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尾張 島田城 🏯開発市街地の中に残る土塁に感涙

尾張 島田城 (愛知県名古屋市天白区島田5丁目)

我が家にはこの春から名古屋市内の大学へ通学している次男クンがおります。
この日は学校主催の父母向けガイダンスに参加してきました。
・・といっても、もう大体の事は本人に任せで、歩んでいくのでしょう。

保護者などはアドバイザー&スポンサー・・じゃない、カウンセラーみたいなものです。

しかしまぁ、折角名古屋まで来たのですから、昔来た城址の現況も気になるもの。
家族に言わせれば城址付近を通る度に自分はキョロキョロして落ち着きがなくなるようです。
奥方:「脇見運転で事故られちゃたまりませんから、(城まで)行ってきたら?」

「そう?、・・いやぁ~、じゃ、そうしちゃおっかな!。(よっしゃ!)」

次男:「どうせ神社かお寺になっててこんもりしてるだけでしょ・・。」
奥方:「石碑とか、カメラで撮ったらすぐ帰ってきてね・・。」
次男と奥方:「うちら、車ん中で待ってるから(唱和)。」

・・どうして気持ちよく送り出してくれないのでしょう??
(それでもぜんぜん構わないですけどね)

Nsimada (6)
・・ということで、天白区の島田城に寄ってみました。

島田城は名古屋市内の中では土塁が一部残っている貴重な城址なんです。
都市部では大方の城館が見る影もなく消滅してしまった中で珍しいことですね。
しかし、到着するなり、いい意味で裏切られました。

以前来城したときは、土塁といっても鬱蒼と木々が自生していた記憶があります。
それがウソのようにキレイに間伐され、見学しやすくなっているではありませんか!
しかも内部見学ウェルカムな見学ルートまで整備してあります。

Nsimada (1)入口には島田城の案内板が立ちます。

島田城は鎌倉街道を押さえる要所として斯波高経が築城を命じたといわれています。
高経は室町幕府において、尾張・遠江・越前の三国の守護であり、また菅領家でもありました。
戦国期になると地元では『城主は牧虎蔵である』と伝わっています。

この牧虎蔵は、川村北城(名古屋市守山区)の牧長義の一族です。
長義は織田信秀の妹を娶り小林城(名古屋市中区)に居城していました。
その出城として島田城を修築、母方の一族である牧虎蔵に守らせたそうです。

小躍りしたい気分で、ちょっと、お邪魔したいと思います。
以前は足も踏み入れられなかったから興奮してしまいます。
どうやら周囲をぐるっと散策できるようになっているよう。

Nsimada (2)土塁の一断片に過ぎませんがとても迫力あります。

Nsimada (5)
土塁の上にも上がれるます。

どうもかなり最近に整備されたばかりなのでしょうか?
石段もピカピカ、土塁上には雑草さえ生えていません。
これは相当ラッキーな時にお呼ばれしたようです。

Nsimada (4)
土塁の上には城主にまつわる牧神社が祀られています。

Nsimada (3)
島田城は東西約75m、南北約180mくらいの規模だったそうです。

それにしてもここから周囲を見渡すと、高層マンションや住宅地に囲まれています。
よくもまぁ、部分的にでも残していただけたものです。
城主・牧氏の末裔である方々の私有管理のお蔭様なんでしょうね。

しかもこのように見学開放・整備していただけるなんて本当に感謝です。


Ⓖは島田城の土塁が残っている場所です。
 付近にはこれといった駐車場はありません。
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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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