FC2ブログ

近江 大溝城 🏯古城感ある天守台と周囲の雰囲気

近江 大溝城 (滋賀県高島市勝野) <市指定史跡>

朽木谷に向かう途中に高島市の大溝城に寄ってみました。
大溝城は現在、天守台遺構と内堀の一部が残っているだけです。
古城の雰囲気漂うノスタルジックな景観が何度来ても楽しませてくれます。

oomizozenntai.jpg水田となった内堀の中に浮かび上がる天守台の姿はまさに古城址。

oomizoj (2)
大溝城は高島総合病院の東側に本丸が築かれていました。

oomizoj (3)
南に二の丸、病院付近一帯に三の丸があったようです。ここから入っていきます。

oomizoj (9)
周囲は一部、内堀が残っていて野性的な雰囲気が残ります。

oomizoj (4)天守台手前に大溝城の石碑と案内板。

大溝城は天正6年(1578)織田信澄によって築かれました。
織田信澄織田信長の実弟・信勝の子です。津田信澄とも称し、信長の信任厚い甥でありました。
「一段の逸物也」と評され、織田遊撃軍のなかにあって優れた司令官でもあったようです。

謀反を企んだ弟・信勝の遺児であったにも拘わらず、その待遇は格別に厚かったようです。
一門衆の序列は第5位であり、破格の待遇であったことは間違いありません。
(信長の嫡子である信忠、信雄、信孝、弟の信包に次ぐ立場になります)

oomizoj (6)

織田信長浅井長政を滅ぼした後、高島郡に磯野員昌を入部させます。
信澄はこの員昌の養子となりましたが、天正6年(1578)、員昌は信長の勘気を被って突如の放逐。
員昌の所領は信澄が継ぎました。

天正10年(1582)、本能寺の変の際、信澄は四国征伐軍の副将として織田信孝に従い大坂にいました。
しかし、信澄の正妻が明智光秀の娘であったことから内通を疑われます。
そして、疑心暗鬼となった信孝・丹羽長秀に急襲され討たれてしまいました。

oomizoj (12)
苔むした石垣がたまりません。

oomizoj (13)
天守台へと続く石段も遺跡チックです。

oomizoj (8)
東側から見た天守台。

oomizoj (10)荒廃感の中にも圧倒させる迫力がある大溝城・天守台です。

角部には巨石が宛がわれていてその大きさに驚きます。
荒々しい算木積がとても迫力に満ちています。
近江でありながら、穴太積とはまた一味違っているような感を受けます。

oomizoj (5)
天守台に登ってみました。

oomizoj (11)
天守内部は二段になっています。

oomizoj (14)
なかなか無骨っぽくて目が離せません・・。

戦国の天守台、というのにふさわしいこの石積。
個人的には伊勢・神戸城の天守台に似ているな~と感じました。
伊勢・神戸城は同じ一族・織田(神戸)信孝の居城です。
ほぼ同地位の従弟・神戸信孝と同規模城郭の築城が許可されていた、とも考えられますかね?

実際の信澄は信長の厚遇に応えて忠義を尽くしており、有能な武将でした。
謀反に荷担した様子はなく、光秀に助力しようとした素振りも窺えません。
一方、『耶蘇会報』では信澄を「甚だしく勇敢だが惨酷」とも評していました。

信澄はおそらく信長気質に似た人物で、そこを信長自身もかっていたものと思われます。

さて、大溝城の周囲を飛び回っている間、家族のみんなはこちらで散策してました
oomizoj (1)
『万葉集』の歌の中にも「香取の海」として登場する乙女ヶ池です。

変則的な木橋がとても新鮮で面白く、雄大で美しい池でした。
天平宝字8年(794)に勃発した藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱の戦闘場所としても知られます。
大溝城にとっては外郭の堀として利用されたともいわれています。

ご家族で大溝城を訪れる際は、ここを散策コースとして組み込むといいと思います。
開放的な雰囲気の中で清々しい水辺の散歩が楽しめますヨ。
周囲の雰囲気も含めて、てくてく散歩できる長閑な大溝城でした。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

しんこうさん、コメントありがとうございました。

琵琶湖周辺にお詳しいですね。
そうなんです、湖西高島の集落の中には針江地区等、湧水からの清流が至る所に見られ、のんびり街歩きが癒される所です。私も以前、マラニックで廻ったことがあります。こんなところに住めたらいいなぁ・・と思いました。
やっぱり水が綺麗な所っていいですよね。

大溝城はノスタルジックな所がよかったです。
訪れた城ファンに思い思いの想像をかきたてる何かを持っています。
私の場合、なんとも思い出せないような遠い記憶の一場面を見せてもらったかのような懐かしさを感じました。変ですよね・・。
あと、私は織田信澄という人物がとても気になっています。織田軍団の中では目立ちませんが、相当なヤリ手だったのでは・・。

近くには清水山城、打下城があって行きたかったのですが、さすがにファミリー向けではないのでまた今度です。
もし・・、もしもご予定が合えばご一緒させてください(笑)。

今回は表向きだけでも一緒に付き合ってくれた家族に猛烈感謝!
こうやって城に行けるのも、もう何回もないでしょうから。

No title

久太郎さん

こんちは毎度お邪魔しております。
実はGWは武田信玄ゆかりの城を廻りに長野へ行くか、滋賀県の湖西を廻るか、何れかを検討していたのですが、天気やら家族の予定やらで、結局どちらもボツになってしまいました(涙)

なかでも湖西は、司馬遼太郎の街道をゆくの記念すべき第一回ということもあって、いずれ訪問したいなぁと考えています。高島市針江地区、北小松あたりには暗渠にならず今でも使われている美しい水路が残っているようで、穴太の石積の坂本と併せて寄ってみたいなぁと。
先日テレビでも紹介してましたし。

もちろん、この大溝城も。天守台石垣の崩れ感、埋もれ感がサイコーですね。まだ十分に事前調査もしていなかったので、参考になりました。この城は漏れなく行く価値があります。
湖西には他に清水山城という城もあるようで、併せていきたいですが、色々回ると二日がかりになりそうな感じです。

では、また。
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

最新登城記事
カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
検索フォーム
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
リンク
来城者数