武蔵 忍城 🏯豊臣方の水攻めに耐え抜いた堅城

武蔵 忍城 (埼玉県行田市本丸) <県指定史跡> 

弟とゆる~く行く、映画「のぼうの城」史跡めぐりシリーズ③

鉢形・忍 (117)いよいよ目的地である忍城にやってまいりました。

弟クンもそうですが埼玉県に足を踏み入れたことは今旅行が人生初めてです。(多分)

「山が見えない・・」、一面の平野部に少々戸惑いながらのドライブになりました。
まるで山国から都会へ出てきた芋兄弟のよう。(周りをキョロキョロ)
方向がわからず、どこをどう進んでいるのか全くのナビ任せの到着です。

鉢形・忍 (47)
先ずは石碑を押さえるのが定石。(ただのクセ)

忍城には本丸址や二ノ丸址、櫓址や門址にそれぞれ石碑が立っています。
じっくり歩いて当時の面影を探してみるのもよいでしょうね。
今回は時間の都合上、全ては見学できそもうもありませんが・・。

鉢形・忍 (44)
御三階櫓の横にあるあずま橋と東門を通っていきます。

鉢形・忍 (114)
復元された土塁と土塀越に鐘楼をみます。

享保2年 (1717)桑名藩主・松平忠雅によって鋳造された鐘です。
文政6年(1823)に松平氏が桑名から忍へ移封されるのにともなって、忍城へ移されました。
現在の鐘楼に提げられた鐘は、平成4年(1992)に再造されたものです。

鉢形・忍 (112)
鐘の大きさは高さ 151cm、外径 79.5cmと結構大きなサイズです。

鉢形・忍 (36)
土塁に狭間をきった瓦葺きの土塀も雰囲気よく。

映画 『のぼうの城』 の舞台となり近年は特に脚光を浴びた城です。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐で忍城は石田三成率いる2万3千余の大軍に水攻めされます。
城主・成田氏は城代・家老衆一丸となって農民町人併せたわずかの兵力で抗戦します。

城代家老・成田長親は普段は愚鈍な人物でしたが、領民からは非常に慕われ「のぼう様」と呼ばれていました。

もう、あまりにも有名な件なので皆さんもご存じのはず・・。

幾たびにもかけられた城への攻撃にも城方の防戦めざましく寄せ手をことごとく撃退しました。
小田原城で籠城していた城主・成田氏長からの指示により天正18年7月11日に開城。
21あったとされる小田原城の支城のうち、小田原落城後も持ちこたえた支城は忍城だけでした。

鉢形・忍 (106)忍城跡に復元された御三階櫓、堀に映える姿は美しかったです。

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 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、昨年4月6日に開設して以来、一年を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

「晩秋」
「秋」、というと皆さんはまず最初に何を連想するのでしょう?
四季がうつろいゆく様子が最も目と肌で感じることができる季節なのではないでしょうか?
今年の秋は久太郎にとっては一段と物悲しい季節になりました。
しかし、その思いが故にまた大切なことを感じる季節にもなりそうです。
でもなんだか秋の歌っていいですよね~。
以前なら、男闘呼組さん達の「秋」を熱唱していたものですが(古いですな)、あ、ナンノちゃんの「秋からもそばにいて」もいいかも?
(それも古いよ(#^ω^))
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