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小牧長久手の戦い 檜ヶ根の戦い古戦場めぐり

小牧長久手合戦古戦場めぐり 
《その⑤ 檜ヶ根の戦い古戦場めぐり編》
🎐久太郎 夏の自由研究🍉

日中はまだまだ暑いですが、朝夕はずいぶん涼しくなってきましたね。
夕方の5時半くらいから40分程度のジョギングをしています。(相変わらずマイペースに)
出発時は夕暮れですがに帰宅する頃はもうすっかり夕闇です。

そしてかすかに香るキンモクセイ(クンクン)に・・秋の到来を感じます。

「夏の自由研究!」と豪語していた小牧長久手古戦場めぐりもすっかりおざなりに。
なかなか予定通りに行かないのが人生です(言い訳まみれの我が人生)。
そしてこの長久手付近でも予定通りに運ばない事態が発生していました。

今回は白山林の戦に次ぐ檜ヶ根の戦の古戦場めぐりをしてきました。

hinoki (2)
現在は長久手市中央図書館と公園になっている桧ヶ根公園。

白山林一帯よりどうにか後退できた三好秀次
軍監・堀秀政は、秀次勢の苦境を知り直ちに北に引き返します。
徳川軍は北に敗走する羽柴軍を無視して、南下を開始しました。

hinikigane.jpg
公園内には堀久太郎本陣跡地があります。

秀次勢を撃破して勢いに乗った徳川軍は、檜ヶ根まで押し寄せます。
堀勢は、秀次勢の敗残兵を組み込み、檜ヶ根の丘陵上に陣を構えました。
ここで静かに迫り来る徳川軍を待ち構えます。

hinoki (5)秀政の布陣場所は徳川軍による追撃・逆包囲を妨げる絶好の地でした。

徳川軍が尾根と尾根の間に差し掛かったまさにその時でした。
地の利を得た堀秀政は高ヶ根と檜ヶ根から徳川軍に十字砲火を浴びせます。
ここで大須賀隊らは撃退され、続く榊原隊も敗走せざるを得ませんでした。

hinoki (6)名人・久太郎の冴え渡る采配が下されました。

至近距離からの鉄砲つるべ打ちと弓矢による中距離同時攻撃。
間隙、一同に怯んだ徳川勢に槍隊・抜刀隊による総攻撃を命じます。
この攻撃で徳川軍は多数の死者を出し、大打撃を受けました。

軍監(戦目付)として「為すべきことを為す」。
一矢を報いる、というよりも徳川軍に動揺を与えて作戦阻止に追い込む事、
そして追撃を加えつつ自軍の退路を確保するのが狙いだったのでしょう。

hinoki (7)
檜が根から見渡す戦場跡。右方向に御旗山を確認できます。

しかし、秀政はその後ろに現われた家康本隊を富士ヶ根・御旗山に確認するのです。

勝ちに乗じて家康に勝負を挑むのか・・。
池田・森隊と合流して決戦に備えるのか ・・。
自軍の損害状況を解析すれば、それとも・・。

この刹那、名人は迷人、あらゆる選択から即座に決断せねばならね状況にありました。

現在公園は広々として家族連れやスポーツの運動場として賑わっていました。
かつての古戦場の雰囲気は微塵も感じられない憩いの場となっています。
こちらでは秀政のつとめて冷静でかつ果断な采配振りを偲ぶことができそうです。


桧ヶ根公園一帯が戦場跡で、園内には堀秀政本陣跡石碑・説明版が立ちます。
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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

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