越前 三留城 🏯三留朝倉氏の居城

越前 三留城 (福井県福井市三留町) <市指定史跡>

三留城は、室町時代に朝倉景冬によって築かれたと伝えられています。
景冬は、朝倉氏初代孝景の六男景儀の子で三富氏を称し、その後景冬・景総・景久と続きます。
東の五井山山頂部に詰城があり、平時は正寿寺にとなっている地に居館が築かれていました。

mitome (8)三留城の本丸部と居館部を南から眺めます。

写真の左にある丘には気比神社があり、やはり城郭の一部だったようです。
雨も降りだし、時間的にも制約があったので山城への登城は断念いたしました。
今回は居館部のみの見学といたします。

mitome (1)
正寿寺の前に説明版が用意されていました。

mitome (3)
三留城主、朝倉景久は一乗谷の朝倉氏滅亡の直前に織田氏に従ったのですが、
翌年の一向一揆の攻撃では前波吉継に攻められて景久は戦死します。
景久の遺児・千代雅丸が住職として先祖の菩提を弔ったというのが居館址に位置する正寿寺です。

mitome (5)
正寿寺の山門です。

お寺は全体的に小高い丘となり居館部として最適な条件に思えました。
正寿寺の裏奥には朝倉景冬公の五輪塔があります。
ただ・・、どれだかわからず(塔が複数あり)写真は割愛いたします。

天候が良く、もう少し時間があったらじっくりと詰めの本丸まで見学したかったです。(残念)



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地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

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また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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