尾張 宮後城 🏯川並衆の指導者・蜂須賀正勝の移住した城

尾張 宮後城 (愛知県江南市宮後八幡)

蜂須賀小六の邸、宮後城を訪問しました。
小六の子息、家政の出生の地、でもあるようです。
現在は城址中心部を県道が通り、県道両脇にそれぞれの碑がたっております。

miyausiro (11)県道脇南側には「宮後城」の城址碑がたっております。

miyausiro (9)県道脇北側には「蜂須賀家政公誕生之地」の碑がたっております。

蜂須賀正利・正勝(小六)親子は織田信秀により居城の蜂須賀城と土地を奪われたため
妻の実家である安井氏の居城、ここ宮後城へ移り住んだとのことです。
正勝の長男・蜂須賀家政(後の阿波徳島藩祖)も、この地で生まれたようです。

miyausiro (6)城址碑から南には説明版もあり、蜂須賀桜が植えてあります。

miyausiro (5)当時の様子をイメージしたイラストではなかなかの構えです。

その後、小牧・長久手の戦いでは秀吉方の砦として修築されました。
『武功夜話』では宮後城は織田・徳川方の砦に利用された、とありますが・・。
この件は五丁堀砦の記事でも触れましたが、状況的にどうも秀吉方テリトリーとみてよさそうです。

miyausiro (14)宮後八幡神社は出城的役割を果たしていた砦址があった場所だそうです。

コの字型に石塁と土塁らしい址が残りますが、当時のままの遺構ではないでしょう。
しかし河原石による低い野面積は近くでは上奈良城(一宮市)にも見られます。
一部積み直しによるもの、という可能性はあるのでしょう。

miyausiro (15)miyausiro (2)

miyausiro (13)この長塁、とっても素敵なので思わず見とれてしまいました。

蜂須賀小六、というと野武士の首領、というイメージのためか
大半の人が描く風貌イメージはほぼ定着しているように思えます。
中にはプロレスラーのような容姿を想像してみえる方も多いと思います。
(実際、ドラマなどでは、まんま決定番を出してまった作品もありましたが・・。)

彼の魅力はその腕っぷしの良さに付け加え、面倒見がよく人から慕われ
人脈を大切にした誠実な性格であったからではないでしょうか。
「人たらし」、と呼ばれる秀吉も惚れ込むような筋が一本通った漢だったのでしょう。



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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

僕には城がある?
朝夕がひんやりとしてまいりましたね。
3人の息子のバスケットボールクラブ活動をずっと応援してきましたが、この夏に三男が中学生としての活動を終えて以来、なんとなく物足りない週末を送っております。
あなたには「城とマラソンもあるじゃない」と言われればそうなんですが、試合の合間合間にその会場近くの城を訪ねるのが本当に楽しみでした。
・・と思っていたら高校生の次男の試合もぼちぼちあるようですので、今後はそちらにも足を運べそうです。
「えっ!?来なくていい?」
・・まぁ、そういうお年頃でしたね。(そりゃそうだわな)
城もあればマラソンもある!・・でもこれからも陰で応援していきます。
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