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京都 足利義輝二条城 🏯剣豪将軍・義輝、奮戦の地

京都山城 足利義輝二条城 (京都府上京区武衛陣町・養安町・および一帯)

徳川二条城をゆっくりと時間をかけて見学した後、二条のホテルで一泊します。
翌日は早朝5時に起床。京都の街をジョギングしました。

この早朝ジョギング、目的は旧二条城めぐりと聚楽第址めぐりです。
お手製地図とスマホ(カメラ)をランパンにしのばせ出発、順番にまわっていきます。
まずは武衛陣に建てられたという将軍・足利義輝公の二条城址を目指します。

見知らぬ街の朝は実に新鮮で実にミステリアス。
広い通りを見たこともない景色や史跡址を見ながらの走りは楽しいものです。

nijyoukojyou (12) 堀川沿いを走ってみます。いいコースでした。

nijyoukojyou (1)「永禄の変」とも呼ばれるそうです(知りませなんだ・・( ̄。 ̄))。

現在では『此附近 斯波氏武衛陣 足利義輝邸 遺址』と彫られた石碑と説明版が建っているのみです。

「武衛陣」とは役職の呼び名でこの地に斯波氏の邸がありました。
義輝はこの場所に幕府を置き、堀の拡張などを行って、防衛への強化をします。
しかし、松永久秀・久通三好三人衆らの襲撃を受けてしまいます。

義輝は上泉信綱塚原卜伝に剣術指南を受けるほどの腕前で「剣豪将軍」と呼ばれただけあって自ら薙刀、太刀をとって奮戦、「鬼丸国綱」や「童子切安綱」などの名刀を抜刀し畳の上に突き立てておいて応戦、刃こぼれをすると、刀を取替え、敵方の兵を多数斬り伏せたといわれ、壮絶な最期を遂げました。
そして武衛陣・二条城にも火が放たれました。

nijyoukojyou (3)室町幕府第13代将軍・足利義輝の居城と言われていた二条城です。

nijyoukojyou (4) 現在の平安女学院一帯あたりにあったようです。

義輝は室町幕府の歴代将軍の中でも特に覇気に満ち、将軍と呼ぶにふさわしい人物だったようです。
室町幕府の権威を復活させようと最後の最後まで将軍の復権を望んでいた義輝ですが夢は叶いませんでした。
死に際に潔く散ったところに将軍らしい意地がみられ、人柄が偲ばれます。

「五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで」 

足利義輝公辞世の句です。享年30(満29歳没)。まだお若かったのですね。
辞世の句からも、志半ばで斃れる無念さがにじみ出ているなか、どこか爽やかさを感じるのは自分だけでしょうか。

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 久太郎 (Q-tarou)

Author: 久太郎 (Q-tarou)
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久太郎と申します。
「城跡が好き」
ただそれでけでブログを立ち上げている城好き若輩者です。
おかげさまで開設以来4年目を迎えることができました。

地元の岐阜県内美濃地方の城址を中心に自分なりの想いを込めてじっくりと巡ってまいります。たまに遠征なんかにも出かけます。

時に「ゆるく」時に「鋭く」五体と五感をフル回転。城址での様々な出会いと独自の感覚を大切にしてつづっていきたいと思います。

また城址付近のダムや棚田、名水といった気持ちを揺さぶられる箇所にも寄り道していきます・・。
趣味のマラソンも自分のペースで好きなように走ってます。

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