紀伊 田辺城 🏯一部の石垣と水門が残るのみ

紀伊 田辺城 (和歌山県田辺市上屋敷町・錦水公園) <市指定史跡>

お正月の紀州城めぐり、最初の訪問地は紀伊田辺城でした。
今回の旅のテーマは「信長・秀吉に対抗した紀州の武将たち」です。
・・なんともご立派なテーマに聞こえますが、たいした内容ではございません。(あらかじめ)

現地の城址を巡りながら当時の武将たちの気持ちが汲み取れたらいいな・・。
そんな軽いノリで行きたい、と思います。
先ずはジャブ攻撃として、日の出一番から紀伊田辺城を訪問いたしました。

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会津川に沿った錦水公園(錦水神社)一帯がかつての田辺城でした。

現在は「本当にここが城址ですか?」というほど変貌しています。
1871年(明治4年)の廃藩置県に城は払下げられ、城郭は破却されたからです。
城跡には多くの民家が建ち、面影を追うこともなかなかの困難です。

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田辺湾の河口にあたるため、沢山の鳥さんたちが夜明けを待っていました。

この会津川に映る白壁の美しさが水の流れによって錦の如くみえたのでしょう。
いつしか田辺城は「錦水城」の名で親しまれるようになっていきます。

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見所は水門の址です。

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kiitanabe (4)現在は一部の石垣と水門が残るだけです。

当時は河口・田辺湾と城内への直接の出入りが出来たのでしょうか。
この点では同じ東紀伊の新宮城とも共通していますね。
できればもう少し周辺を城址として保存できたら良かったですね~。

kiitanabe (6)降りてみるとこんな感じです。

亀甲積のような隙間がない石垣です。
一部をコンクリートで補修されている点が目障りですが。

田辺城は1606年(慶長11年)に浅野家の家老・浅野知近によって築かれました。
1615年(元和元年)の一国一城令の後は改築して陣屋とされ、整備されていたと考えられます。
そして紀州に徳川家が転封され、付家老の安藤直次が田辺に入城します。

1791年(寛政3年)大島樫野浦にアメリカ船が来航してから沿岸警備はより厳重になります。
田辺城でも大規模な改修が行われ、近代に異国船に対しての防塁となったようです。
近くには扇ヶ浜台場の址が当時の面影を残していました。

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唯一、城郭風建築、と思われる綺麗なお手洗い場です。

朝一番から近所のおばさま方の手で清掃されていたことが印象的でした。
挨拶をして「岐阜から来ました」とお伝えしたところ、頭を下げられてしまい、恐縮・・(笑)
堀の面影が残る水路を案内していただきました。

kiitanabe (5)

本丸にも天守に相当するようなものはなく軍事的な色も薄かったようです。
商業性や政治的要素が強い城だったのでしょう。
先程の水門も昭和になって小学校建設工事で発見され、保存されたようです。

kiitanabe (9)付近の田辺大橋から見る早朝の田辺湾。

城址と城下町は共に姿を消そうとも、ここから見る田辺湾の景色は変わることはないでしょう。

南紀白浜アドベンチャーワールドへ行かれるご機嫌ファミリーさんたち・・。
白浜温泉に浸かってゆっくりしたい中高年の皆様方・・。
・・ここでサヨナラです。(寒さが一段と身にしみる)



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え?インフル?

らんまるさん、コメントありがとうございます。

インフルエンザ、体がエライですね、横になって休んでくださいね。
こればっかはどうしようもありませんね・・。
私の周りでもぼちぼち蔓延しだしましたよ・・。
お大事にしてくださいませ。

さて、戦国の城と水運ですね・・
よくある城の説明に「〇〇川を天然の堀切として・・」とあるやつ、あれを見ると
「そうかぁ?」と思います。(思う場合があります)
そうじゃなくて、水運として利用された、というほうが自然な場合も多々ありますよね。

紀伊田辺城は本当にこれだけ(失礼)の城址でよく残ってくれたものだと思います。
危うく埋め立てられる所を地元の住民さんたちの反対でなんとか残されたようです。
紀伊の山城はミカン畑か梅園で改変されているところが憎めなかったです。(笑)

久太郎より

サンダーバードの基地?

凄い水門ですねえ、信濃の城は川に関係があってもこのようなネイビーの水門にお目にかかる事はまずありません・・・(笑)
それにしてもこの遺構だけでも破壊されずに残って良かった。

長野県の中世城郭において「戦国の城と水運」は全く進まない研究分野で多くの課題を残しています。特に千曲川水域は飯山城、長沼城、松代城、上田城、小諸城があり、兵士の人員輸送や兵站輸送に水運が利用されたであろうことは推定されるのですが、裏付ける資料が出てこないのが現状です・・・

おっと、正月早々インフルBに感染して真面目なコメントになってしまいました(笑)
マラソンも城探訪もダム巡りも体が資本ですので、ご自愛くださいませ!
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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