尾張 小口城 🏯城址公園として整備され憩いの場に

尾張 小口城 (愛知県丹羽郡大口町小口字城屋敷) <町指定史跡>

小牧合戦城砦めぐり、の続きです。
今回は大口町の小口城にやってきました。

「おおぐちちょう」の「おぐちじょう」、
というややこやしい呼び名をいまさらどうと言う人もいないでしょうが
ビッグマウス コンテスト ~大口町の中心で大口を叩く~、という企画もありましたね。

oguti (21) 城址公園の南に駐車場があります。

oguti (24)

城址公園として整備されてから、初めての訪問になります。
この城は以前から堀跡と本丸高台が残り、高台の中央部に城址碑が建っていたのを
はっきり覚えています。

kyuu-oguti.jpg
平成3年の頃の様子の一枚です。

見違えるほどきれいに整備されていてびっくりしました。
昔日の草地面がうそのようです。
物見櫓もあるやないですか。登れるみたいやし。(早速、登りたいo(^▽^)o)

oguti (1)ちょっと近世っぽくみえますが、公園として生まれ変わったのですね。

oguti (5)
なにより嬉しかったのは、あの時と同じ城址碑が今も堂々と迎えてくれていることでした。

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別名、「箭筈城」(やはずじょう)とも呼ばれている小口城。

oguti (8) oguti (11)
土塁や切岸などの当時からの遺構も随所に残してありますね。

oguti (22) oguti (10)
いよいよ物見高櫓に登ってみます。黒色でかっこいいですね。

oguti (12) 登っていきます。

oguti (14)犬山方面と展示資料館を俯瞰します。

oguti (13)小牧山城は・・、あちゃ、鉄塔が被っちゃてます。

小口城は長禄3年(1459)、織田広近によって築城されました。
本曲輪に二重の堀と土塁が廻らされた形状であったとされます。

小口城は木ノ下城や犬山城の支城として残されました。
永禄年間(1558年-1569年)に織田信長の軍勢に攻め落とされて廃城となった後、
小牧・長久手の戦いで羽柴秀吉方の稲葉良通(一鉄)が布陣したそうです。

oguti (17) 小口城資料館より一鉄さんです。

稲葉は南の岩崎山砦も守備しておりこのエリア一帯を秀吉に任されていたようです。
秀吉の信頼度が窺えると同時にこの地域の重要性を理解できます。

oguti (15) oguti (18)

資料館は無料で開放されていますのでじっくり見て回れました。
資料館では戦国初期の尾張上四郡の歴史や守護・守護代の関係も学べます。
小口城は遺構の重要な部分は残しつつ、気軽に城址に親しめるような場所・・。
・・になっていました。



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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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