北信濃 荒砥城 🏯中世戦国城郭のイメージを体感

北信濃 荒砥城 (長野県千曲市上山田・城山史跡公園)   <市指定史跡>

葛尾城から下山してから向かったのがこちらの荒砥城です。
葛尾城からは結構近くにありますし、温泉観光地の一環として整備されています。
戦国期の山城を模した建物や櫓が並ぶなど、本格的に復元されているのがウリです。

aratoj (3)大河ドラマなどではロケ地にもなり、度々見た覚えのある景色です。

若干、やりすぎ感は否めませんが戦国期の山城というのをイメージしやすいです。
こうした模擬建物などのおかげで、ある程度の中世山城の雰囲気は充分に味わえます。
・・メンテナンス、大変なんじゃないでしょうか?(余計な心配をしてみたりする)

aratoj (5)荒砥城の立派な石碑は入口にあります。

入城料は大人は300円で、中学生以下は無料でした。
こちらの訪問も今回で3回目です。
・・わりとお決まりコースなのかもしれません・・。

荒砥城は村上氏の一族の山田氏の持城であったと考えられています。
武田信玄によって葛尾城の村上義清が追われた後、武田氏に降った屋代正国の城となります。

天正10年(1582)本能寺の変により織田信長が倒れると、越後の上杉景勝が川中島を接収。
景勝は海津城代として山浦景清(村上義清の子)、副将として屋代秀正を置きます。
しかし天正11年(1583)屋代秀正は上杉氏を離反して徳川家康に寝返り、荒砥城に籠城します。
景勝はすぐさま荒砥城を攻め、屋代秀正を追い出します。

aratoj (1)賛否両論のこの石垣、あまり近くで見ない方がいいかも・・。

aratoj (8)
あくまでイメージで、という意味での虎口ですが、個人的にはカッコいいと思います。

aratoj (2)
建物の大きさや構造は時代考証に沿っているといえましょう。

aratoj (9)冠木門や長屋の再現もさることながら、柵の打ち込みパターンも本格的。

これほどの復元事業でも感想は様々で、やや二極化してしまう厳しさもあります。
「中世城郭の雰囲気があって面白い!」という素直な意見もあれば、
「貴重な史跡に暴走気味な施設がちょっと・・」という一理な意見もあるでしょう。

aratoj (6)
雰囲気が伝われば楽しい場所です。

ここではあまり詮索しずに目で楽しんでみることが大切だと思います。
実戦的な山城はこんな風なんだ、という迫力を感じることに意味があると思うのです。
公園化は城跡整備と観光活用との両立が難しい中、ある一定レベルに達した好例といえましょう。

aratoj (10)葛尾城とその支城網が綺麗に見えました。

aratoj (4)当時のものか、と思われる石垣もちゃんと残存していますよ。

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知らぬが仏

らんまるさんへ

大変参考になるコメントをいただきありがとうございました。
確かに山全体に掲げられた看板群にはちょっと引いてしまいましたね。
あちらこちらに高度成長期の残骸のあとがみられ、複雑でいたたまれない気持ちになった、というのも正直な気持ちです。

あ、そうんなだ!、あれはロープウェイの発着駅のあとなんですね!
知らぬが仏ですが、遺構があちらこちらで明らかな破壊を被ったのは残念でした。ただ、以前付き合ってくれた日向さんや家族が喜んでくれたことが救いでした。

尾根の後ろにある証城まで行こうか、なんてお連れさんと冗談めいて話したりしましたが、結構そちらのほうが良かったりして・・。

正直この手の城郭の記事は白黒はっきりした意見が書きずらいです(笑)。
いい意味で成功、そしていい意味で活かされる失敗の先例でもあろうかと思うのです。(グレーでしょ?)
美濃からだとここら辺辺りまでが日帰り見学の限界地点です。
次回は一泊して、なんての計画もございますので、また北信へ足を延ばしてみますね!

久太郎より

著名な温泉場ゆえの悲劇

荒砥城のある通称「城山」は、今も夜になると山全体に「戸倉上山田温泉」の巨大なネオンサインが生々しく点灯しています。
ガキの頃は、大人の偕楽の園というイメージで近寄りがたい観光地だという印象でしたネ。

高度成長期には全国の有名温泉地の一つとして観光バスが毎日数十台連なり、不夜城の如くどのホテルも旅館も宴会が連日連夜行われていたようです。
荒砥城跡には麓のホテルの別館や動物園・遊園地が造作され遺構は破壊されました。挙句の果てには麓から城山まで日本一短いロープウエイまで作られました。
温泉街にはストリップ劇場も2軒ほどありましたが閉鎖しました。人生の修行として見学しておけば良かったと後悔しておりますw(笑)

ここの中世山城の再現については賛否両論がありますが、貴殿の意見に概ね賛成ですね。

実際には僅か数パーセントの近世城郭が「城」の固定概念という潮流の中で、その他大勢を占める中世城郭の主流はこういう城だったのだ、という、これぐらいの発想転換があっても良いと思うのです。荒砥城のチョッと無謀な再現方法ははその先駆けでしょうか。

そうは言いつつ、小生も近世城郭から土の城へのコンバージョン組に分類されるので、偉そうな事は言えませんが、ここを見学してからスイッチが入る方もいると思うので、後輩募集中の中世城郭フェチの我らとしては「ワナ」は多い方が良いのかもしれません。・・・(笑)
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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