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大和 信貴山城 🏯松永弾正久秀殿に逢いたくて・・

大和 信貴山城 (奈良県生駒郡平群町信貴山・雄嶽・雌嶽) <町指定史跡>

前回の記事では大門ダム見学とダムカード収集について綴ってみました。
大門ダムの背後は朝護孫子寺を経て信貴山城へと続いています。

今回は山城はお預け、・・そう心に決めていたのですが。
(時間的にも山城へ登るには押していましたし・・)
しかしご理解ある奥方の一言で意を決して登ることになりました!

奥方はこんなこともあろうかと、おもむろにアレを取り出します。
「シューズもちゃんと持ってきたわよ~」
・・ムム!?、準備万端ってことですか?・・マジで、素晴らしい!(感激!and 号泣!)

・・後が怖いのですが、とりあえず登城することになりました。

先ずは開運橋を渡って大門池を渡ります。
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バンジージャンプ台なんかがありまして、皆さん度胸ありますね~。

daimonnsigi (32)橋上から改めて信貴山城を見上げます。(南方面から)

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待っててくだされ、松永弾正殿!

こちらの信貴山観光Ii(アイ)センターにて大門ダムカードが貰えます。
松永久秀公のジジカワイイ、キャラが目印です。
私たちが貰いに行ったときは閉店間際だったのでギリセーフでした。

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仁王門を見学していざ、登城です。

信貴山城巡りがメインイベントということなら、寺巡りはオープニング・アクト(前座)。
なんて言うには、大変失礼ですので、可能な限りゆっくりと散策します。
こうしてここに来れるのも奥方のお蔭なのですから、楽しもうと思いました。

こんなかわいらしい虎ちゃんがいれば・・、
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世界一という、・・虎べこ?も吠えています。(手前に対比要員の奥方です)

信貴山は虎との縁繋がりが深いためにあちこちで虎めぐり?もできます。

なんでも・・、聖徳太子物部守屋を討伐する際にこの山に戦勝祈願されました。
すると、太子の頭上に現われた毘沙門天が必勝の秘法を授けたそうです。
奇しくも、その日は寅年、寅日、寅刻だったそうです。

ん?・・、トラ、トラ、トラ?!、・・そうです!
真珠湾攻撃の電文の発祥はここにあったのです!
日本の勝利を願って電文を「トラトラトラ」としたという、あれです!

・・誰でしょう?、あ~あのMAXのノリノリの歌ね~、なんて言ってる方は。
(「TORA TORA TORA」(トラ・トラ・トラ)は、MAXの3枚目のシングル。聴いてます。)

daimonnsigi (11)横笛を吹きながら戦陣に臨む聖徳太子像。

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この多宝塔の裏からいよいよ城山への登山です。

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登ること15分で本丸に到着。(すみません、端折りすぎで・・)

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天文5年(1536)の頃に、最初に城郭として着手したのは木沢長政と伝わります。
天文11年(1542)、河内太平寺合戦で長政は討死し、信貴山城も落城した模様。
その後、永禄2年(1559)、松永久秀が大和へ入国すると、信貴山城を改修して居城としました。

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信貴山城は雄嶽と呼ばれる信貴山山頂と、南の雌嶽が主郭部とみられます。
そこから北へ派生した各尾根に曲輪を配し、巨大城郭を形成してます。
主郭部一帯は神社の参道やお堂等の改変をうけ、遺構がわかりづらいです。

daimonnsigi (17)空鉢堂からの眺望。今回は霞がかかってあまり視界がききませんでした。

西端部のここに空鉢護法堂(空鉢堂)の部分には四重の天守があったようです。
文献的にも初期の天守存在が指摘されていますので、当時としては最新鋭の城郭だったよう。
改変を受けた主郭部よりも遺構としての見所は松永屋敷と呼ばれる曲輪群にあります。

急ぎ足ですが、そちらに向かうこととします。

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松永屋敷の足下に到着です。

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テンポよく散策できるように周回スロープが用意されていました。
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キャンプサイトのように手入れされた曲輪内部はとても見学しやすいです。

松永屋敷は西の谷間に面した側に土塁を設けて広い平地を連ねています。
北端は土橋状のスロープを上り、広い曲輪に至ります。その手前には虎口もみられます。

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daimonnsigi (19)屋敷で待っていたのは松永弾正久秀公!?ですよね?(これには奥方も大爆笑)

しかし、よくできたアイデア木造作品です。
愛嬌があり、決めポーズもカッコいいです。
思わず一緒に記念撮影をしてしまいましたo(^▽^)o。

逢いたかったです、弾正殿!

daimonnsigi (20)この長い説明文は久秀のことをよく研究した文面となっています。

松永久秀は戦国の梟雄、と呼ばれ、天下の大悪人とも呼ばれてますが・・。

主君・三好氏一族を水面下での謀略で次々と陥れた、というのも根拠はありません。
三好三人衆と共に将軍・足利義輝の暗殺に直接関与した、といのも巷説の一つ。
東大寺大仏殿を戦火に巻き込んだ、というのも確信犯と決め付けられません。
仮にそうであったとしても平安朝期の平重衡同様、故意の所業ではなかったでしょう。

久秀は後、将軍・足利義昭が画策した信長包囲網に加わり反旗を翻しますが、
天正元年(1573)、甲斐の武田信玄が没すると多聞山城を明け渡すことで信長に降伏します。

天正5年(1577)、久秀は本願寺攻めの加勢中、再び毛利氏・本願寺等の勢力と反信長勢力に荷担。
信長は子息・信忠や筒井順慶などを主力とする大軍で信貴山城を包囲します。
信長は久秀が所有している名器・平蜘蛛を差し出せば助命すると勧告するも久秀はこれを拒否。

久秀は平蜘蛛を粉々に叩き砕いたのち、天守に籠もって自爆して果てました。
天命に従い、思うがままに戦国を生き切った武人の一人、だったのでしょう。
さて、久秀の信貴山城、在りし日はどんな姿だったのかと想像してしまいます。

無骨な中にも近世へとつながる要素が詰まった名城であったことでしょう。

今回、お付き合いしてくれた奥方には猛烈感謝です!
少しは寂しくなった気持ち和らいだかなぁ・・。
・・夕飯はごちそうしましょうかね。



Ⓢは今回利用した有料駐車場
Ⓖは信貴山城主郭部で駐車用から朝護孫子寺を経た信貴山城へのルートの一つです。


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城巡りを愉しむ

こんばんわ、(今は夜です・・)、らんまるさん。

お互いコメントしていると何の記事の何についてか混同し始めました(笑)。
的外れなことを書きましたら平にご容赦を・・。

まず、ブログの存在を知らせていただくことに関しては大歓迎なんですよ。
ただ内容が薄いのでこっぱずかしいですけどね。

私は回りくどい歴史背景は「もう皆さん、ある程度知ってみえるもの」という前提でお話しさせていただいております。
かといって過度な専門用語や小難しい論理を展開する気にもなれません。
そういったことはご自分でとことん調べて頂ければよろしいかと思うからです。

私もらんまるさん同様、現地で城を駆け回り、感じたままを史実に照らし合わせて自由に思い描く。
それがたとえ身勝手な空想だったとしても、当時の城主にしてみたら、「その通り」と言ってくれるかもしれません。

そういった肩を張らない楽しい城巡りが一番だと思っています。
奥方にも楽しんでもらいたい、という思いですので、下手な御託はならべず、毎回エスコートする気持ちでお誘いします。実際、松永弾正木造?は現地でバカ笑いしてくれました。

あ、それから明智光秀公、私も大好きなんですよ。
気が合いますね。(笑)
秀満や光廉といった渋めの一族武将たちも大好きです!
実は東濃には明智光廉が忙しい光秀の代わりに信長の命で援軍として派遣され城代として入城したのではないか?とされる城砦があるのです。

ご興味があれば、らんまるさんをエスコートいたしますし、それなら早く記事にして、といわれれば再調査を踏まえて近々アップしたいな、とも思います。
ちなみにこの件は検索しても出てこないと思いますので内密に・・。(笑)

奥方との以心伝心

こんばんは。

小生のブログの閲覧率など、飯田線の平均乗車率よりも低いので(それも飯田線の関係者に失礼か・・・)、努々貴殿のブログが瞬間的にでもアップするとは思えないのでご容赦ください・・・(笑)

信貴山城よりも、貴殿の奥方への深い思いが溢れている記事で良かったと思いました。

「おい、そこの若けーの、愛し合ってるかい!」

「イェーイ」 って感じですよね・・・(昭和人でスミマセン・・・笑) 

松永弾正は大好きな武将の一人です。ちなみに第一位は「明智光秀」・・・おっさんずらぶ全開でございますw

腹も切らずに爆死するってのが久秀らしくて拍手喝采です(って、おいおい・・)

信長の焦る顔を最後に思い浮かべてニンマリしたのでしょうか?

信長の最期は、松永弾正久秀に影響を受けているというのは、「思い過ごしも恋のうち」(by サザンオールスターズ)でしょうか・・・(爆笑)
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来3年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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