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とても走りやすいコースでベストが出せました

2019静岡マラソンを走りました

メイン会場:駿府公園スタート~JR清水駅フィニッシュ
平成31年2月24日(日) AM8:20スタート(マラソンスタート)
参加人数:約12000人

sizuoka marasong (5)

2月としては暖かな早春の陽気、静岡マラソンに出場しました。
本来ならこの1週間前の京都マラソンを走りたかったのですが、抽選に外れてしまいました。
同じ境遇だったラン友のY吉さんが静岡マラソンにでる、ということでのエントリーです。

sizuokamsu (3)

自分としては昨年の黒部名水マラソン以来、まだ2度目のフルマラソン。
4時間以内での完走記録は自信につながりましたが、まだまだ不安まるけ。
しかしながら練習だけは自分なりに積んできましたのでレースへの心の準備はできています。

sizuoka marasong (7)

さて、レースは8:20スタートで7:45分までに手荷物を預けなければいけません。
着替えやトイレ時間を考慮すると現地に7:00には到着したいところです。
よって前日より静岡入りをして富士市にて宿をとりました。

例によって前日から駿河のお城めぐりを楽しんだのですが、今回、山城はさすがにパス!
折角の練習成果をご破算にしないように足を労ることを覚えました(やっとかよ)。
しかしながら朝一1回だけなら・・と駿河の名城・丸子城に登ってしまいましたが・・(反省)。



駿河の平山城と平城、車で頂上付近まで行ける山城限定で楽しみました。
お城巡り回顧録はまた後日、別稿にてごくごく簡単に・・と思っております。
(今回あくまでマラソンがメインなのですがお城もメインというのが本ブログの特色です)

sizuokamsu (2)

スタートは各ブロックごとに分かれて整列します。
S⇒A⇒B⇒C⇒D⇒E⇒Fと駿府城のお堀に沿って並びます。
並ぶランナーさんたちだけでも総延長900m、約1km近くにもなる大集団でした。

自分はDブロック。(ちょうど巽櫓のあたり)、Y吉さんはCブロックからのスタートです。
なので、スタート地点ははるか彼方、号砲を聞いても進み始めるのにしばらくかかりました。
毎回ですが、このスタート時の新鮮な気持ちはワクワク感があっていいものです。

さて、スタートしました。(号砲から時差があってあまり実感がありませんでしたが)

体調も最高のコンディションのよう、まずは焦らずゆっくりとレースペースに持ち込みます。
最初の2kmくらいは混雑も計算して5分10秒/kmくらいで立ち上げました。
走力レベルに合わせたブロック分けスタートなので周りのペースもゆったりです。

3kmあたりから徐々にリズムをつかんで5分00秒~4分55秒/kmで走りました。
少し抑え気味かな?と思いましたが、このリズムで10kmまで走っても気持ちがよかったです。
ハーフまでに少し貯金をつくっておこう、と10km以降は少しだけペースを上げました。

「この調子、この調子」、と自分に言いきかせます。

4分45秒~4分55秒/kmくらいのペースででハーフを通過。
舞台は安部川沿いから遠州灘を見渡す海岸沿いへと変わっていき、とても景色が良かったです。
ここからは自分一人で走るより、いいペースメーカーさんを探しながら走りました。

sizuokapan (1)

さすがに30kmあたりで苦しくなり、5分/kmペースが少しずつ落ち始めました。
ここでいい感じのピッチで走っている女性ランナーさんを発見!
「少し速いな」、と思いましたが頑張ってついていくことにしました。

36kmあたりからはひたすら我慢の追従で乗り越えました。

後で振り返ってみればこの一番苦しい区間を彼女に連れて行ってもらえたのが良かったです。
落ち込み始めたペースが、再び5分/kmペースへと取り戻せたからです。
そして40km地点から徐々にスピードが上げられました。

苦しい時は何故か家族や友達の顔が浮かんでくるものです。
奥方、長男、次男、三男、父上、亡母、弟クン・・。そしてY吉さん今どこ走ってる?
「ああ、一人で走ってるんじゃないんや・・。」・・とかセンチメンタルに思うものです。

この時点で自分にはまだ底力があると確信。

行きます、ラストスパート!
ゴール手前2kmからのペースアップでドンドンとランナーさん達を追い抜きます。
脚が痛いのは気のせいでしょう、構いません!

そしてゴールへとなだれ込みました。
前方Cブロック発着のY吉さんとはほぼ同時刻にゴールにて再会しました。
疲労でお互い声をかけあうことさえ精一杯でした。

言葉交わせずとも無事に健走できた喜びは伝わってきます。

sizuokapan (3)
結果は3時間35分52秒、ネットタイム3時間30分10秒でした!


目標の3時間38分を達成でき、記録更新できましたので大・大・大満足です!
あと数十秒で3時間30分切りもできるタイムでしたがそれは次回にお預けです。
かえっていい発奮結果になりました。

sizuokamarasonga.jpg

走り終えて直後は右足関節が痛くて歩けませんでした。
青信号で渡り始めた交差点が途中で赤信号に・・(-_-;)。
1週間くらいは静養してまたゆっくりとトレーニングを開始していきたいです。

sizuoka marasong (8)

次は5月の黒部名水マラソンです。
昨年も出場した水の美味しい、美しいコースを走ります。
静岡はいい弾みになる大会でしたので、次も頑張りたいと思います。

・・そして、静岡マラソンを素晴らしい思い出にしてくださった、たくさんのスタッフ様方、
また沿道で絶えず大きな声援をおくって頂きました皆様に感謝、感謝です。
本当にありがとうございました!

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美濃 迫間城 🏯山歩きと城歩きで愛されています

美濃 迫間城 (岐阜県関市迫間・迫間山) 

前回の記事で取り上げた、勝山城(猿啄城)への登山者が多いのには理由があります。
もちろん、展望台から雄大な日本ラインを眼下に俯瞰し、絶景が楽しめるのはその一つです。
しかし、登ってきた道をそのまま下山する人はあまり見かけません。

では、どこに行かれるのかというと・・。

山頂に立ったあと下山せずそのまま稜線を歩いて次の山へ向かう方がいらっしゃいます。
それはここが各務山塊の東の入口でが尾根が西方面へ、ずっと延びているからです。
「縦走」と呼ばれたりもする、登山の方法のひとつであり、楽しみ方のひとつです。

今回取り上げる「迫間城」は勝山城から稜線伝いに行ける城跡です。
高低差もあまりなく緩やかな稜線を辿って行くこのコースはとても人気でおススメ。
時に、トレランコースとして紹介され、レースが開催されたりもしていますよ。

saruhazama (23)
陽当たりのよい稜線トレイルが楽しめます。
(自分もトレイルランしたことのある優良コースです)

saruhazama (24) saruhazama (27)
分岐点には迫間城と猿啄城との方向が案内されています。

saruhazama (29)迫間城の東方面の堀切と土橋。
(こういった所に「↓土塁」とか「←堀切」とかの立て看板なんかがあると親切ですが)

東からの尾根から伝ってくると頂上手前に現われるのがこの堀切・土橋です。
・・と言っても、ほとんどの登山者は城の遺構だと気付かずに通り過ぎていくようです。
遺構を見る目が、あるかないか、なんですが、わからないのが普通です。

saruhazama (30)
本丸への上り詰め道と切岸。

もう一条の堀切と土塁を越えると本丸に至ります。
登山道として幾度となく踏み固められたが故に、部分的に崩れています。
よく観察すれば「あ~土塁だ、あ~堀切だ」と見えてきます。

saruhazama (34)新たに立てられた迫間山・迫間城木碑です。

saruhazama (36)
こちらは以前からの看板です。味がありますね。

saruhazama (38)
頂上の本丸は登山者の眺望休憩所としていつも賑わっています。

作図バインダーを片手にせっせと縄張作図をしているといろんな人に声をかけられます。
「さっきから行ったり来たりと、一体何をされているんですか??」・・とか、
「なんかの調査ですか??」・・とか・・。

・・絶対怪しいヒトですからね( ̄▽ ̄;)。
(一応、身の潔白を証明するぐらいの説明はさせていただいてます)

大体はの方は「へぇ~~(奇特な・・)」としか言いようがないのでしょう、
興味なさげに聞き流されます(笑)。
しかし、中には熱心にあれこれと聞いてくださり、しばし城談議に花咲くことも。

saruhazama (33)ここからは関市方面が一望のもと見渡せます。

saruhazama (39)
下段の曲輪を見下ろしますが、「曲輪」って言ってもわかんないだろうな・・。

saruhazama (41)
西方面の虎口遺構です。

登山者の踏み跡が図らずも食違い虎口をわかりやすくしています。
Sの字になった進入経路がはっきりわかりますね。
でも一般の方々はここまで気付かないんだろうな~と。

迫間城は美濃・尾張間を遮る各務山系中央部に位置しています。
お互いの様子をいちはやく伝達する目的のために設けられた伝えの城だったのでしょう。
また尾根稜線でつながる勝山城とは相互補強の関係もあったことも明白です。

でも、実はこの各務山系内にはあと2つの城址が確認されています。
距離は離れていますが山塊の西端には権現山城という城址も控えています。
また南の愛宕山には天野山砦という砦址も確認されています。

スキャン_20190220迫間城は簡素な縄張りでしたが戦国期の伝え城らしさがあります。

あと、迫間城近くには面白い旧蹟もあるので寄ってみました。

saruhazama (54)のぶべり岩と呼ばれる眺望がきく大岩もあります。

それがこの「のぶべり岩」です。
説明版には「尾張の小牧山からの旗信号を中継して美濃・飛騨方面へ伝達した所」とあります。
小牧山城⇒犬山城⇒のぶべり岩⇒迫間城とほぼ一直線に繋がれる眺望に妙に納得。

戦国期は果たして狼煙台として使われたのでしょうか?
江戸期以降は名古屋の米相場を美濃にいち早く伝える旗振り場として活用されたそうです。
迫間城は、確たる城主の伝えが残っていませんが、交替城番が置かれたのかもしれませんね。


Ⓢは広い登山者用駐車場があり利用しやしいです。
 迫間城・のぶべり岩、その他見所ガイドマップ説明版も掲示してあります。
㋹はのぶべり岩の尾根。
Ⓖは迫間山頂上の迫間城です。
 もちろん、勝山城(猿啄城)からの稜線歩きからでもアプローチできます。
 迫間城~勝山城(猿啄城)間の距離は約2.2kmで徒歩で30分くらいでしょうか。

美濃 勝山城 🏯日本ラインを見渡せる濃尾攻防の要城

美濃 勝山城 (猿啄城) (岐阜県加茂郡坂祝町勝山・城山) <町指定史跡>

突然ですが、皆さんは懸賞応募とかされますでしょうか??
スーパーの協賛チラシ、食品のキャンペーン、TV番組の終わりの抽選プレゼント、等々・・。
こまめに見渡せば応募ネタというものは身近にゴロゴロ転がっているものです。

ただ、日々の生活に追われ、応募がめんどくさいですよね・・。(ハガキもないよ・・)
奥方は懸賞応募が好きで内容問わず暇があれば応募に明け暮れる懸賞女子です。
もちろん応募しないと当たらないのですが、これ・・割と小さく当たるもんでして・・。

今回、「日仏ラグビーチャリティマッチ2019〜FOR ALL 復興〜」のペアチケットが当選!
実は生でラグビーの試合を観るのは二人とも初めて。「観に行こうね~o(^▽^)o」
この一瞬、自分の口元が、違う意味でニヤッとしたのを奥方は見逃しませんでした。

奥方:「・・今回どこの城がセット?」
自分:「・・言いずらいです・・。」

gimera.jpg
2月2日に岐阜メモリアルにて開催され、観戦しに行ってまいりました。

saruhazama (1)ということで試合観戦前に登ったのが坂祝町の勝山城(猿啄城)です。
(振っといて岐阜城じゃないんか~い)

saruhazama (2)

山登り、という観点では格好の山ですので登山する方々でいつも賑わっています。
駐車場は山麓に20台くらいは停められますが、それでも土日は満車のときがあります。
少し下ったところに第2駐車場もありますから大丈夫です。

saruhazama (3)
登り口には城主となった河尻肥前守秀隆公を祀った石碑も。
(こちらでの河尻公の活躍は後ほど)

saruhazama (19)
登山道は緩急ありますが、全体的に整備され、いい運動になります。

saruhazama (18)
20分ほどで八合目辺りの大手曲輪に到着します。

この上段に広い曲輪があるのですが、中腹にあるせいで見過ごされる遺構です。
麓から登ってくる侵入者に対しての監視所も兼ねていたようです。
登山道に対して平行しており横矢掛けができる曲輪です。

saruhazama (5)頂上に設けられた展望台に到着です。

saruhazama (7)
展望台からの日本ライン(木曽川)や可児・美濃加茂市の一望風景。

saruhazama (6)
鵜沼城と犬山城は直視できません。間に陰平山があるからです。

天文年間(1532~1555)には多治見修理が猿啄城城主でした。
永禄8年(1565)織田信長の臣・丹羽長秀らによって攻められ、多治見修理亮は城を脱します。
信長は城を勝山城と改称し、一番戦功のあった河尻秀隆を城主としました。
(城主ということになっていますが、ニュアンス的にはおそらく城代でしょう)

saruhazama (4)猿啄城の石碑と木柱碑。・・展望台に比して控えめです。

城名は表題に挙げた「勝山城」よりも「猿啄城」の呼称の方が有名かもしれません。
自分が敢えて「勝山城」と呼んでいるのは、織田信長がそう改名したからです。
この後、この城を信長より預かり受けた城代・河尻秀隆もそう呼んだはずです。

信長が生涯で改名した城はおそらくこの二城だけ
猿啄城⇒勝山城」と「稲葉山城⇒岐阜城」だけではないでしょうか。
(※自分の知る限りですので他に例がございましたらご教示をお願いいたします)

伊木山城と共に東美濃への本格的橋頭保としてこの地を奪取した意味は大きかったのです。
事実、この城を押さえたことで直後の堂洞合戦は信長優勢のもとで展開していきます。
「勝山城」、信長の積年の喜びや意気込みが実に伝わってきます。

saruhazama (8)
本丸に相当する曲輪はいかにも狭小です。

山頂部は岩肌があらわれ、ほぼ自然地形を造成してあります。
北側から西北面にかけて小さな腰曲輪もみられますが、なにせ狭いです。
・・しかし曲輪の側面部をよくよく見てみると・・。

saruhazama (11)この様に立派な石垣も随所に確認できます。

saruhazama (9)
西方面の石垣。

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北方面の石垣。

saruhazama (13)
東方面にも高さこそなかれ、長い石垣も確認できます。

石垣の上にはかつて、より広さを確保するための腰曲輪があったのでしょう。
今日では埋もれ、または崩れて、さほどの広さは保たれてはいません。
しかし、こうした苦労の址を感じる貴重な石垣遺構であるといえましょう。

saruhazama (10)
尾根を堀切で遮断しますが土橋で連絡を確保しています。

saruhazama (14)
背後の山から望む城山山頂です。

城の背後にある「大ぼて山」へ丹羽長秀が攻め登り、水の手を断ちます。
下からは河尻秀隆が勇敢に攻め上がり、上と下から攻め寄せられた城は落城しました。
信長の用兵も見事ですし、それを着実に実行し、戦果を挙げた丹羽・河尻両将の手柄です。

河尻秀隆は信長の信頼がよほど厚かった人物と推定できましょう。
そして、この後、対武田東濃作戦では、重要な神箆城を任され、岩村城主に大抜擢されていきます。
嫡男・信忠の補佐役に抜擢されたのも、その老練な経験が認められた証、といえます。

黒母衣衆筆頭の座はダテではないのです。

また秀隆はここ勝山城でも民政には心血を注いだようです。
登り口の石碑や城山中腹の途中にある白河神社でも「河尻様」として祀られています。
秀隆の愛されぶりが感じられましょう。

saruhazama (15) こうして見ると復興天守にも相当する迫力。・・これでいいんんです。

猿啄城こと勝山城の展望台からの眺望は本当に素晴らしくロマンに満ちています。
(木曽川沿いの河川道は「ロマンチック街道」と呼ばれていますよ)
一見、見るに値する遺構は少なそうですが、石垣遺構を探し当ててたら、気分最高ですよ!

saruhami.jpg翌日にもう一度登って改めて作図してみました。

saruhazama (17)
・・さてこの後、こちらは懸賞で当たったラグビー観戦に行ってまいりました。

細かいルールも何人制競技なのかさえもわからないままの現地入り。
ドラマ・『スクールウォーズ』世代なので、ある程度の予備知識がありましたが・・。
しかし、いざ試合が始まるとものすごい迫力、体と体がぶつかり合う音が聞こえてきます。
(頭の中は麻倉未稀さんの『ヒーロー - Holding Out For a Hero- 』が・・)

どのポジションのメンバーが欠けても勝利にたどり着くことはできないでしょう。
勝利の喜びを、負ける悔しさを、より強く感じることができるスポーツだと思いました。
共に分かち合う・・これもラグビーの素晴らしさの一つだと思いました。

One for all, All for one、・・胸に響く忘れたくない言葉です。

いつも恩恵に預かりっぱなしで、キツイ山城にも付き合ってくれる奥方には感謝です。
自分のためだけではなく常に家族のために無心で家事をしながらの仕事、そして懸賞応募(笑)。
その気持ちや前向きな姿勢が家族の心をいつも明るくしてくれます。


Ⓢは登山者用駐車場です。
Ⓖは展望台のある主郭。ゆっくり登っても30分ほどで到着です。
眼下に広がる眺望は本当に素晴らしいです。

静岡マラソンに向けて<2月練習編>

静岡マラソン2019に向けての準備

静岡マラソンまでいよいよあと2週間となりました。・・ちょっと緊張してきました。
とは申せ、特にこれといった特別な練習は相変わらずしてきてません(;^_^A。
前回で記した通りの週単位練習がベースの毎日です。

月の総走行距離は。。
12月で270km、1月は290km、と自分としてはよく走り込んだ方になります。
もちろん、走行距離がそのまま結果につながる、とは限りません。

これから大会の日までは調整期間に入ることになります。
大切なのは目に見えない溜まった疲労を上手に抜きながら走力を維持することです。
未熟者ですのでまだまだ試行錯誤の中ですが、これまでの経験と相談していく形です。

大会を目の前にして練習量を落としていくのも「力をためる」練習の内という処です。
RPGゲームのドラゴンクエストで例えると・・、
戦闘中に「ためる」コマンドを使用すると、テンションが上がり、攻撃や呪文や特技などが、
通常よりもはるかに大きな力を発揮できるようになる、という・・。
・・何か違うかなぁ・・。 でも、・・ま、そんな感じですかね(;^ω^)。

2月の調整メニューはこんな感じです

〇2週間前〇
月曜日  ジョギング20分:3km  7分00秒/km のゆったりジョグ
火曜日  ジョギング40分:7km 6分00秒/km のジョギング
水曜日  ビルドアップ走:5km  5分00秒⇒4分30秒へ上げていきます
木曜日  ジョギング40分:7km  6分00秒/km のジョギング
金曜日  ジョギング40分:7km  6分00秒/km のジョギング
土曜日  ジョギング50分:9km 6分00秒/km⇒5分00秒へ の中負荷ジョギング
日曜日  ビルドアップ走:10km  5分15秒⇒4分15秒へ約2kmごとに上げてきます

〇1周間前〇
月曜日  ジョギング20分:3km  7分00秒/km のゆったりジョグ
火曜日  ジョギング40分:7km 6分00秒/km のジョギング
水曜日  ビルドアップ走:5km  5分00秒⇒4分30秒へ上げていきます
木曜日  ジョギング40分:7km  6分00秒/km のジョギング
金曜日  ジョギング30分:5km  6分00秒/km のジョギング
土曜日  前日:ジョギング30分:5km 6分00秒/km のジョギング+のんびり平城歩き
日曜日  当日:静岡マラソンレース


自分としてはいつもの練習量と比べるとかなり余裕のあるプログラムです。
今回はかなり細かく組んでみましたので、遵守できるのか不安・・。
(前日予定ののんびり平城歩きは実践自信あり!)
ここまで割と頑張ってきたほうなので、あとは怪我だけしないように過ごしたいです。

ここからは逸る気持ちを練習にぶつけてはいけません。
ここにきて「頑張る」ことはせず、その気持ち、大会当日まで心静かにとっておきます。
「会心の一撃」、出せるかどうかは調整次第、ってとこです。

前回のタイムが3時間48分24秒でしたので今回の目標は・・、
「そうですね、3時間30分切り!!」・・っと言いたいところですが、まだまだ難しいでしょう。
とりあえず10分縮めて3時間38分が目標です。

あ~、言ってしまった・・ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

遠江 尾奈城 🏯猪鼻湖と浜名湖を同時監視できた城

遠江 尾奈城 (尾奈砦・本城山城) (静岡県浜松市北区三ヶ日町下尾奈・本城山)

年末になると奥方のご実家に帰省して2日程滞在いたしております。
その間のお楽しみはお餅つきのお手伝いと近所の城めぐりでして・・。
しっかりとお手伝いをしたら、しっかりと城に浸りに行くのが恒例でして・・。

親戚の方々:「今日はどこまで行くんだい?」
自分:「今日は〇〇の××城まで行ってこようと思ってるんです」
親戚の方々:「へぇ~、○○なんかに城址なんてあるの??」

親戚の方々一同:「帰ったらどんなんだったか聞かせてよ」

・・てな感じで夜の宴会はその報告がネタになります。
皆さん酒の肴に?一所懸命聞いてくれるのでこちらも熱が入ってしまいます。
そこにはやはり郷土愛という特別な想いを感じるのです。

今回訪問した城は静岡県の旧三ケ日町と湖西市境に位置する尾奈城です。

onat (9)浜名湖と猪鼻湖が繋がる瀬戸の本城山山上に構えられました。

山上から見て南が浜名湖面、北が猪鼻湖面という風光明媚な場所です。
標高はさほどでもない山ですが登山口が藪に覆われてわからないのが難点です。
一昔前には山上に展望台もあり、遊歩道もあったのですが・・。勿体ないことです。

onat (3)
いきなり本丸に到着写真ですみません。

頂上の本丸は広い楕円形を呈しており、よくならされています。
ほぼ単郭の主郭部ですが、南から南東にかけて帯郭が点在しています。
木々が茂っていなければ周囲の湖が一面に展開しているのでしょう。(ちと残念)

onat (4)尾奈砦・本城山城遺跡の説明版。

・・すでに説明版自体が遺跡と化しているようです。
古代文字を判読するようなレベルですので、以前訪問した際の要約メモの出番です。
(その時はなんとか読めてました)

この尾奈砦は、摩訶耶の千頭峯城の南方重要な拠点でした。
敵監視のために築かれたもので、規模は狭小ながら、本城山(標高135.4km)の山頂に東西70m南北40mの削平塁段とその西方に幅5mの二重の堀が並列しています。
浜名湖を距て南方の眺望は極めて良く、千頭峯城南朝方の東海方面監視の役の城として、また湖西方面より湖北に侵入しようとする敵を抑制する拠点として極めて重要な砦であった。
明治初期に砦の石垣は解体されたようです。
(大体こんな内容のことが書かれてました)

onat (5)本丸東側に居並ぶ石積。

東側の登り口に向けて後付けしたような列石。
解体された、と記されていますが、敢えてこの場所にあるのは怪しい・・。
当時のものかどうかは疑う必要があると考えられます。

onat (6)とは言っても土留め役割は果たしている訳で判断は難しい・・

onat (1)西の尾根筋にみられる堀切からの竪堀。

onat (2)
並列二重竪堀間の様子です。

onatg (1)
写真ではお伝えでないほどの幅広の土橋です。

広い土橋の両脇には巨大な竪堀が落とされています。
特に北側に向かって落ちる竪堀は二条あり、並列畝竪堀となっています。
堀の途中に継ぎ目を入れたような「段竪堀」を呈する非常に珍しい遺構です。

onahonnjyou.jpg

また本丸の南東には堀底からつながる折れのかかった虎口が確認できます。
西側に続く広い平地は地山で普請した様子が全くありませんので、駐屯地とも想像できます。
じっくり観察すると小規模ながらテクニカルポイントがあり、充分見応えがあります。

南北朝期の遺構から下って戦国期にも部分的に改修された可能性も感じます。
浜名湖周辺の城郭は今川・徳川両氏による城郭再構築もあったようですから。
「本城山」、と言われるように一支城から主城としての役割を担った時期もあったのでしょう。

onat (8)
遠江八景・瀬戸夜雨(せとのやう)もすぐ麓にあります。

猪鼻湖と浜名湖がつながる瀬戸の名勝です。
突き出た岩の上に祀られた社まで歩いて行けます。
ご訪問の際はご一緒に散策できますよ。



登山口が非常にわかりずらいのが難点です。
自分は遺構確認のため瀬戸トンネルの真上に階段で登り、尾根沿いに直登しました。(Ⓢ地点)
途中に広い散策道に出ましたが南北どちらに行っても途中で藪と化し、消えかかっています。
なんとか山頂部(Ⓖ地点)に辿り着こうという気合も時には必要かと。
公におススメできる駐車場はありません。

プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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