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尾張 大留城 🏯庄内川渡し地点を押さえた城

尾張 大留城 (愛知県春日井市大留町6丁目・子安神明社)

やっと梅雨明けしたかと思えば、この猛暑、耐熱能力なしでございます。
しかしこれです!この喉の渇き、やはり夏ならではのものですね。
同じ麦が原料でもビールが飲めない自分は、もっぱら健康麦茶ゴクゴク派です。

そんな夏の城めぐりは平城や古戦場めぐりがうってつけです。(にしても暑いですが)
今季は小牧長久手合戦に関連する城館を紹介していきたいと思います。
汗を払いのけ、スポーツドリンク片手にやってきたのは春日井市の大留城です。

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子安神明社の鳥居奥の高まりには祠と城址石碑があります。

oodome (8)「大留城趾」の石碑。「趾」の字が使われていますね。

細かいことですが、石碑によって「あと」の字にどの字が使われているか??
これを見てみるのもマイブームですが面白いものです。
『跡』の字か、『址』の字か、『趾』の字か、『阯』(レア)の字か、『蹟』(超レア)の字か。

・・例えば桶狭間の合戦で有名な城砦群をみてみましょう。
丸根砦・鷲津砦の石碑には『阯』の字が、大高城、善照寺砦には『跡』の字。
中島砦は『址』、鳴海城は『趾』と同じ地区内でもこんなまちまちなんです。

それぞれどんな基準で使い分けされているかはわかりません。
けれど、なにかしらの主張を感じてしまうんですよね。面白いな~って。
こんな所をいちいち注目して嘆ずるのは自分くらいのもんでしょうが・・。

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神社には多少の面影はありますが遺構はほぼ消滅してしまいました。

かつての本丸は東西43メートル、南北54メートルの規模がありました。
庄内川の洪水の影響もあり、東南部がえぐられた形で残っていたそうです。
西郭は東西50メートル、南北130メートルほどありました。

いずれの郭も周囲に土塁と堀がめぐっており、堀は北の井高川から水が引かれました。
すぐ南は庄内川に面しているので、小さいながら堅固な城であったことが想像されます。
本丸と西郭をもつ南北に長い縄張りだったようです。

自分が以前来たときも東側に幅10メートル程の空堀が一部残っていました。
しかし、それも最近の宅地化で見る影もなくなりました。

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城の井戸の名残でしょうか?

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城址石碑のあるこの高まりはおそらく土塁の最終残存地のものでしょう。

城主の村瀬作左衛門は織田氏に仕える土豪でした。
しかし小牧長久手の戦いでは調略により羽柴方に協力することになりました。
羽柴方にしてみれば庄内川渡渡点の確保は必須だったに違いありません。

長年の織田家臣従方針を転換し、羽柴方に協力する大義名分は必要です。
そこで部下や領民を説得するにあたって作左衛門は一計を案じます。
領内の田の中に埋もれていた「玉壺地蔵」を掘り起こし、立派な祠に安置します。

その行為に感謝した地蔵が「羽柴軍につくべし」というお告げをした、と広めたのです。
こうして城は羽柴勢の三河中入り軍の中継地・渡河点として提供されました。
・・が、作左衛門自身もこの作戦に参加、長久手の戦いで戦死してしまうのです。

oodome (2)大留城から「大日の渡し」付近を眺めます。

三河中入り部隊の池田・森隊は上条城から一旦北上してここ大留に駐留。
軍容を整え、庄内川を大日の渡しを経て中志段味へ移動後、南下していきます。
時代のうねりに巻き込まれていった村瀬氏のような立場に想いを渡されました。


Ⓖは大留城の石碑がある子安神明社です。

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しんこうさんへ

こんにちわ、しんこうさん。
コメント寄せて頂きありがとうございました。

趣味に仕事にと充実したご様子、お元気そうでなによりでございます。
昨今の夏の暑さは危険の為、今年の夏は古戦場と平城めぐりになっております。・・それにしても暑いです!!

遺構がほとんど残らない小牧長久手合戦史跡ですが、その分周囲の細かな部分を探ってみたり、地籍図や古写真で当時の区割りを調べてみたり、と涼しい図書館などででの事務的な作業になることもあります。
山城踏査では味わえない調査方法で、現地の古老の方々の記憶とか昔話なんかも参考にしながら楽しんでいます。

一つ一つの旧蹟を丹念に回ると一連の繋がりがよりはっきりしてくるのが面白く、できる限り現場で感じた感覚を大切にした記事を書こう、と思っています。

こんな「どうでもいいでしょ」といわるような記事かもしれませんが、しんこうさんのように目を通していただけだけでも本当に嬉しいです。コメントを寄せて頂ければ尚更です。

いつもありがとうございます!
暑いので体調管理に気を付けてくださいね!

No title

おはようございます!
しばらく遠征行ってたり、仕事が忙しくなったりで、久しぶりに訪問させて頂きました♪

かつてあったであろう大留城の土塁や堀の痕跡、4.5kmにおよぶ大縄手や八幡林、今すぐにでも出かけて散策してみたい衝動に駆られましたが、惜しくも今は遠い長崎。
名古屋勤務時代にこの記事を拝見していれば、訪城先や遺構の少ない城跡の見方も変わったのではないかと思いましたが既に後の祭り。

名古屋近郊の城はほぼ消滅したとはいえ、わずかな痕跡や遺構が無くとも往時の戦の息吹やその記憶、なんだか、僕もホントに行って感じてみたいなぁと。

ホントに転勤願いを出しみようかと考えている今日この頃です(笑)
プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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