美濃 神路城 🏯山中に完存する技巧的縄張りは語る

🏯 美濃 神路城 (岐阜県郡上市大和町神路口神路・城山)

神路(かんじ)集落は旧・郡上八幡町と旧・大和町の境付近にあります。
国道156号(越前街道)、東海北陸自動車道、長良川鉄道などの主要交通が通っています。
集落は北神路、中神路、口神路に区域が分かれ、口神路の城山頂上が城址となっています。

kanji01.jpg長良川対岸から見た神路の城山。右のピークが城址です。

IMG_9827.jpg 城址へは白山神社から登るのがいいと思います。

kanjiki (2) kanjiki (1) 白山神社の名木2本。

白山神社には神々しい大木が2本ありますので、見学していきます。
参道正面にどど~んとたつのがイチョウの大木です。(写真:左)
晩秋にはとても綺麗に色ずくそうで。見てみたいですね。

そして、社殿脇のヒノキの大木は六本ヒノキ、と呼ばれ、幹から何本も枝分かれしています。
昔は6本でしたが、現在は9本の派生幹があるようです。(写真:右)
ちょっと神秘的な神木ですね。

さて、肝心の城址までの登山道ですが・・、
探してみましたが案内版や、これと決まった登山道はないようですね。
仕方がありません、目星を付けて、直登する選択をします。

・・ということで社殿の谷筋にあるわずかな踏み跡を頼りに登ってみることにしました。
しかし、予想通り途中で道が消えてしまっています。
仕方なく、近くの尾根を目指して慎重にたどっていくのでありました。

kannji (1) 仰ぎ見れば尾根はすぐそこまでなんですが・・。

なんとか尾根に辿り着きます。ここまで来ればあとは伝い歩くだけです。
途中、何ヶ所かに掘り返した円型の穴ぼこ跡が見られますが、これも遺構なのでしょうか?
考えながら歩くうちに、目の前に忽然と切岸と堀切が現れました。

kannji (2) kannji (7)
尾根を遮断する切岸が出現。堀切とセットになっています。

堀切はハの字型に竪堀となっていきます。
この部分は主郭として城域を区切る、「ここまで」といった意識が感じ取れます。
切岸は乗り越えられないので脇から回り込みます。

kannji (4) 主郭部の縁は部分的に土塁が巡っています。

どうやら虎口は北と南に2ヶ所見られるよう。
いずれも直進を避け、土塁で折れを設けてあります。
横矢掛けを構築しており、このあたりに神路城の「技」を感じます。

kannji (3) 観察しやすい主郭部です。

主郭部は両脇を数本の竪堀で固めています。
間隔が均等に配置されており、畝状竪堀ではなく、連続竪堀、といった表現がピッタリです。
図面に落とすと、長さ、深さ、規模の均整がとれており、効果的な防御施設になっています。

kannji (6) kannji (5)
写真ではお伝えし難い竪堀ですが、発見できれば楽しいですよ。

kannji (9)北面の切岸と堀切。規格性のある技巧的城郭です。

kanjidemaru.jpg 北出丸から主郭部を見上げます。

神路城の北直下には出丸を挟み、大きな切通し道がありました。(写真:下)
この道は天保年間に神路村と河辺村(かべむら)を結ぶ峠道として整備されましたが、
それ以前からも欠落する越前街道の予備道として古くから利用されていたようです。

kannji (10) 切通しの廃峠道。

神路城は長良川沿いよりもこの峠方面を意識した痕跡がみられます。
長良川沿いは大雨時は通行困難で、よく欠損したらしく、山麓中腹部の往来にも備えたのでしょう。
現在は廃道となりましたが、それぞれの集落への道が残っていました。

kanji03.jpg 神路城の東は狭隘な長良川沿いの越前街道。

kannji (8) 木々の割れ目より河辺・徳永方面の集落と長良川が見えます。


これだけテクニカルな城郭なのですが、神路城の城歴は不明な点が多いです。
城は別名「一夜城」とも呼ばれているように、使用されたのはごく短い間だったようです。
このことは、さきの登山道さえ、はっきり残っていないことからも推測できるでしょう。

東氏の家臣遠藤新兵衛盛胤が築城し、後、臼田氏が居城した、と伝わります。
長良川対岸にある木越城は盛胤が築いた城なので、この伝承はほぼ確かだと思われます。
臼田氏は在地領主だと思われますが、後に豊後に移ったといわれています。

kigosi00.jpg 対岸にある遠藤氏の木越城。

豊後に移った、という臼井氏に関しては、察するに遠藤氏が秀吉により一時加茂郡に追いやられた際、
代わりに郡上に入国した稲葉氏に従ったもの、とも解釈できます。
稲葉氏は関ケ原の戦いの功で豊後臼杵に移封されているからです。

とすれば、神路城が戦国末期に稲葉氏によって改修をうけた・・。
そのために、現在見ることができる技巧的な縄張りになった、という推理はしてもよさそうです。
ごく短期間の城郭機能、というのも納得できましょう。

少しお堅い内容になってしまいましたが、戦国末期の貴重な遺構の姿がそこにあります。
この神路城からは郡上の城郭と歴史の多くを読み取ることができそうです。

次回、木越城での記事に続けたい、と思っております。

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 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

僕には城がある?
朝夕がひんやりとしてまいりましたね。
3人の息子のバスケットボールクラブ活動をずっと応援してきましたが、この夏に三男が中学生としての活動を終えて以来、なんとなく物足りない週末を送っております。
あなたには「城とマラソンもあるじゃない」と言われればそうなんですが、試合の合間合間にその会場近くの城を訪ねるのが本当に楽しみでした。
・・と思っていたら高校生の次男の試合もぼちぼちあるようですので、今後はそちらにも足を運べそうです。
「えっ!?来なくていい?」
・・まぁ、そういうお年頃でしたね。(そりゃそうだわな)
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