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越前 敦賀城 🏯智将・大谷吉継の居城で有名だが、あの武将も・・。

越前 敦賀城 (福井県敦賀市結城町)

無事に南越前マラソンを走り終え、充実した気分。
疲れはしましたが、気分は爽快。
せっかく福井県まできたのですから、寄り道ならぬ、寄り城へ・・。

・・ということで敦賀市までやってきました。
お目当ては敦賀城とその周辺の城です。
いつ来ても敦賀湾は穏やかな海です。

turuga (4)西小学校前の城址石碑。まるで屏風のようでかっこいいです!

以前、足を運んだ真願寺へ行ってみると現在山門を修復中とのこと。
城址碑も一時的に撤去されていました。
20年前のネガ写真を探って掲載することとします。

turuga (3)
真願寺山門前の城址碑(1995年5月撮影)。雨がパラついてました。

ootani.png turuga02 (1)
町を挙げての大谷吉継アピールがうかがえます。史跡めぐりが徹底的です。

大谷吉継はドラマや映画、ゲームや小説などでも人気のある武将です。
個人的にも彼のような武将としての人生には大いに共感しています。

・・しかしこの敦賀城、忘れて欲しくない人物が築城主の蜂屋頼隆です。

織田信長政権下では黒母衣衆として名を連ね、地味ですが数々の戦いに参加。
本能寺の変前には和泉岸和田城主として国持ちにまで出世します。
まさに”ひたむきな努力”でのし上がった我が地元の誇るべき武将なのであります。

彼の事績を追っていくと随分と涙ぐましい努力がみられます。
同僚がどんどん地位と勢力を伸ばしていく中、あくまでマイペースを維持。
四国方面軍の副将に抜擢されたのもそれまでの功績を買われたものかと思われます。

turuga (2) turuga (5)
写真:左は敦賀城の説明版(劣化が激しいが味があり)  写真:右が周囲の掘割の名残り。


本能寺の変直後、織田信孝・丹羽長秀は共謀して、同じ副将で光秀の女婿・津田信澄を誅殺しましたが
頼隆は思うところがあったのでしょう、これに関与しなかったと聞いています。

蜂屋頼隆の信長への思い、大谷吉継の三成への思い、どことなく共通するところがあるように感じます。

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プロフィール

 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
ようこそいらっしゃいました。
   久太郎と申します。
   「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
皆様のおかげで開設以来5年目を迎えることができました。
(2016年4月6日開設)

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースを大切にして走ってます。

どうかご笑覧くださいませ。

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