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北信濃 葛尾城 🏯北信の雄、村上義清の本拠城

北信濃 葛尾城 (長野県埴科郡坂城町坂城・戸倉町磯部) <県指定史跡>

今年の「城納め」と称し城友である日向さんと北信濃へとやってきました。
お互い年末の忙しくなるであろう前のこの時期、恒例行事となってまいりました。
気になる天気も予報以上の好天気に恵まれました。

・・さて唐突ですが、信濃の戦国大名、というと皆さんは誰を思い浮かべるのでしょう?
真田という方も見えれば、いや小笠原でしょ、とか諏訪氏だ木曽氏だと代表格不在の地域では?。
武田信玄に併呑されるまでは地方ごとに一円支配をした小大名が割拠している状況でしたね。

今回訪れた葛尾城は北信濃最大級の領国としていた村上義清の居城です。
(何を隠そう、自分は北が村上義清派、南が木曽義康派でございます・・)

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katuraoj (4)麓から見ても肉眼で深い堀切や曲輪が確認できます。
(電線がかぶってしまいました・・(ノ_<))

今回の訪城は実は3回目なので過去の思い出も織り交ぜながら書いてみました。
最初は弟クンと、2回目は家族で、そして今回は日向さんと、との訪問です。
ん?・・最初の弟クンとの写真、残ってないな~。(見つけられないので先へ進みます!)


葛尾城への道のり・林道コース編(今回のコース)

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日向さんのジムニーにてダート林道から尾根筋まで登れます。

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割と整備されていますが、道路際が結構狭いので、やはり軽4駆がいいですね。

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案内板のある駐車場まで行けます。

katuraoj (29)縄張り図付きの説明版で遺構部を確認していきます。

「信州稀代の名将、村上義清!」
オラが地元の英雄だべさ!感がいいですね。かつてはこんな幟もたなびいてましたヨ。

自分も高校生の時、新聞で連載されていた「信濃戦雲録」という小説を楽しみに読んでいました。
そこに登場した村上義清は匹夫の勇でなく、実に戦の駆け引きに優れた統率者でした。
以来、ずっと憧れの名将でもあります。

村上義清の魅力とは何でしょう。
やはり正面から武田軍に戦いを挑み、二度にわたり武田晴信の軍を撃退したことでしょう。
武田信玄が生涯で最も手こずった敵は、上杉謙信より義清、ともいえましょうか。

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木の葉が落ちてとても見学しやすい状況になってました。

・・こころなしか、いや、確実に少しスリムになった日向さんです。
山城歩きの影響でしょうか?、それとも通常激務のお仕事のためでしょうか?
山城歩きは体調管理にもとてもいい趣味だと(個人的に)思うのです。

katuraoj (8)しばらく歩くと櫓台でしょうか、石垣に囲まれた小曲輪に到着します。

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積み方はいかにも適当そうですが、なんとも味があります。

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大堀切が待ち構えています。それもコブが2つ見える連続大堀切でしょう。

狭い馬の背状の尾根筋に幾つもの堀切が切られています。
しかも左右に竪堀となって落ちていきます。
ここまで周到にされると進入不可能!、回り込みも不可能!です。

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主郭に近づくほど、堀幅も大きく高低差も大きくなっていきます。

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本丸の背後の2条は特に深く、巨大彫刻刀で削り取ったようです。

katuraoj (22)このような階段が付けられており、とても助かります。

まず普通に登ることは困難な斜度ですので非常に有り難いです。
いたずらに登れば遺構を崩してしまうことになります。良心的ですね。
これなら足腰の弱い方でも気軽に見学ができる、というものです。

katuraoj (10)今回、心を奪われた溜息がでるような堀切がこちら(*´~`*)でした。

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そして、本丸に到着しました。

katuraoj (11)石板タイプの石碑に思わず腰を屈め、目線を合わせます。

山頂の本丸はそれほどの広さはありませんが、尾根状には幾重にも重なった堀切と小曲輪を配置。
それが葛尾城を巨大城郭に築き上げています。
しかも、ここからの眺望は周辺の支城網の点在も確認でき、まさに本城にふさわしい立地です。

千曲川沿いと城下の北国街道を直下に見下ろすことができます。

katuraoj (12)こちら戸倉町・更埴市方面は北アルプスの山々も望めます。

katuraoj (13)千曲川の川面が眩しい上田方面です。

日向さんと頂上のベンチで景色をみながらのクルミパンと缶コーヒー・・。
応えられない至福の時空。


葛尾城への道のり・遊歩道コース編(前回のコース)

葛尾城はもちろん、麓からの遊歩道も整備されています。
坂城神社から登るコースはかなり厳しいですが、城の要害性を体感したいのなら・・。
断然、おススメですよ。(所要時間は見学時間を合わせて2時間ほどです)

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家族でパレード登山に挑戦しました。

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落ち葉と砂地の山肌は「3歩進んで2歩下がる」、・・要害です。

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途中、何度も息を整えての登頂ですが、子供たち、歩くのはえぇ~。

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これが最後の坂。前回は子供達が先に行って待ってましたね~。

katuraoj (17)良きアングルにて本丸を下の曲輪から見上げる。(手前の真剣野郎は日向さん)

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南の尾根延長先は姫城へと続くルートになります。

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斜面がきつく、途中まで行って引き返した根性薄の我々でした・・。

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そうそう、林道からのルートには電話ボックスを利用した縄張り図のチラシが置いてあります。

こうして何度も足を運べるのも日向さんの飽くなき情熱のおかげです。
そして奥方、子供達、よくぞここまで付いてきてくれたものです。(改めて登るの大変でした)
ちなみに、葛尾城の縄張り図は今でも彼の学習机のマットに挟まれ大事にされてます。

katuraoj (30)麓には村上氏の居館跡もあり、訪ねてみました。

そりゃ、そうですよね、あんな高い山上で生活しませんもんね。
普段の生活・政務はこちらで行われていたことでしょう。
冒頭でも少し触れましたが村上義清武田信玄との戦いについてごくごく簡単に・・。

一度目の戦いは上田原の戦いで、義清が攻め時をよく心得、武田軍に圧勝します。
村上義清の戦場での駆け引きもさることながら戦闘能力の高さも見逃せないものがありました。
「諏訪とは違うのだよ!、諏訪とは!!」なんてどこかの大尉のセリフが似合います。

二度目は砥石城の戦いで、武田軍は義清が守る砥石城を攻めるものの、惨敗。
撤退する武田軍に対する義清の激しい追撃戦に武田軍は相当な被害が出ました。
後、真田幸隆が策略を用いて城を乗っ取り、義清は上杉謙信を頼って越後へと逃れます。

katuraoj (32)麓には義清公の墓所もあります。

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その後、上杉謙信武田信玄の川中島の戦いが繰り返されることになるわけです・・。
信玄としてみたら謙信をを引っ張り出してきたのは村上義清なのですから、厄介ですね。
義清にとっても最も憎い相手は武田信玄ですが小細工は使わず、常に真正面から対峙する。

そんな義清の潔さが我々の心を掴んで離さないのではないでしょうか。

支城網を整備・駆使して対抗する姿もなかなかの差配力があります。
あいつぐ部将の離反によってもろくも崩れたりはしましたが、
義清は事態の不利を早期に察知して、越後へ逃亡して、建て直しに心血を注ぎます。

義清への思い入れの分、そして何回かの楽しい訪城の分記事が長くなってしまいました。
機会があったら次回は各支城にも足を運びたいものです。
マウスロールしていただいた方々、ありがとうございました!

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また行きましょう。

日向さまへ

コメントいただきありがとうございます!
日向さんには今年もいろいろな城址へとお付き合いいただきありがとうございました!どれも心の奥に残る素晴らしい城めぐりでした。

女優の名前はなかなかでてきませんが、城址の名前はすぐに出ますね(笑)。
その回ごとの目的メイン城からの眺望が素晴らしかったのが共通してます。

またクルミパンと今度はダイドーデミタスブラックを偲ばせて登りましょうか(笑)

久太郎より

あと一か月なんですね・・。

しんこう様へ

コメントいただきありがとうございました。
名古屋勤務ももう残り少ないのですね。ご苦労様でした。
短い中でも寸暇を大好きな城めぐりに打ち込む姿が記事から伝わってきました。

苗木や岩村をはじめ岐阜の諸城も訪問していただき、地元民としては嬉しい限りでしたよ。

まだまだ寒くなりますので体調管理に気を付けていい城めぐりができますよう願っております。静岡は大丈夫、あったかいです(笑)。
私はいつか九州の諸城を見てみたいのですが、なかなかです。

佐賀県ではでは、唐津城や名護屋城に行ってみたいです。
笑われるかもしれませんが、私は龍造寺家晴と江上家種が好きなので
佐賀村中城はもちろん蓮池城や勢福寺城といったマニア城址も行ってみたいです。

長崎県では五島列島に渡ってみたいですね。
なんかマラソン大会もあるようで・・。狙ってみようかと(笑)。

「アンゴルモア」を読んでいますが対馬もいきたいな~。

・・いつのことにやるのやら・・。

久太郎より

弟と家族と日向さんとの3rd訪問

らんまる様へ

コメントありがとうございました!
2回目以降ともなると違ったルートでアプローチするのが面白いですね。
今回は城友さんの日向さんがらんまるさんのブログを拝見して林道でのルートがあることを知ったようですよ。

尾根尻の石垣は怪しいと思いましたが、やはり近代の遺構の名残りかもしれませんね。あれではとてもじゃないですけど、上に作事することはできませんよね。
祠ぐらいなら乗っかるかな?

義清ファンとしてはあの山頂に行けるだけで心躍るものがあり、片道4時間のドライブをしてくださった日向さんに大変感謝をしているところです。
来春は善光寺平に侵入予定です。

ブログを開設していながら恐縮なんですが・・。
Twitter、インスタグラム、Facebookなどの類が苦手でして・・。
(スマホをのぞく時間を一日約15分と決めているためもあります)
でもらんまるさんのブログはしっかりと読ませていただいておりますからね。
これこらもよろしくお願い致します!

久太郎より

今回は無謀モード封印行軍です(笑)

葛尾城跡
実に良き遺構で御座いましたm(__)m

ただ残念だったのが村上氏の遺構が残っていないのが(*T^T)
でも本丸からの眺望は素晴らしい❗
クルミぱんが100倍美味しく頂けました(笑)

何時もお付き合い頂き誠にありがとうございます(^-^)
また行きましょう🎵

こんにちは

久太郎さまへ
こんにちは!

昨日12/22は冬至らしいですね。草木が枯れ、クモやハチがいなくなるこの時期は絶好の山城めぐりなのですが、お日様が早く沈んでしまうので、一日を有効に使いたい僕にとって、難点な時期でもあります。

さて、葛尾城、こぶ二つの大堀切に赴きのある石積み。山頂からの眺めもいいですね。信義を重んずる村上義清にも惹かれますね。ぜひとも登城したくなりました。

名古屋勤務も1月一杯となり、城めぐりも追い込みにかかります。残りは静岡方面に行ってみようかと思案中です。

それでは

搦手へ車横付けの笑劇

貴殿と同じく、麓の村上神社から必死こいて松林を死にそうになりながら何度登った事か・・(汗) 

姫城へ下って、やはり死にそうになりながら葛尾城へ引き返す途中で老人の集団(確かあれは風林火山の放映中だった時期だと記憶しているが)に遭遇し、「この人たちはヘリでもチャーターしたのか?」と疑問を持ったのだ。「いけない搦め手の林道マジック」(忌野清志郎風に・・・笑)だったとは・・・(爆)
私も客人を乗せて2回ほど禁じ手を・・・。

貴殿らは岩崎城から攻め上がると思いきやショートカットでしたか、残念。(もう攻め込んだのであればご容赦ください) あと石塁は近代の宗教的な要素であり、防御構造とは関係ないかなあーと思った次第。

今日もグンマーへ乱入(笑) 最近ハマってますよ・・(爆)
twitterで「らんまる」で検索するとアホな現地突撃記事がタイムリーな写真付きで見れますよ(笑)
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来3年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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