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美濃最南端の城・高須城の散策

高須城(岐阜県海津郡海津町高須)
海津郡に入るとまず目に入ってくるのは河原石で積み上げられた石段と高壇。
そしてその上には水屋や倉も上げられています。水難を避けるための施設です。
昔から洪水とのあくなき闘いのなかで築きあげられた輪中地帯独特の風景が残っています。

高須城とその城下町はそんな輪中の中につくられました。
東を長良川と木曽川、西を揖斐川、いわゆる木曽三川の合流地点となり増水時の水量は
計り知れないものとなったに違いありません。

高須城一帯は現在手掛かりとなる遺構はほぼ消滅しており、全体像は掴みずらいです。
ただ、街並みの中ところどころに城の面影が残っていました。

IMG_7418.jpg IMG_7420.jpg
高須城南の水濠と、西南部の屈曲がみられる掘割

高須小学校の北東部の公園には高須城の古地図を示した説明版があります。

IMG_7411.jpg高須城説明版

高須城はその築城時から城主がめまぐるしく交代しますが、大いに城郭を改修して城下町を整備
したのは関ケ原の合戦後に加増され城主となった徳永寿昌です。

IMG_7417.jpg高須城大手にあたる主水橋

周辺部には遊水池が所々にあったり、濠に架けられた橋があったりして
古地図と照らし合わせ縄張りを想像するのも楽しかったです。
きっと本丸周辺は水面に浮かび上がる水城だったことでしょう。

IMG_7419.jpg IMG_7414.jpg

IMG_7421.jpg絶好の住み家です

現在では河川改修工事や耕地改善事業に伴い河川との密接な関係で生活向上している感じ
が見受けられますが、先人たちの努力を思うとさぞかし大変だったのだろうと思いました。
現に江戸時代に入部した小笠原氏は水害の被害に耐え切れず辛抱した結果、幕府に転封を
願い出ているそうです。そしてなんと受理されて越前勝山領へ移ったそうですw(゚o゚)w。

今も昔も自然相手にはまるで思い通りにはいかないものです。人はそれでも知恵をしぼり
結託して苦難を乗り越えてきたんですね。・・ああ、自分ももっとたくましくありたい・・。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来3年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

対馬にプチ出国してきました。
7月7・8日と対馬国境マラソンに出場しました。
かつてないほどの災害になろうことを予測しなかったわけではありません。
災害に遭われた方々や関係者様方の気持ちを想えば不愉快な内容になってしまうことばかりかもしれません。
未だ復旧の道筋が見えない中でも、どうか希望を捨てず一日を積み重ねて行っていただきたい、と思い久太郎も復旧ボランティアに参加する意を決心いたしました。
何ができるかわかりませんが、少しでもお力になりたい、と思います。
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