越前 新善光寺城 🏯府中城の移築門が残る城址

越前 新善光寺城 (福井県越前市京町2丁目・正覚寺) <市指定史跡>

府中城の門が移されて残っている、と聞いて楽しみにやってまいりました。
それがここ新善光寺城があった正覚寺です。
お寺の北西部の参拝者用駐車場をお借りしました。

sinnzennkouji (8)駐車場の目の前には城の説明版と土塁を示す標柱があります。

土塁、というよりわずかな土盛りといった残存状況です。
しかし、南北朝時代からの貴重な遺構です。
平城の遺構が部分的でも残っていること自体、奇跡に近い・・。

sinnzennkouji (7) sinnzennkouji (9)
僅かながら、寺の北と西側の墓地内に土塁が残存していました。

sinnzennkouji (1)

延元年間(1336年~1339年)越前国守護・足利高経は北朝方に属し、新善光寺城を拠点としました。
詳細は案内板のほうをどうぞ。(完全手抜きです)
正覚寺正面から境内に入ってみましょう。

sinnzennkouji (3)正覚寺の山門にはお寺と城址を示す石碑がどっしりしてます。

sinnzennkouji (12)府中城の表門を移築したものとされる、正覚寺の山門。

本多氏時代の府中城の表門、ということです。
石瓦の様子が丸岡城の瓦と似ていて戦国越前の城郭遺物としても希少ですね。
「笏谷石」と呼ばれる別名「越前青石」と呼ばれる加工しやすい石だそうです。

参考までに・・
柴田勝家によって築かれた北庄城の天守をはじめ櫓にもこの瓦が葺かれていたそうです。
雨に濡れると美しい青色に発色するのが笏谷石の特徴です。

sinnzennkouji (15)
当時の城門の下をくぐってみます。

年代を経ているため、傷みもみられますが補強手入れも施され、頑丈そうです。
府中の戦国文化財として、これからも大切にされることを願います。

sinnzennkouji (6)
弧を描くような川筋はかつての堀の名残でしょうか。

その美しい形を維持したままの護岸にも、景観への思いを感じました。




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 久太郎 (Q-tarou)

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ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

僕には城がある?
朝夕がひんやりとしてまいりましたね。
3人の息子のバスケットボールクラブ活動をずっと応援してきましたが、この夏に三男が中学生としての活動を終えて以来、なんとなく物足りない週末を送っております。
あなたには「城とマラソンもあるじゃない」と言われればそうなんですが、試合の合間合間にその会場近くの城を訪ねるのが本当に楽しみでした。
・・と思っていたら高校生の次男の試合もぼちぼちあるようですので、今後はそちらにも足を運べそうです。
「えっ!?来なくていい?」
・・まぁ、そういうお年頃でしたね。(そりゃそうだわな)
城もあればマラソンもある!・・でもこれからも陰で応援していきます。
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