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美濃 松尾城 🏯谷筋を押さえるかつての要衝

美濃 松尾城 (岐阜県郡上市大和町大間見・城山)

奥美濃の城郭、というと山登りは避けられない・・。
、と思いきや、松尾城は山城ながら車道脇から簡単に登れる手軽な城です。
・・まぁ、遺構はあまり残っていないのですが・・。

matuo (1)藤古橋手前より松尾城のある城山を見上げます。城址碑が目印。

matuo (4) matuo (5)
大間見川が堀の役目を果たしていました。(写真:左) 林道脇から登っていきます。(写真:右)

突き当りを右に林道を登ります。
しばらく進むと「松尾城・入口」と書かれた標柱がありますが、風化で折れてしまっています。無残です・・。
民家の下の路肩に駐車させていただきました。主郭までは登ること1分(笑)。

matuo (7)保存会によって建てられた立派な城址石碑があります。

松尾城は東氏の一族の、野田氏が篠脇城の支城として街道守備のために築城したそうです。
その後、美濃守護土岐一族の池田将監によって攻め落とされた、と伝わります。
また、東氏本家からの攻撃を受けた、との記述もあり、不明な点もあります。

matuo (8) 主郭のみは、草が刈ってあるようです。

matuo (9) matuo (10)
何か説明書きがしてあったと思われますが・・、近づいても判読不可能。またしても無残です!

後で地主さんとお会いでき、お話しをさせていただきました。
どうやら松尾城保存会は現在解散してしまった、ということです。
地主さんがお一人で主郭部周辺だけは管理されているとの事。

matuo (12)主郭北西の下隅部には石垣遺構があるではないですか(゚□゚*)!

崩れた感じの石垣ですが、当時の城があったときの遺構の址と思われます。
しかし、草をかき分けて行かないと見学できません。
おまけにその中には、トゲだらけのトラップが待ち構えていたのです・・(痛てて・・)。

matuo (14)
地主さんから、城主・野田氏のもの、と伝わる墓を案内していただきました。

地主さんからは、この松尾城についていろいろなお話しを伺うことができました。
昭和45年前後に整地され、舗装林道が付けられた際に、城の遺構はほとんどなくなりました。
それ以前にも桑畑などで大半の遺構は改変されていたようです。

matuo (15) かつての街道筋がよく見えたそうです。

現在のように国道が主要道になる前はこの眼下を通る白鳥街道が重要な街道だったようです。
後ろの山を隔てたところには篠脇城があり、行き来は背後の山の峠道を利用していたようです。
松尾城はその背後から攻撃を受け、落城した模様です。

・・ということは、なんらかの理由で、背後の東氏本家からの攻撃を受けた、という話も頷けるところがあります。
現地に立つことでいろいろなことが想像できたりします。
説明をしてくださった地主さんに感謝いたします。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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