紀伊 弥勒寺山城 🏯秋葉山合戦の舞台となった雑賀党の城

紀伊 弥勒寺山城 (和歌山県和歌山市秋葉町・弥勒寺山)

雑賀城の北へ1kmほどの秋葉山山頂一体に弥勒寺山城がありました。
織田信長が石山本願寺を攻めた際に、雑賀孫一は応援を求めてきた顕如上人に応じます。
孫一らは顕如上人を弥勒寺山城に籠らせ、当地を本陣としました。

mirokuji (13)和歌山城から見据える秋葉山・弥勒寺山城址

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国道42号線から秋葉山中腹にある県営プール脇から登れます。

車でしたらここの駐車場をお借りできるのですが・・。
早朝ですと開園していませんので麓のどこかで探さないといけません。
結構な急坂になりますので、体力を試すには丁度いいようです。

mirokuji (1)登り口には弥勒寺山と顕如上人旧蹟の石碑があります。

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こんな滑り台もあったりします。景色が良かったので一枚。

mirokuji (9)頂上の弥勒寺山案内板とその背後は高台となっています。

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ピークにある顕如上人桌錫所(たくしゃくしょ)の碑。

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雑賀川の川底におけツボを沈め、川原には柵や逆茂木を並べて備えていた雑賀衆でした。
そこへ信長方による総攻撃があるも、川底に足を取られて前身できない状況に。
進退窮まり、標的となったところに雑賀スナイパーたちの鉄砲が一斉に火を噴きます。

大混乱に陥った信長軍は退却せざるを得ませんでした。

mirokuji (11)
頂上一帯はほぼ公園となっていて、めぼしい遺構は見当たりません。

現在は公園として遊具や展望台が設置され城址の面影はほぼ感じられません。
周囲の景色を一望できるような展望台があります。
眺望から当時を様相を想像して見る他ありませんね・・。

mirokuji (7)
展望台に登ってみました。

mirokuji (8)おっと・・、和歌山城が見えますね。

mirokuji (10)反対方向には妙見山・雑賀城もすぐそこです。

その他、ここからは峰続きの諸砦や周囲の多くの城砦も見渡せます。
雑賀衆の城は遺構こそあまり残っていませんが、点在する拠点がまとまって
一つの大城郭をなしていたのではないでしょうか?

雑賀城と弥勒寺山城を中心として各砦が連携して織田軍を翻弄する。
そんな神出鬼没な作戦を実行するための城砦群であったのでは・・。
当時に想いを寄せてみて、そう解釈して下山しました。



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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで、間もなく開設以来、2年を迎えようとしております。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

紀伊への城歩き
お正月のお休みをいただきましたので2日間和歌山県のほうへ城めぐりに行ってまいりました。
ある程度の予習をしての紀伊国入りでして、いろいろな城址を見学してまいりました。
今回で3回目の紀州訪問ですが、西紀州は初めての事です。
紀伊の山城って残念ながらあまり知名度ないんですよね・・。
理由は(想像ですが)恐らく他の国のように強力な有力大名が現れなかったのが一因しているでしょう。
しかし、訪れた城跡の中には「これほどの山城がなぜ名も知れず隠れているのか」という感動もありました。
・・ごくごく簡単ではございますが、記憶が新しいうちに随時更新していきたい、と思っております。
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