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伊勢 松ヶ島城 🏯城下町ごと廃された、いにしえの要衝

伊勢 松ヶ島城 (三重県松阪市松ヶ島町城の腰) 〈県指定史跡〉

目の前に見えているのになかなかたどり着けない・・、
場所は特定できても、車が停められない・・、
気付いたら、個人の敷地に入っている・・。

そんな、違った意味で難攻の城。
それがここ、松ヶ島城址です。

matugasima (2)田畑の中にポツンと残る土盛りがありここに石碑と案内板があります。

松ヶ島城は永禄10年(1567年)頃、北畠具教織田信長の侵攻に備えて築城したのが始まりです。
その頃は「細首城」、と呼ばれていました。

その後信長の次男・織田信雄が北畠氏の養子になり家督を継ぎ信雄は田丸城を本拠とします。
しかし田丸城が焼失すると細首城を改修し松ヶ島城と改名しました。

matugasima (3) matugasima (4)

なんと五層の天守があがっていたそうです・・。(写真:左上の案内板より)
遠目からみると、どっから見ても円墳墓に見えてしまいます。(写真:右上)

matugasima (1) 頂部の様子。 

城のどの部分なのでしょう・・? イメージが湧きません・・。(一説にここが天守台だそうです。)
ベンチで城址気分を味わう・・。 ほどでもありません・・。(ベンチには悪いですが。)
かつての一大城郭の面影は気持ちいいほどありません・・。(表現がおかしいですが・・。)

matugasima (6) おやっ?城石碑もあるではないですか(*´∇`)!

matugasima (5)これは城址碑マニアとしては嬉しいです。(* ´ ▽ ` *)

本能寺の変の後、蒲生氏郷が入城し、松ヶ島城を伊勢国南部の統治拠点と定めました。
しかし城下町の発展性が望めず、当城下の町人はすべて松坂城下へ強制的に移住されたそうです。
ここに松ヶ島城と城下町は、はかなくも廃城を迎えました。

松阪城を、蒲生氏郷を、伊勢の戦国を、語るのにこの城の存在なくして語れません。
規模も歴史も比べ物にならない僅かな遺構の城址ですが、そうなった理由があるのですね。
松阪の成り立ちに関わる明と暗、といったところでしょうか。

往時の城下の人々の気持ちを考えたりしますと・・。さぞ、迷惑な話だったのでは、と思います。
町は一瞬にして元の漁村に戻ったそうですから。
それにしても、もう少し城址と周辺の案内、2,3台の駐車場があったりすると、ありがたいのですが。

心なしか、僅かに射す低い西日が松ヶ島城の雰囲気と似合っていました。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

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