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尾張 御旗山 🏯頂上に輝く金扇の馬印

尾張 御旗山 (愛知県長久手市富士浦・富士ヶ根) 《国指定史跡》

10月に入ってからも30度越えをしていた我が町にもようやく秋が訪れました。
秋は実りの季節、私たちに豊かな恵みをもたらしてくれます。
そして、なんといっても山城見学到来の季節でもあります。

この時期(10月初旬)に山へ登るとまだまだ夏の名残りを感じます。
越冬の準備をしている虫もいれば、まさに今日限りで命を終えようとする虫も。
私たちもその命の営みの中にいます。愉しまねばなりません。

さて、前回は小牧長久手合戦の一幕、檜ヶ根の戦いに触れてみました。
白山林より南下した徳川先遣隊の追撃を見事に撃退した堀久太郎秀政でした。
しかし、その直後、秀政が見たもの・・。

それは色金山から富士ヶ根に押し出してきた徳川家康の「金扇の馬印」でした。
(色金山陣所へリンクできます)

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檜ヶ根より見る富士ヶ根こと、御旗山。

檜ヶ根で自軍先遣隊の大須賀・榊原隊が秀吉方の堀秀政に撃退される、
その報告を色金山陣所で知った家康は直ちに救援に向かいます。
岩崎方面の秀吉方池田・森隊を警戒しながらの行軍です。

mihata (5)
現在は富士浅間神社が祀られている富士ヶ根。

mihata (3)
頂上には石碑と説明版があります。

mihata (2)

mihata (1)山頂拝殿の前の御旗山石柱。

眼前に現れた敵の総大将、徳川家康
これを打ち破れば間違いなく武功第一です。
しかし、秀政は秀次を伴い戦場から離脱することを選びます。

檜が根にて乾坤一擲の戦いを経て兵が疲弊している事。
家康本隊以外の後詰め別部隊を警戒した事。
打ち破った大須賀・榊原隊が家康本隊に合流して手の内が読まれている事。
白山林よりの敗走で士気が大いに衰えている三好勢が当てにならない事。
敵が山上の有利な高所を占している事。
そしてなにより、相手がかの徳川家康本人である、という事・・。

mihata (4)
御旗山から望む長久手古戦場方面。

戦いにおいて「士気」が最も大切な事だと理解していた堀秀政は撤退を決断します。
しかし、堀・三好隊がここに踏みとどまらなかった結果、池田・森隊は敵中に孤立。
これを受け、徳川軍は高所群に陣を敷き、北上する池田・森隊を待ち構えました。

秀政の頭の中では様々な思考が分析されていたと想像します。

この状況下で池田・森隊の合流要請を受けたらどうなるか?
かといって戦場の隅で牽制する消極的行動に意味はあるのか?
木下一族が命を賭して守った総大将・秀次を無事に楽田まで返すのも役目・・。

総大将が機能していない状況下での判断は各将に任せられることになります。
軍監としての立場の堀秀政、先駆けとしての立場の池田恒興・森長可
それぞれに為すべき役割があり、それぞれに果たすべき行動があったまでのこと。

この後、予測もつかない展開になろうとは両軍に当てはまっていたはずです。


レ点は御旗山がある富士浅間神社です。付近に駐車場がないです。
基本的に長久手古戦場公園を起点に徒歩かサイクル散策が最もおススメです。
いろいろゆっくり見学できて見所満載です。
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 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
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