰ぎ見れば△△砦、というように・・。
そのため、複数の別々の城館なのか、同一の城館なのか、紛らわしい場合もあります。

今回取り上げました上飯田城も、その例に相当します。

川辺町と八百津町にまたがる尾根状に位置しているため公式名?としては「上飯田城」ですが、
北麓の川辺町比久見地区からは「比久見城(ひくみじょう)」 と呼ばれ(しばし当然です)、
南麓の八百津町上飯田地区からは古来より「鳶巣峰城(とびすみねじょう)」と呼ばれています。

しかし・・今となっては、その存在・呼び名は地元民の方々もほぼご存知ないようです。

hikumi1k.jpgお姿全体は比久見地区からのほうが確認しやすいです。

場所は比久見地区からなら妙楽寺の裏山、八百津町地区からなら正宗寺の裏山、となりますが・・。
残念ながら登山道は消え失せ、これといったルートがございません。
米田城と尾根上では繋がっていますが、起伏もブッシュも多く、アプローチには不向きです。
(自分も試しに複数のルートで挑戦してみました)

hikumi (7)個人的に一番とりつきやすいと思われるルートです。
(※ルート線と城名・城域範囲線は加筆しております)

妙楽寺の北谷を流れる寺洞川に沿って寺洞林道を奥まで進み・・、(勿論、徒歩で)
地形を見ながら尾根上に向かってひたすら直登!です。
無事に城跡に着けるかどうか、楽しみでもある最短ルートです。

hikumi (3)わかりずらい遺構ですが、頂部(本丸)の壇の様子です。

若干の石組み崩壊らしいものもみられますが、積極的には判別できません。
全体を切岸と腰曲輪のみで形成した普請量の少ない城です。
一時的に使用されたためでしょうか、堀切が見当たりません。

hikumi (4)西曲輪の中央には尾根に沿って仕切り土塁が東西に延びています。

このような遺構は他ではあまり見られないですが・・。
細尾根を敢えて区分けすることにどんな意味があるのか?
考えると面白い特徴的な遺構といえましょう。図面を下に紹介します 

tonnbi.jpg防御面では特筆する点も見当たらい簡素なつくりです。
(尾根筋の鞍部にも堀切なし)

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土塁によって中央でそれぞれに分けられた曲輪の様子。

上飯田城は、南北朝に、高師直・師泰兄弟の高師泰によって構えられた砦、と伝わります。
しかし、伝えられる師泰がいつどういった理由でこの地に砦を築いたのかは不明です。
・・要は鵜呑みにできない、信頼性乏しい伝承、ということです。

防御面遺構が弱いのは、そもそも戦いとは別、目的が違うことを示しているようです。
狼煙や旗等の伝えの城、であったとか、単に村の駆け込み非常施設であったものか・・。
いずれにせよ、収容人員も限られ居住スペースも備わっていない規模です。

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主郭部からの眺めは枝まるけですがなんとか確保。

文字通り「鳶の巣」に相応しい小峰、といった感じの上飯田城。
真南に兼山城が見える、っていうのも気になるんですけど。。
尾根でつながっている最寄りの米田城は目視できない。。(う~ん・・、謎だ!)

兼山城とセットで兼山ダムへ

兼山ダム (岐阜県加茂郡八百津町和知針田) <木曽川水系木曽川>
形式:重力式コンクリートダム

春うらら・・城と花見とダムめぐり・・。(疲れてんのかな・・(´・_・`))

前回に引き続き「城とダムのセット」シリーズ第2弾として兼山ダムへ訪問しました。
関西電力ダム系の代表的なフォルムが特徴です。
「日本の近代土木遺産」にも選定されているように正統派の堤体がカッコいいのです。

kanedam (2)14門のラジアルゲートが整然と居並ぶお姿・・、硬派です。

木曽川筋の大井、笠置、兼山、川辺、今渡と続くダム群は兄弟のように似ていますね。
それぞれの地形にあった姿にふさわしい堤体で、仕事ぶりも渋いです。
一度まとめて並べ比べると面白いと思いますので、・・やってみましょう!(いつか・・)

kanedam(3).jpg 望遠にてマックスまでよる。

kanedam(4).jpg本日は豪快な放水音が間近に聞こえてきました。

あ・・、書き忘れましたが、兼山城とセットで、というお話です。

「兼山城」ですが、城址碑の文字も、昨今の書籍も「金山城」と表示されるのが一般的です。
あくまで自分的には由緒正しい「兼山」のほうを採用しております。(こだわり)
だって、「金山城」って全国にいっぱ~いあるじゃないですか。
(君の考えは間違ってる、というご意見ございましたら、コメントにてお待ちしております)

そんな「兼山」論を後押ししてくれる心強い味方、兼山ダムでした。

米田城とセットで川辺ダムへ

川辺ダム (岐阜県加茂郡川辺町西栃井) <木曽川水系飛騨川>
形式:重力式コンクリートダム

米田城の山頂から見下ろした時に足下にダム湖があることに気づきます。
今回は米田城→川辺ダム→御菓子処の養老軒さん(家族へのお土産に・・)と一周ルートです。
養老軒さんの「ふる~つ大福」は美味しいので家族への献上品?として喜ばれます。

kawabedam (5)左上に米田富士の米田城と重なって見られる位置から(^-^)/

山城とダムがセットで楽しめる場所は探すと結構あるものです。
悲しい事にダム湖に沈んでしまう悲運な城も当然ありますね・・。
そして渇水期に行くと出会えるような城もあります。

右岸側(写真ではダム堤体左脇)に弧を描くように魚道と舟筏路が見られます。
・・使われているかどうかは別ですが・・。

kawabedam (4)
放流設備 ローラーゲートが12門ならぶ、案外大きなダムなんです。

kawabedam (3)
「立ち入り禁止」ではありませんが、関係者以外の立ち入りは控えないとネ・・。

kawabedam (1)
河岸段丘の様子が良くわかる景色です。

遠くに横一列に並んでい見える山並みは地元で「幕引山」と呼ばれる河岸段丘です。
カーテンのように同じ高さが続くことからこう呼ばれています。

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川辺ダム発電所を見下ろします。流木などもここで処理されます。

kawabedam (6)
下流域には面白い突き出した岩がたくさん見られます。

youroukenn.jpg
そして家族への献上品をお買い求めです。

養老軒さんでは大福も美味しいのですが生どらやきや饅頭などもおススメです。
季節商品は午前中に行かないとすぐに売れ切れてしまいます。(時に長蛇の列・・)
献上品は家族の笑顔と円満な生活に欠かせない逸品であります。

「お父さん、また城に行ったら買ってきてね~!」
・・その一言を待っていました!(ガッツポーズ)
次なる城攻めの布石、先ずは家族の懐柔策から・・、ですネ(。-_-。)。

ぎふ清流ハーフマラソンを走ります!

高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソンへの準備

今年二度目のハーフマラソンは地元の岐阜市を走ります。
今回で第8回目となるこの大会ですが、出場するのは初めて。
エントリー枠も半日で定員に達してしまうという、人気の大会です。

エントリー開始直後に気合で申し込みました。
一度走ってみたかったので無事にエントリーできたときは嬉しかったですね。
それと同時に、しっかり練習しないとな、という引き締まる思いにもなりました。

main2018_170924.jpg高橋尚子杯岐阜清流ハーフマラソン大会公式サイトより画像経由

2014年には国際陸上競技連盟(IAAF)シルバーラベルを取得、
2016年には日本のハーフマラソンで初めてゴールドラベルを獲得しました。

多くの方々に愛される岐阜を代表する大会になりましたね。
岐阜出身で大会長でもある高橋尚子さんが掲げる想いとして、
このレースを通じての社会貢献活動があります。

スポーツを通しての社会貢献、自分も賛同し、微力ながら協力できたらな、と思います。
んでもって、やはり地元の岐阜城を仰ぎ見ながらのランも楽しみです。
今回は記録にはこだわらず、「走る喜び」を抱いてゴールすることが目標です。

2018spr (5)
いつものランニング・コースがだんだん春めいてきました。

2018spr (1)
満開の桜を楽しみながらのジョギングはついつい高揚してしまいます。

2018spr (4)今年もまた会えました、いつもの周回コースが華やいでました。

美濃 下麻生城 🏯断崖絶壁!足元注意!

美濃 下麻生城 (岐阜県加茂郡川辺町下川辺・遠見山) <町指定文化財>

うららかな早春、「山城に出掛けたいよ~」、との気持ちを断固阻止する繁忙期・・。
それでも気持ちに嘘はつけず、無理くりにでも時間を作るいとしき我が身・・。
きちんと仕事をして、きちんと家事をこなし、胸を張っての城めぐりです。

今回の訪城は飛騨川沿いにそそり立つ「遠見山」こと下麻生城です。
屏風のような垂直な断崖上に備えられた天険の城砦です。
少々、危険な匂いもしますが、冒険心、好奇心がそれを跳ね除けるのです。

simoasou (8)下麻生城の遠望、決してボルダリングに来わけではありません。

人は勿論、獣さえも寄せつけない絶壁です。
さて・・、どうやって登ったものか・・。
この手の城跡はまずは登り口を探すことから始まるでしょう・・。

simoasou (6)
麓の臨川寺さん墓地駐車場をお借りしました。

お寺の方に線路を渡って川沿いに登っていく道がある、と教えて頂きました。(自己責任で)
早速、装備をして登ります。沢を渡るそうなので長靴に履き替えます。
すでに心が躍っている・・。この感覚、いいな~。

simoasou (7)何年か前には、この様な川辺町の木碑が立っていました。

現在は腐って撤去されたそうです。(なんか最近この手のパターンが多い気がします)
お寺の方も早く立て直して欲しいのですけど・・と仰ってみえましたよ、川辺町さん!
しかし、以前のものですが写真を撮っておいて良かった~(* ´ ▽ ` *)

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江ノ川沿いを歩いていくと、可愛らしい水仙がお出迎え。

simoasou (10)
砂防ダムの手前で左に降りて沢を渡ります。

simoasou (3)
以外にも登山道にはテープが張ってあり迷わず頂上まで登れます。

simoasou (2)
尾根に到着したようです。

ここから左(南)に進めば断崖上へ、右に進めば(北)主郭部へと続きます。
先ずは怖いもの見たさ、断崖上の物見台へと歩みます。

simoasou (11)
おお~っ!素晴らしい展望です、飛騨川沿いと山塊先端部に米田城が見えます。

simoasou (1)
対岸の下吉田集落と飛騨川上流沿いも視界に収まります。

吾レ高台ニ独歩シテ兮俯シテ万里ノ山河ヲ観ル・・
魏の曹操が詠んだ詩が頭をよぎります。
絶景に心打たれ、しばし腰を下ろしてのコーヒータイム。

simoasou (12)・・ふと、足元を見ると、すくんでしまいます。

simoasou (13)これは落ちたらイッテしまうでしょう。

尾根の両脇は断崖、ちょっとのつまずきさえも命取りになりそうです。
感動と危険が隣り合わせのスリルを味わいながらのロック・クロス・オーバー。
慎重には慎重を重ねての行動です。

岩場歩きは「歩幅を小さく」が重要。小刻みな移動で安全を確保しつつ、移動します。
段差の大きいところは、速やかに腰を下ろして脚を出す。
さらに不安な場所では、身体を岩に向けて移動します。経験がモノを言っています。

simoasou (17)
反転して、主郭部へ。昔は神社が鎮座していたようです。(八幡様、と地元情報)

simoasou (14)驚きました!(;゜0゜)岩山の山頂部にも関わらず、水量豊かな池が。

simoasou (16)尾根筋にある一条の掘切には土橋があります。(主郭側から撮影)

堀切は東側が直竪堀となって落ち、西側が弧を描いて谷に落ちます。

simoasou (15)
尾根筋から見ると堀切を渡るとすぐに急勾配になります。

simoasou (18)最高所には秋葉様が祀られ、台地となっています。

頂部はそれほど広くなく虎口などのはっきりした姿は確認できませんでした。
あとは数段の腰曲輪があったのでしょう、面影がみられます。
先の堀切が唯一はっきりした城郭遺構になるでしょうか。縄張り図を示します

simoasonwbz.jpg「遠見山」と言われるように物見施設の機能を重視したのでしょうか。

頂部から西の下段部に展開する平場は水々しい池があります。
削平の甘さは岩山山中に苦心して平場を造成した、とみるべきかもしれません。
もしかしたら神社建設にあたって改変された、とも考えられます。

下麻生城は稲葉彦六貞通によって築かれたそうです。
天正16年(1588)に郡上八幡城に入城した貞通。
山々に囲まれた郡上から平野部の状況を一早く知るために、
また飛騨川沿いの美濃飛騨の動向を掴むために設置した要所、とも思われます。

なかなか目の付け所がいいですね、
天険を上手く利用し、ほぼ手を加えずとも一城郭として成立しています。

こちら下麻生城に登られる方へ。
くれぐれも岩場から滑落することだけはないよう、慎重な足取りで散策してください。
また急な突風や天候の変化にも充分に注意しながら楽しんでいただければ、と思います。


臨川寺の駐車場から登ります。
八幡神社を示す場所が下麻生城・遠見山です。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、開設以来、3年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

フルマラソン走りました!
5月27日、富山県黒部市にてフルマラソンを走ってきました。
自然豊かな山河と田園風景に心も癒されました。
42kmにも及ぶ暖かい地元の方々の声援は底力となって響き、情熱にあふれたランナーさんたちとお友達のY吉さんからもパワーをいただきました。
・・そして戦国越中を彩る数々のお城址もしっかり見学してこれました(笑)
多分、城記事は書けそうにないのでご報告までになりそうです。
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